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Call me  作者: 壬生一葉
第2章
32/45

【13】

花火が終わる迄の時間、あたし達は手を繋ぎ空を見上げていた。時々目の前が滲んだのだけれど、気のせいにした。


何時だったか…少女漫画で「好き過ぎて怖い」と言う台詞を見た。その時のあたしは未だ中学生位で恋と言う恋も知らなくて、胸がきゅんとすると言うよりは”在り来たりな台詞だな” と思った。恋も知らない癖に何て偉そうな言い草だ。


手から伝わる温もりも、見上げれば応える優しい双眸も、紡がれる言の葉全てがあたしを幸せにしてくれる。なのに…どうしてこんなに怖いのかな。




「あー主任、そないな所におるー。帰ってけえへんから心配しとったんですよぉ? ねぇ虎太さん」

「食いもん、もう全部食うてしもうたで?」

余りの混雑で元居た場所を探すのに手間取りそうだったから、ユキさんとあたしは花火が終わる直前に彼等が座っているシートの傍へと戻った。朝見さんの隣には山本さんが座っていて、女の子達と和やかなムードに見えた。ユキさんは其れを見て「虎の本領発揮やな」と含み笑いをする。そう言えばユキさんと山本さんは二人で黄金の高校生活を送っていたんだっけ。

花火も終わり観客達は一斉にシートを片付け、駅に向かう道に人が流れ出す。ユキさんが其方に視線を向けると朝見さんがすかさず彼の腕に触れ

「主任、うちら未だ仕事(・・)の話とかしたいんです? もう少し一緒にいてもええですか?」

と言い、彼女の隣に居る女性二人に同意を求めた。彼女達も「お願いします」と笑顔を零す。

「真面目なんだねー? 営業部さんはー」

シバが彼女達に決して笑っていない目を向けたが、彼女達も負けてはいない。

「主任達のお役に立ちたいので」

と言い放った。

「んー…ここいらのどっかの店かて入れないだろうし。其れは又の機会で良いんじゃないのかな」

「せやったら今度は一課・・の皆で、飲み会やりましょ。他の方とかとも親睦深めたいんで」

「そうだね。じゃぁ皆解散しよか」


ユキさんと彼女のやりとりに、胸が又痛んだ。





   ◇




九月になり営業部で販管ソフトの本格導入が始まって、やはり研修の一時間だけでは不十分だったのか情シスのあたし達は営業部の人達に呼び出される事が増えた。主に事務員の元へ行くのだが、派遣である朝見さんがあたし達に助けを求める事は無い。彼女は手元の伝票を、迷いの無い様子でキーボードを叩き入力していく。先日の花火大会に来ていた別の二人も解らない所が有ると朝見さんに質問しているらしかった。

「前に使用していたソフトと似てるので操作もスムーズ」らしいと、ユキさんが教えてくれた。



「芳野さん、俺の方はオッケーっス」

「お疲れ。あたしもカラーチャート直したら終了。報告書、部長の方にあげといて?」

「了解ス」


仕事は良い。マシンはあたしを不安にさせたり怖がらせたりはしない。羅列されるコードはあたしの思うままだ。夢中になればなるほど時間の経過は早く、嫌な事を考えずに済む。

「ふっ…」

あたしはセルフレームの眼鏡を外し、眉間を揉み解しながら薄く笑った。修哉さんを失って仕事を駄目にしたあたしが、今度は仕事でユキさんとの不安を消し去ってしまおうとしてるなんて。


「芳野さん、じゃっお先っス」

「あ、お疲れ」


あたしは牧野の声に慌てて眼鏡を掛け直して、キーボードに手を翳した。暫くして携帯がメールの着信を知らせ、あたしは画面を動かし確認する。相手は若さんからで、飲みの誘いだった。丁度終わりそうな時間が一緒だったのであたしは直ぐにユキさんにメールを入れる。ユキさんも社内に居た様で直ぐに返信が来た。


  了解。俺も飲みに行くから又メールする


「飲み、ね」

そう言えば、”一課だけで飲み会” って言ってたっけね。あたしはメールを前件に戻して若さんに了承の答えを返した。




「お疲れ」

「若さんっもう終わってたの?」

あたしがエレベーターからエントランスに下りると若さんが其処に居てあたしは驚く。彼は黒のポロシャツにベージュのチノと言うスタイルで、客先に行ったにしてはラフ過ぎるなと不思議に思った。

「客先に行ったってのは嘘。今日は外部研修でこの近くに居たの。んでさっきのメールも此処から送った」

「えっ! 言ってくれたら直ぐ下りたのにっ」

先程のメールから軽く三十分は過ぎていて、随分と待たせていた事になる。あたしは申し訳無くなり軽く頭を下げた。

「そうするだろうと思ったから嘘吐いたんだし、仕事優先は社会人として当然だろ。まぁ良いや、腹減った」

「もう何か悪い事したなぁ…あ、あたし今日三分の二位払いますよ」

「…全額払えよー」

「割に合わないから嫌です」

あたし達は軽口を叩き、駅に向かって歩き出した。


以前一緒に行った個人経営の居酒屋は週末のせいか満席で、あたし達は少し小洒落た造りの居酒屋に足を運んだ。引き戸をカラカラと開けただけで、人の声がわっと耳に入ってきた。一瞬目を瞑ってしまう程だ。照明は随分と落とされていて、ガイド代わりのフットライトが無ければ歩くのも容易ではない。二人だと言うと、カウンター席に案内された。この騒がしさだから肩を寄せ合う位で丁度良いかもしれない。


