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Call me  作者: 壬生一葉
第2章
34/45

【15】

2013/11/22 関西弁訂正しました。。。




「ユキさんと…もう一緒に居られない」

「其れは許さへんよ」


あたしから切り出した別れ話を間髪いれず彼はあっさりと退けた。その答えをまるで用意してたかの様に繰り出された却下の言葉に、うろたえたのはあたしの方だ。


「なぁ果歩…自分が考えて考えたその結論の中に、俺の気持ちは加味されとんのかいな」

「!」

「俺等が付き合うてる大前提の、俺の自分を好きやっちゅう気持ちは何処行ってん」


あたしは何も言葉を返せなかった。呆然とするあたしにもユキさんは優しく語り掛ける。


真関(あのひと)との事が在った時、俺ほんまに自分自身が嫌やった。こんな俺、果歩には合わんやろて思うた」

あたしがこれでもかと首を横に振るとユキさんがふわりと笑う。

「自分も同じ? 自分が嫌で、俺とは付き合えへんて思うた?」

小さく頷くあたしを見たユキさんはちょっとだけ微笑んで「何で嫌や思うてん?」と問うた。

「…嫉妬」

「嫉妬?」

「アサミさんに」

あたしはそう正直に答えた。


過去のアサミさんは、彼がどれだけ彼女を想っていたのか思うと胸が痛む。あたしに微笑む様に、その顔を彼女に向けていたのかと思うと息苦しい。

現在のアサミさんは、自分よりも近い場所で毎日彼を見つめる事が恨めしい。何にも惑わされず彼を好きだと言う清々しさが憎らしい。


そんな嫉妬をする自分が嫌だ。


「果歩」

ユキさんがあたしの手を軽く揺するから、あたしは俯けていた顔を上げる。

「俺は其れを嬉しいと思う位には、自分に溺れとんで」


ユキさんが、握ったままのあたしの手に視線を落とし、何度も親指で撫でる。


「果歩が好きやねんよ? 多分これから先、自分の言う”嫌な所” 見せて(もろ)ても俺は其れひっくるめて好きやよ」


凄く優しい口調だった。幼子相手に言い聞かせるみたい。


「虎に傘やったて聞いた時、何でやのて思うた。若村さんと研修の時、笑い合うてんの見てんも嫌やった」


『嫉妬』

妬いてくれていたの? そんな何でも無い様な事で?


「虎と俺が関西弁で同じやからって、其れ自分にとって俺ありきって事やんな? あの人の前で自分が顔(あこ)うしたり()潤ましたりする事は無いやんか? 其れ見れるんは俺だけやろ? 俺は自分の特別やんな?」


『特別』

あたしにとってユキさんは特別だ。あたしも、貴方の特別?


心の中の問い掛けが顔に現れたらしい、ユキさんが少し困った様に笑う。

「そう思えてへんかったんなら、俺がちゃんと自分に伝えきれへんかったんやな。ごめん」


何時かユキさんが言った。『不安にさせる男も悪い』って。あの時あたしは、女の子が彼氏の浮気を疑って泣いているのを見て『泣いても解決しない』『彼を理解する様努めるべきだ』と言った。そう言った癖に、あたしは自分一人で不安を抱えて、勝手に苦しくなって、ユキさんの想いを無視して、この関係から逃げようとした。


大切だと言いながら、ユキさんを無視しようとした。


やっぱりユキさんは、凄い、狡い。

子供みたいに横暴な真似をする事も、駄々をこねる事もあってあたしの母性をくすぐる癖に、こうして全てを理解してあたしを許してしまう。


バッグを握っていた手をゆっくりと持ち上げて、手の甲で顔を覆う様にする。今にも泣き出しそうなこの顔をユキさんには見られたくなかった。するとユキさんはあたしのその手を顔から剥がしてしまうのと同時に、握っていた手首も解放する。急に離れていった体温に心細くなってしまう。けれどそう思ったのも束の間で、ユキさんはあたしをぎゅっと抱き締めた。


「…果歩、知っとる? 恋愛は二人でするんやて事」

「……」

「知っとる?」

「…知ってる」

「そうか、そやったらええんやけど」


ユキさんの口調は軽い。あたしがあたしを責めてしまわないようにと慮ってくれている。


「怒ってますか?」

「怒ってへんよ。自分が何や悩んどったのに気付いとったし…せやけど、こない急に別れ話されるとは思わへんかったけどな」


あたしの耳元に注がれるのは笑い声。あたしは彼の背中へと腕を回してぎゅっと力を込めた。微かに香る煙草の匂いも、ユキさんへの想いで掻き消されて行く。

「…ごめん、なさ…い」

「うん」

「ユキさんが、好き、なの」

「…ん、俺も果歩が好きなんやで? 知っとる?」


「ありがとう」と言う言葉は嗚咽の中に消えた。



好きなの、好きです…ユキさんが誰よりも何よりも。




   ◇




あの日の夜、ユキさんは近くのホテルを取って二人で過ごす事を望んでくれた。帰るべき家はちゃんとあるのに、あたし達は離れられなかった。そして彼は何度も言った。


「思う事があったら話して」と。


「俺との事で不安があるんやったら、其れを解消出来るんも俺」彼はそう言い切った。嫉妬も、一つの想いのカタチだって、あたしの言う我が儘なんてきっと可愛いものだって言うユキさん。あたしが甘え過ぎてると反省すると彼は呆れた様に笑う。

