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Call me  作者: 壬生一葉
第2章
30/45

【11】

「お待たせしましたっ」


会場の入り口で塊になっていた目的の集団に向かって、シバの可愛らしい声が届いた様で彼等は振り向いた。男性が七人、女性が三名というグループだ。一番最初に目が合ったのはやっぱりユキさんで、彼はあたしの姿に目を細めふわりと笑った。その笑顔にあたしの鼓動は早くなって、乱れても居ない前髪を弄りながら少し顔を俯けた。

「よお似合いよん」

ユキさんとは違う声の関西弁が聞こえ、あたしはもう一度顔を上げた。山本さんだった。驚くあたしを余所に彼はあたしの傍へとやって来る。

「今日、好きなモン奢ったる」

「へ?」

「背中押してくれたった礼や」

「…押したんじゃないですよ、押し付けたんですよ」

あたしがそう言うと山本さんは白い歯を覗かせて大きな声で笑った。あたしの腕に絡まっていたシバがあたしの腕を少し揺らし「誰?」と訊ねる。

「主任のお友達の山本虎太さん。今、大阪から東京に遊びに来てるんだって」

とあたしは説明して、山本さんにシバを紹介した。二人はにっこりと笑顔で挨拶を交わす。


「こんばんわ」


関西のイントネーション、今度は女性の声があたしの傍で聞こえた。あたしは”朝見さん” だと認識し、其方へ顔を向ける。「こんばんわ」と彼女に返した。自分でも声が硬い事に気がついた。

「派遣の朝見桃子て言います。宜しくお願いします」

「情シスの芳野です。今日は、秘書課の柴田さんと御一緒させて頂きますね」

朝見さんは、牧野の言う通り外見はシバの様に愛らしい雰囲気を持っていた。緩くパーマの掛かったショートボブに、二重と其れに合わせた長い睫毛、バランスの良い鼻と形の良い唇。彼女の口から発せられる関西弁は愛らしい。

「芳野さん、似合いますね浴衣」

馴染みのない営業部員達に囲まれるあたしに気を遣ってか、神崎さんが声を掛けてくれた。

「うちも着てくれば良かったぁ。主任? うちの浴衣、芦屋で作ってもろたんですよ?」

「そうなん?」

朝見さんの言葉に返されたユキさんの返答が、関西弁な事にあたしは息を詰める程驚いた。其れに気付いたのか否か、神崎さんが笑いながら

「朝見さんにつられるみたいで、最近主任、関西弁をちょこちょこ口にしてるんだよね」

と説明してくれた。いつの間にか神崎さんの隣に居たシバが興味津津とばかりにユキさんを見てから、あたしに耳を寄せ訊ねる。

「果歩と居る時も関西弁、喋るの?」

「あー…うん、時々喋る、かな」

「へぇー関西弁なんだぁ」

興奮気味のシバに微笑み掛けてから、あたしは未だ花火の気配の無い夜の空を仰ぐ。


幾つかの星が瞬く静かな空とは打って変わって、あたしの心の中は荒れ始めていた。


関西弁を喋る彼を知っているあたしは『特別』だと思っていた。彼の素を知る事を許された唯一だと思っていた。其れがどうだろう。たった一週間前に現れたアサミさんは、既にその権利を得ているらしかった。


「ユキ、腹減ってんねんけど出店がある方行けへん?」

「あー、せやったら場所取りの人間と買い出しの人間、分ける?」

ユキさんの話し方は標準語と関西弁が混在しているが、イントネーションは完全に西のものだ。

「あたし、場所取りしま」

「自分は俺と買い出しな?」

下駄では移動にも時間が掛かってしまうし、慣れない人達と行動するよりもじっと座っていた方が良いだろうと場所取りの役に立候補したあたしの手を掴み、強制連行しようとしたのは山本さんだった。

「ユキ、お前は他の女の子らと残ってええ場所取りぃよ。柴田さんやったっけ? 柴田さんは彼氏とこっち組な? あと営業の若いの何人かも買い出しや。ほら行くでっ」

「や山本さんっ」


山本さんははっきり言って完全なる部外者な訳だが、その強引さに誰も何も言えず約半々と言った感じで買い出し組と場所取り組に分かれる事になった。


「山本さんっ」

「なん?」

「あたしっ下駄で歩くの遅いから、先行って下さい」


勝手知ったると言った感じで神崎さんとシバが先頭を切って、その後ろに営業部の若い男の子が二人、山本さんとあたしが遅れを取る形で歩いていた。一応小走りで懸命に付いて行こうと思っていたのだが、やはり鼻緒の部分と、足の甲が擦れた様で軽い痛みを感じる。

