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Call me  作者: 壬生一葉
第3章
35/45

【1】

「遅なる言うてたんやろ、先やろ先。腹減ったわ」


山本さんがキッチンカウンターにグラスとプレートを並べる。あたしは其れをリビングへと運びながら、本当にこの人は我が道を行くタイプだなぁと思った。

「多分あと十分もすれば帰ってくると思いますけど」

「十分も待たらへんて。俺一人じゃ嫌やから芳野も付き合えや」

「えー…」

あたしの小さな拒否の声等、彼には届かない。山本さんはラグの上に座ると、缶ビールをグラスに注ぎその一つをあたしに差し出した。そうされては受け取らない訳にも行かず、あたしは渋々其れを手にした。

「ほな乾杯」

「…乾杯」



今日は金曜日、仕事終わりにユキさんのマンションへとやって来た。あたしを迎えたのは居候中の山本さんだ。三人で食事をしようと言い出したのは彼らしい。テーブルには彼が作ってくれた料理が幾つか並んでいて、どれも美味しそうだった。けれど、主が居ないのに晩餐を始めるのは如何なものか。

「食えて。絶対美味いから」

何時までも料理に手を伸ばさないあたしに痺れを切らしたのか、山本さんがフォークにサラダを刺しあたしの口元へ向けてくる。そのフォークを取ろうとしたのに、彼は眉間に皺を寄せて

「あー」

と横柄に言った。

「自分で食べれますよっ」

「五月蠅いボケェ」

本当に直ぐ暴言吐く、この人。あたしは厭々口を開けた。すると間髪入れず怒鳴られた。

「なめとんのか、もっと口開けぇ、入らへんやろがっ」

「…あー!」

やけくそとばかりに大口を開けてそのサラダを頬張る。もしゃもしゃと数回咀嚼。…む。

「…おいし」

「せやろ? 特製ドレッシング美味いやろ」

「山本さん特製なの?」

「市販の掛けて、美味いやろて威張る奴おらんやろ」

小馬鹿にした様にあたしを笑ってから彼は、同じサラダを自分でも口に運ぶ。味に間違いが無かった様で彼は満足気に頷いた。

「こっちのパスタ食うてみい?」

たかがドレッシングが美味しかったせいで、あたしの興味はすっかり他の料理へと向けられた。

「食う食う」

あたしはテーブルに置いていたフォークを手にし、フィットチーネを巻き付け口に運ぶ。濃厚なクリームソースはしっかりと麺に絡み、絶妙な塩加減に顔が綻んだ。

「んんっ」

余りの驚きに指で口元を隠し、隣に座る彼をまじまじと見つめる。山本さんは「当然だろ」とばかりに不敵に笑う。

「山本さんって…コックさんなんですか?」

「コックぅ? ちゃうよ普通にサラリーマンやったよ」

「…へぇー…料理お好きなんですね…うわぁ凄い、こんなに美味しいパスタ初めて食べました…あぁどうしよう、止まんない」

お腹が空いていた事も手伝ってあたしは何度もそのパスタに手を出した。

「オイ、ユキの分取っとけて。そんなんやったら又作ったるて」

「本当? じゃぁ今度はトマト系が食べたいです」

「ええよ。千円札握って又、此処来たらええ」

あたしは天を仰ぎ笑う。

「トラットリア・ユキ? 千円じゃ安すぎ!」

ビール一杯も飲み切っていないのに、やけにテンションが高くなってあたし達は顔を見合わせ声を上げて笑った。


其処にガチャリとドアが開く音が聞こえて、あたしは直ぐに玄関へと向かい彼、ユキさんを迎える。

「おかえりなさい、お疲れ様です」

「…んー、ただいま。(なん)? ごっつ笑うてへんかった?」

あたしは彼の手からブリーフケースを預かると山本さんが待つリビングへと歩きながら、今し方のネタをユキさんに聞かせた。

「シマ代も含め、二千円にしとけて、虎」

「どんだけハネル気や」

そういう山本さんに対し、ユキさんがシニカルな笑みを浮かべるからあたしは又笑う。三人が揃うと笑ってばかりな気がする。



山本さんが東京に来てから既に二ヶ月近くが過ぎた。あんなに暑かった夏が終わって、少し厚手の羽織り物が欲しくなる十月。あたし達はこんな風に三人で多くの時間を過ごしていた。平日金曜日の夜、土曜日、日曜日。傍から見れば良い男を両手に侍らす悪い女の様だが、実際の所山本さんは、凄くユキさんの事を大事に想ってる。其れはゲイだとかそう言う事では無くて、何をするにもユキさんを中心に考え、あたしがユキさんを傷付けたりしないか見張っているみたいなのだ。ユキさんが辛い思いをするのをもう二度と見たくないと思ってる。唯一無二の親友なのだろう。