「なぁ聞いとった? 甘えるんは俺だけにしろて店出て言うたやろ」


ユキさんはやっぱり今迄好きになった誰とも違う特別な男性(ひと)で、あたしに多大なる影響力を与える男性(ひと)

二人の気持ちを再確認出来た事は良かったと思うし、ユキさんにこんなあたしを受け入れて貰えた事も嬉しかった。


でもね…だからって今のあたしのままで良いのかって問われたら其れは違うと思う。だってね。



返したいと思ったの。

あたしが感じている幸せを、彼に返したいと思ったの。決して目に見えるものではないけれど、この優しくて温かい感情をあたしが感じている事をユキさんに知って貰いたいと思ったの。


あたしはこの恋を知って、ただただ甘いだけの時間(とき)の中に居た訳じゃない。知り合って間もないのに、ユキさんに惹かれずには居られなくて、想いを交わしても上手くはいかない事も有った。だけど、胸が苦しくて張り裂けそうなこの恋心(きもち)は、決して一方通行じゃない事も知った。





「お疲れー果歩も今?」

エレベーターに乗り込むと、偶然にもシバが其処に居た。

「お疲れ、シバも今日は遅いんだね?」

「同行した打ち合わせが長引いちゃってぇ。ねぇ予定無いならちょっと何か食べて行かない?」

「行く行く。お昼も食べてないから倒れそう」

そんな会話をしているとエレベーターはあっという間にエントランスに到着し、あたし達は並んで歩き出した。出口へと向かうその道の先に、ユキさんを見つけた。

彼が目立ってしまうのか、あたしが常に彼を探しているのか、どちらなのかは分からない。

「あー…」

同じ場所に視線を残したまま、シバが思わずと言った感じで声を洩らした。あたしは「うん」と言った。ユキさんの周りには神崎さんを始め、男性、女性入り混じった数人が居るのである。言わずもがな営業部員達だ。ユキさんからは飲み会だとメールを貰っていたから、痛みを伴う様な驚きは無い。隣のシバとて然りなのだろう。

解ってはいても、気持ちの良いものではない光景なだけ。


「シバ」

「ん?」

「大丈夫」


”大丈夫” その根拠は一つも無い。

でもその言葉は、様々に形を変えるとっても有能な言葉。頑張れる力をくれる偉大な言葉。


目が合ったままシバは、少しの驚きの後に笑顔を見せる。


「うん、だよね。大丈夫、だってただの飲み会だもん」


そう、例えね、あの中にあたし達の想い人を真剣に慕う人が居たとしても、あたし達の彼等を想う気持ちには変わりが無い。そして今今日この時、その彼等もきっとあたし達と『同じ』様に想っている筈だ。



彼を想う誰かの、不躾な視線を受けるかもしれない、辛辣な言葉を浴びるかもしれない、勝手な嫉妬で胸を痛めるかもしれない。それでも、其処から逃げるだけじゃ不安な思いを消し去る事は出来ない。



だって、あたしはユキさんと、恋をしているんだもの。




シバとあたしは何処の店にしようかと意見を出し合いながら、出口付近で立ち止まっている彼等の方へとしっかりと歩いて行く。近付くにつれ、あの輪の中に居るユキさんが薄らと笑みを浮かべているのが見て取れた。『王子』の最中だ。

「あっ…柴田さんと芳野さん」

あたし達の名を呼んだのは神崎さんだった。するとその群衆の視線が此方へと一斉に注がれる。勿論、ユキさんもあたし達に目を向けた。すると、はっきりと、彼の笑みが変わる。



少しずつ口元を緩めて行き目を三日月の様に細め、最後には口角をしっかりと上に上げて微笑んだ。


『王子』から『素』の、和田幸成になったのだ。




あぁ……――――― 幸せ


彼があたしを見て微笑ってくれる、其れだけの事が凄く幸せ。鼓動が少し早くなって、あったかくなって嬉しくなって気付けばあたしもユキさんに笑い返していた。


「お疲れ様です」

秘書宜しくシバが頭を垂れると、ユキさんが「お疲れ様です」と返し、言葉を続ける。

「此れからお二人でお帰りですか?」

ユキさんがそう話すのは標準語だ。

周囲に関西人が居るから少しは流されるけど、あたしの小さな『お願い』を聞くのは何でも無い事だと言ってくれた。

「はい。これから二人でご飯食べようかって。果歩、お昼食べてないんですって」

シバがあたしを指差して言うとユキさんは、少しだけ片眉を押し上げる。

『何で食べてへんの』って言われる気がして、あたしは少しだけ肩を竦めて見せた。


「主任、早よ行きましょ。伊藤さん、前行ったお店ですよねぇ?」


彼女は何の躊躇いも無く、ユキさんに触れそうな程近くで彼を見上げる。其れはほんの些細な事だけれどあたしにダメージを与えるには充分な行為だ。隣でシバが何かを言い掛けたけれどあたしが彼女の名を呼ぶと、シバは矛を収めてくれた。

神崎さんや他の男性社員は、朝見さんの言動に戸惑いを露わにしていたがユキさんは平然としている。彼は、自分の気持ちがあたしにしか向いていないのだと主張しているからだ。あたしは、彼があたしの事を好きな事を『知ってる』。


だから、あたしはユキさんだけを見つめて、微笑(わら)う。貴方の心に寄り添える事が幸せです、と微笑(わら)い返す。




ユキさんの結んだままの唇が少しだけ弧を描いた―――――。











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