幅一メートル程のアクアリウムを囲んだ円卓のカウンターにあたし達は座り、ビールで乾杯した。カウンター席には十数人が座っており、その周りには布を天井から吊るして仕切る様なテーブル席が幾つも並んでいる。少し先には大人数様の座敷が幾つか見えた。喧騒の中、威勢の良い店員さんの声があちらこちらから聞こえてくる。

「よっしー何、食う?」

「あーあたしサラダで」

「お前は兎か。夏バテとかじゃねーだろーなー?」

メニューから顔を上げた若さんは滅茶苦茶間近であたしを睨み付けた。その鋭い目を向けられると委縮してしまうのは、条件反射と言っても過言ではない。

「若さんが頼んだ物、ちょっとずつ食べますから大丈夫ですよ」

「あ…そっかお前はそういう奴だった。ほら俺の下に入った松浦って奴はさ、一緒に飲みに行くとあれこれ食べたいって自己主張半端じゃねーから」

「…何かそのテーブルを想像しただけでお腹いっぱいですけど」

あたしは少しげんなりした気持ちでジョッキを持ち上げる。「おー確かにすげーな」若さんはそう笑いながら言って、通りがかった店員さんにこれでもかと言う料理を注文して更に、ビールとウーロンハイを追加した。


「…何かお前の会社から真関宛てに菓子折が届いてたけど?」

「ぶはっ」

あたしは二杯目のウーロンハイを軽く吹いた。若さんは片肘を付いて其処に頬を乗せながら、身体を少し開いた状態であたしを見てニヤニヤとしている。

総務部長、結局其れを送ったのっ? あたしは信じられないと言う目を若さんに向けた。

「真関、笑ってたから大事にはなってないんだろ?」

「…うん、修哉さんのお陰で…」

「営業部の和田さん? とか言うのと付き合ってるんだって?」

あたしは俯きながら、おしぼりで口元を押し当てながら頷く。

「真関がさー何か吹っ切れた顔して、今迄以上に俺に仕事を投げてくるよ」

若さんの台詞にあたしは笑った。若さんの仕事量は真関さんと同等である筈で、今迄以上と言う事は想像を絶する量なのだろう。

「ご愁傷様です」

若さんは「けっ」と毒を吐いて鶏唐のみぞれ和えを頬張り、直ぐに別の料理に箸を伸ばした。


修哉さん、吹っ切れた顔、してたんだ。若さんははっきり物を言う人だ。彼がそう言うのだから間違いなくそうなのだろう。良かった。


「主任ーっうちも行きますてっ」


こんなにも店内は騒がしいのに、あたしの耳は彼女の声を捉えてしまった。その彼女の声が『主任』と呼ぶのは、勿論そうなのだろう、そういう事なのだろう。確かめたい様な、見たくない様な、そんな気持ちのあたしは身体の動きは鈍くなって、それでも何とか首を後ろへと向けた。

顔を真っ赤にした朝見さんの腕がユキさんの腕に絡まっていて、ユキさんの顔が何時になく険しい。あたしの存在に先に気付いたのは、ユキさんだった。

「…果歩」

「よっしー?」

若さんが、あたしが振り返った更にその先に視線を向け「こんばんわ」と声を発した。するとユキさんは、しっかりと朝見さんの腕を払い「こんばんわ」と若さんに頭を下げた。

「すみません、彼女お借りして」

若さんがそう言うと、ユキさんは片手を振って笑顔を見せると

「若村さんを兄の様に慕ってるて聞いてますから」

と言う。

「あれ、和田さんって関西の方だったんですか?」

「生まれは違うんですけど、関西での生活が長かったので」

「へぇー」

そんな二人の会話に割って入ったのは、朝見さんだ。

「芳野さんも、飲みにいらしてたんです?」

色が白い彼女の頬は明らかにアルコールに依って赤く染まっている。かなりの量を飲んだのだろうか? それにしては口調ははっきりとしているけれど。

「ええ」

「男の人と二人で?」

「朝見さん、此方の方はうちの取引先の方であたしが以前の会社でお世話になった上司です」

修哉さんと久住さんの時の様な同じ過ちはもう起こすまいとあたしは、彼女にはっきりと説明をする。所が彼女は、だからどうした、と言うばかりの体で言った。

「INCの若村さんて方ですよね? 研修でお会いしてますので存じてますよ。でも、男の人ですよね?」

『主任に悪いと思わないのか』と朝見さんは言っている。

「……」

答えられずにいると若さんが「くっ」と笑いを零し、皆の注目を誘った。そしてとうとう彼は耐えられない様子で大きな口を開けて笑い出した。



「お前が女とか、ないないっ!」







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