あたしはと言うと、山本さんとの初見がまぁ良い物じゃなかったお陰で腹を割って話が出来る異性の友人と言った感じだ。話も面白いし、終始ふざけた調子なのであたしの方もなるべく気楽に構えている。


ユキさんはたまに真剣な顔付きで「虎、早よ帰らへんかな」って言うけれど。


先月、我が社のホームページがリニューアルした。クロスや床材の色やデザインをシミュレーション出来ると言うのが最大の売りの其れは、なかなか好評らしく問い合わせのメールが増えた。更に、営業部の人達が営業先でホームページの話題を持ち出してくれるので、営業さんからの突っ込んだ質問も必然と届く。客先を多く抱え、あたしの仕事を認めてくれているユキさんからの問い合わせが多いのも喜ばしい。



「ディデザインの人から、自社のウェブサイトを新しくしたいって相談されたんやけど、そういう場合はどうしたらええ? 自分が引き受けられる訳とちゃうやろ?」

「そうですね。リンクもしてますからINCを上手く宣伝して頂けると、嬉しいですけど」

「そやんなぁ」

あたし達が仕事の話をしていると山本さんはさり気無く席を外し、キッチンで自分の仕事をこなす。暫くして冷えた白ワインと新たなプレートを持ってリビングへと戻って来た。ソムリエかと言う様な身のこなしであたしのグラスへワインを注ぐ。プレートの上には、スプーンが幾つも並びその上にチーズが乗っていた。どうも砕いたクラッカーとクリームチーズのコンビらしい。簡単ディッシュだが、こうして手を加えると立派に見える。

「山本さん、すごーい」

「ぶっ…こんなんで褒めんなて。芳野お前安いのう」

「酷い。もう褒めない」

「褒めたれて。褒めたら伸びんでこの子は」

ユキさんがそのスプーンを手にし山本さんを指し示す。その後そのスプーンはあたしの口へと運ばれた。

「…ん、おいし」

「其れ市販やし。芳野ほんまお前は舌もやっすいのう」


あたし達は、常にこんな感じだ。






   ◇





「俺は、アイディアは良いなと思いました。大間(だいま)さんも最近、顧客が増えてるって聞いてますし」


あたしは権藤部長から回って来た、家具職人の大間里利子(りりこ)さんの作品集にゆっくりと目を通していく。木が持つ優しい風合いを表現している様なファニチャーばかりだ。此れが大間さんの売りなのだろう。


此処はミーティングルームで、あたしと権藤部長の前には営業一課長とユキさんが座っている。業務提携の話が来たと言うのだ。

一課と関わりの深いディデザインと言う会社は店舗の設計を主軸に置いた設計事務所。

其処の所長、大間孝之(たかゆき)さんは自らが設計した店舗の幾つかに従妹の大間里利子さんの作品を使用している。

我が社の空間シミュレーションの中に、里利子さんの作品を載せてくれないかと打診が有ったと言う。勿論、里利子さん側からバックマージンが入る事と、ディデザインのホームページ上で協力会社としてうちの会社名を明記してくれるらしい。


其処で呼ばれたのが、このホームページを作製したあたしと管理の情シス部長と言う訳だ。


「ディデザインは最近、カフェ・ショーやリストランテ・アッズーロを手掛ける評判の高い設計事務所です。うちも此処とのパイプはもっと深くしたいと考えています」

営業一課長が、権藤部長、あたしの顔を交互に見ながらそう説明する。その話振りに、此方側の拒否権は無い様に思えた。

「作品の写真撮影は、此方でやるのでしょうか」

「…まぁ其処はサービスって事で…」

一課長の諂う様なその言い方を白々しく思いながら、あたしは「なるほど」と答えた。あたしが里利子さんの工房に伺って撮影をした後、マシンに取り込み営業部とディデザインと話を詰めウェブ上にアップすれば良いと言う事か。

「出来る限り、自分もお手伝いしますから」

そう言ったのはユキさんだった。あたしは一度彼と目を合わせてから隣に座る部長に顔を向ける。すると彼は息を一つ吐いた後、一課長に言った。

「了解しました。ただ、芳野君もね、多忙な身なのでね厳しい期限はご勘弁を」

「畏まりました。自分がディデザインの担当ですので其処は上手く調整させて頂きます」

「じゃ、和田君頼んだよ。芳野君もね」


一課長はそう言うと携帯に指を添えながら、ミーティングルームを出て行った。部長もユキさんに「二人でね、調整してみてね」と言葉を投げ退室していく。


静まり返ったミーティングルームで、あたし達は顔を見合わせた。



「頼むわ」

「……はい」



互いにイレギュラーな仕事ではあるが、一緒に仕事が出来る事をあたし達は嬉しく思った。










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