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Call me  作者: 壬生一葉
第2章
25/45

【6】

日曜の朝、母を仕事に送り出したあたしは掃除機を掛けていた。いつユキさんから連絡が入るかも判らないのでエプロンのポケットの中に携帯を忍ばせて。


昨日ユキさんは、山本さんと話をしてみると言っていた。そして、ユキさんから夜に掛かって来た電話。

『虎が逃げた』

あたしと別れた後、ユキさんが自宅に戻ってみれば山本さんの姿が無かった。電話を掛けて会社を辞めた事を問い詰めると、山本さんはのらりくらりと返事をかわし通話を切り携帯電話は其れ以降不通、未だ帰って来ないという事だった。今朝早くのユキさんからのメールには、山本さんを探すので今日は会えそうにない、と言う内容。当然だろう。大の男だが、土地勘のない東京に一人で、放っておける訳が無い。あたしも一緒に探そうかと申し出たが、取り敢えず自分で探すからと断られてしまった。

一度会っただけの人だが、ユキさんの大事な友人である山本さんが行方不明と聞いて平然としていられる程薄情では無いつもりだ。掃除が終わったら少し繁華街を歩いてみようか…そんな事をあたしは考えていた。


「果歩、今日、母さんの所に行ってみないか」


玄関掃除をしていたあたしに父が言う。母さんの所、つまり『献血センター』に行かないかと言う事だ。誰かの為の血液をと言う献身的な気持ちも勿論有るのだろうが、恐らく父は働いている母の元に行きたいのだとあたしは理解した。子供の自分から見て、二人は仲睦まじい夫婦と言える。互いにあれやこれやと声を掛け合う事は少ないようだが、こうして想い合ってるのが手に取る様に解るのだ。

あたしは中腰だった身体を起こして父に微笑み、言った。

「行こうか」

センターは駅前だ。其処に行った後に、山本さんを探す事にすれば良い。







「あら」

少し照れ臭そうな父とあたしを見つけた母は少し驚いただけで、口元を緩ませる。親子揃って母に血液を採取して貰うと、あたし達は無料で貰った飲み物を休憩スペースに持ち込んだ。父は手近にあった新聞紙を広げ、母を盗み見る為の壁にしている。あたしは微笑ましい気持ちでオレンジジュースを口にしながら、何とは無しに当たりを見回した。一度すっと目を配った箇所に気になるモノを見つけたあたしは、もう一度其処へ視線を戻した。するとその気になるモノが「ぎょっ」とした顔をした。

「…山本さん」

あたしの小さな声に彼は顔を歪め、首を折ってしまった。

あたしは父に一言断ると、少し離れた場所に座っていた山本さんの隣の席へ腰を下ろす。観念したと言うべきか、脱走しようとはしない彼に安堵した。

「ユキさん…山本さんの事探してますよ? 電話して下さいませんか?」

「嫌や」

小さな丸テーブルの上に肘を付き掌に顎を乗せた山本さんは、あたしを見ようとはせず、ただ面白くない顔をしている。

「じゃぁあたしがメールします」

「はっ? 余計な真似すんなやっ」

少しだけ声を荒げる山本さんに対し、あたしは冷静に応えた。

「無事です、と一言メールします。其れで良いですか? ユキさん昨夜から貴方の事ずっと探してますよ?」

「…ガキやない。そない心配要らんわ」

「…メールします」

あたしはそう言って手提げバッグの中の携帯を漁る。その腕を力強く静止したのは山本さんだったが、あたしが非難の目を向けると彼は少したじろいで見せた。痛む右腕に視線を下げれば、その手は自由を取り戻し、彼は「悪い」と呟く。

「会社…の事、ユキさんに話したかったんじゃないですか?」

あたしの口からこんな事を言っても良いものか迷ったが、あたしは其れを口にした。彼は別段驚いた風でもなく、無言を貫く。其れは肯定と取って良いものだとあたしは解釈した。あたしは携帯を取り出すと、ユキさん宛てのメールを簡潔に作成しあっと言う間に送信する。


一分も経たない内にユキさんからの返信が有った。


  拘束しといて。三十分で行く


彼からの返信も又簡潔なものである。あたしがその返信画面を山本さんに差し向けると、彼は一瞥し短く息を吐いた後、空いている左手で空の紙コップを弄び、其れを見つめていた。特に会話もなくただ黙っていたが、山本さんが「なぁ」と口にする。掛けられた声に顔を上げると、山本さんが未だ掌で顎を支えながら、あたしの後方へと視線を向け「めっちゃ見られとる」と言った。あたしは訳が解らず彼の顔を見つめる。それでも彼は向こうの方へと視線を投げているので、あたしは彼の視線の行方を追う様に振り返った。慌てた父が新聞紙で顔を隠しているではないか。