「迷子になるやん」

「なっても携帯有るから、大丈夫ですよ」

「可愛げない事言いよる」

呆れた様に言う彼にあたしは流石に、カチンと来た。場所取りをしたいと言ったのにこうして無理に連れて来たのは自分ではないか。

「…山本さん、あたし焼きそばとアメリカンドッグと焼き鳥とビールが欲しいです。買って来て下さい。此処で待ってますから」

「…そない食うんやな?」

「…ビール以外はちょっとずつ食べたいんですっ」

「さよか」

よし、あたしは此処で待機する事にしようとアルミの柵へと向かって歩く。絆創膏を今の内に…なんて思っていたあたしの肩が強い力で掴まれた。

「全部俺が買うたる。ほな行くで」

「は? 買って来て下さいって言ったじゃないですかっ」

「そないな量、一人で持てるかぁボケっ」

”何でやねんっ” と盛大に突っ込みたい気持ちに駆られたが、其れを言ってしまえばどんな結末になるかが痛いほど解るのであたしはぐっと堪え、彼と一緒に露店に並ぶ事にした。すっかりシバ達とは逸れていたのだが、携帯のメールが彼等の居場所を知らせてくれる。あたしは山本さんと買い物してから花火観賞の場所に戻ると返事をして籠バッグの中に携帯を戻した。ついでに必要枚数の絆創膏を取り出し手にしていると、横に立っていた山本さんが目敏く気付き其れをあたしの手から攫って行く。

せっかく並んでいた列から離れる事に何ら躊躇いもない山本さんは、あたしの手を引き空いている石の上に座らせた。そしてあたしの足元へと傅き何処かのお姫様宜しく下駄を脱がされ、彼は「あぁー…」と呟いた。

「山本さん…自分で」

男性にこんな事をされたのは、幼稚園の頃父以来の事で羞恥に染まるあたしは足を引っ込めようとした。叶う事は無く山本さんは、素早く封を開けペタペタとあたしの擦り傷に貼り付けていく。

「あの…有難うございます」

立ち上がった山本さんを見上げお礼を言うと彼は少し笑って

「女は大変やな」

と言ってあたしに手を差し伸べる。一連の行動が紳士たるもので、この場面で其れを拒否する事も出来ずあたしは彼の手を取り石の上から立ち上がった。

「焼き鳥から行こか。最後にビールな」

「はい」


山本さんはあたしに合わせた歩調でゆっくりと歩く。見慣れぬ背中だが、赤の他人とは思えないこの人との距離感。言い争い、何故かうちの両親にも挨拶迄済ませてしまった彼も又、あたしを全くの他人と言う認識はしていないのではなかろうかと思えた。


山本さんは焼きそばと焼き鳥をビニール袋で持って、あたし達は次にアメリカンドッグを買う為の列に並んだ。

「シバ達、ビールとか取り敢えず二十本買ったって言ってますよ?」

「あ俺、缶やのうて生飲も」

「駄目ですよっ皆待ってますから此れ買ったら帰りましょ」

「せっこい事言うなて。美味いでぇ? 奢ったる言うたやん、戻る前に飲もうやー」

山本さんが悪い顔をして笑っている。あたしは割かし真面目な人間なので「共犯にしないで下さい」と断った。彼は暫く面白くなさそうな顔をしていたが、足元に視線を落としさっきとは違う色の声を響かせた。

「ユキと付き合うてんの会社の奴ら、知っとんの?」

「特に隠してる訳でもないから」

あたし達は前の人との間に出来た隙間を埋める様に少しずつ足を先へ進める。

「あの女らの顔、見た?」

「…いえ」

「自分が来た瞬間、それまでの顔引っ込めたったわ」


あたしやシバが参加する事、他の人達には伝わっていなかったのだろうか。


「モテる男と付き合うっちゅうのも難儀な事やな」

「来なきゃ良かった、ですかね」

言った瞬間、あたし何て言った? と自分の口を覆った。この人との言葉のレスの速さにすっかり慣れていたあたしは、うっかり思った事をそのまま口にしてしまっていた。

「何でぇよ。花火二人並んで観んのん恋人同士の醍醐味やんか」

山本さんはあたしの失言を深く気に留めるでもなく、威勢の良い若いお兄ちゃんにアメリカンドッグを五本頼んでいた。

良かった。思わず口を突いて出てしまった言葉を後悔したが、彼がさらりと聞き流してくれて良かった。


あたしは明らかに買い過ぎでしょうと言う数のジャンクフードの入ったビニール袋を手にし、彼らが待つ場所へと戻ろうと其方へ手を翳し山本さんを促す。足を止めていた山本さんがなかなか歩き出そうとせず、あたしは首を傾げた。



「自信持ってえーよ自分、ええ女やから」



山本さんは、そう言った。







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