「…ぁ…あ、えっと父親です」

「は? なん自分。親子で献血しとんの?」

「あ、えっとあっちで採血してるのが母で」

「は? 何や此処自営の献血センターかいな」

あたしは彼のその言葉に吹き出してしまい、慌てて手の甲で口元を覆う。

「そんなの…ぷっ聞いた、事ない」

「俺かて無いわ」

至極真面目な顔をして答える山本さん。本当に関西の人って面白い! 笑い声を抑える反動であたしの肩は震えている。

「…仲良いんやな、自分等家族」

声のトーンが変わった山本さんに合わせる様にあたしは笑いを収め、彼を見つめた。見られている事が解っても彼はあたしに視線を合わせようとはせず、かと言って茶化してる訳でもなく、ぽつりと呟く。

「ええな」

あたし達家族の一コマを”良い” と言った。彼の家庭環境を勝手に想像し、少し胸が痛む。そんな痛み、彼にとっては鬱陶しいものに違いないのだが。黙ってしまった事で山本さんの方が気を遣ってか苦笑いをした後

「俺んとこはな、しょーもないもんや。親父は大阪じゃ結構名の知れた会社の社長で、母親はグループ会社の女社長。年の離れた兄貴はグループ全体の顧問弁護士。そう聞いたら”すごーい” ってなるやんな? 俺御曹司やで?」

と自嘲的に言う。

「仕事が楽しらしい親は家にもよう帰らんと、会社近くのマンションでそれぞれ寝泊まりしよる。俺がガキの頃からそうやった。…自分の家族は絵に描いたみたいやな」

此処で謙遜するのは違う気がして、あたしは彼の言う事を受け入れて「うん」と小さく答えた。それ以降あたし達は又黙った。


テーブルの上に置いておいたあたしの携帯が震え、ユキさんが到着を知らせたのかと山本さんを見た。彼も同じ様に思ったのか携帯へと視線を下げている。ところが画面に表示されていたのは別の人の名前だった。

「…すみません、外に出ます」

あたしは通話ボタンを押した後、足早に室外へと出て携帯を耳に当てる。

「牧野? どうした?」

『芳野さんっすみませんっ、助けて下さいっ』

今にも泣き出しそうな牧野の声に、僅かに焦りが生じた。


休日出勤をしてイントラの作製をしていた牧野にトラブル発生。対処し切れないから手を貸して欲しいと言う電話の内容だった。話を聞く限り自分が行けば解決出来そうなものなのだが、ユキさん曰く”拘束” して欲しい山本さんが此処に居るのだ。ユキさんが来るまでの間、あたしが傍に居るべきだろう。まさか両親に監視を頼む訳にもいかない。


あたしがドアの入り口からちらりと中を見ると、此方を見ている山本さんと視線がかち合った。あたしの言いたい事を察知したらしい山本さんが「行け」とばかりに手を払っている。電話の向こうでは牧野があたしの快諾を待っていて、あたしは「一時間で行く」と牧野に伝え通話を終えた。デジタル表示の時計は、ユキさんの言った三十分迄残す所十五分を示している。あたしはユキさんの姿は未だかと、駅の方を見遣った。


「行けて」


携帯片手にそわそわとユキさんの登場を待つあたしの背に掛けられた山本さんの声。あたしが振り向くと、思った以上に近くに居て吃驚した。

「トラブルなんやろ?」

「…でも」

「もう逃げへんて。此処でユキ待っとったらええんやろ?」

「…十五分、待ちます」

「ええて。ちゃんと此処おるし。もう今更逃げへんわ。今日はネカフェで寝るん嫌やし」

「…仕事で会社に行きます」

「ユキに言うとくわ。男に呼び出されて顔赤らめて行きよったてな」

意地悪く笑う山本さんを軽く睨み付けたあたしだったが、彼が宣言通り此処で大人しくユキさんを待っているだろう事が解って相好を崩した。山本さんが白い歯を見せ、笑う。あたしは一度センター内へ戻り、父に会社へ行かなくてはいけなくなった事とご飯を用意出来ないかもしれない事を伝えた。勤務中である母には片手を上げ、山本さんには「じゃ行ってきます」と告げ、あたしは駅構内に向かって走り出した。











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