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Call me  作者: 壬生一葉
第2章
20/45

【1】

お待たせ致しました。。。





あの日の夜、あたしはユキさんにもう一度「好き」だと伝え、修哉さんとの過去を語った。

以前にお付き合いしていた事、彼の海外転勤で別れる事になった事、この前は久し振りの再会であった事、やり直さないかと言われた事。


大切なのは、ユキさん一人だと言う事。



ソファーの上で体を彼の方へ向ける様に座って、あたしはそう話した。ユキさんは、時折「うん」と相槌を打ちながら自らの組んだ指に視線を落として静かに耳を傾けていた。一通り話が終わると彼は顔を上げ、あたしに向かって数回頷き「うん」と言った。”解った” って言ってくれてるみたいに。


「…あんな、あんまええ話とちゃうんやけど聞いて貰いたい」


そう切り出した彼はあたしに向かって左手を開いて差し出したので、其処に右手を乗せると彼は指を絡め取る。繋いだ手は彼の腿の上へと乗せられた。


「…俺が外見だけで判断される事が嫌なん知ってるやんなぁ?」

彼は視線を下げたまま、そう訊いた。あたしは彼を見つめながらただ黙ってコクリと頷く。

「大学ん時な付き合うてた年上の人が居てん。その人は俺が猫被ってるて、初めて見破った人やった。俺のちゃんとした彼女てその人で…長くも付き合うたし…人としても信頼しとった」

過去に想いを馳せるユキさんを急に遠くに感じて、思わず繋ぐ手に力を込めた。するとユキさんは二人の手から伝ってあたしの顔を見、あたしを安心させる様に優しく微笑む。

「付き合うてる間は順調やったと思う。けど、彼女が社会人になって俺は未だ学生で。会えない時間も(おお)なって…まぁ…あれや…学生の俺には頼られへんかったんやろな」

彼が言葉を紡ぐ事を躊躇った。言い淀む彼の手にあたしは左手をそっと重ね、傷みを分かち合いたいのだと示す。ユキさんは目を伏せ、ふっと息を吐いて

「…好きな人が出来た言うて…あぁ…あんま言いたくないねんけど…二股掛けられとった」

と無理に笑う。ズクッと胸の奥で音がした気がした。


あたしの身体の強張りを感じたのかユキさんは場を転調させる様に声のトーンを変えた。


「もうあれやね。めっちゃへこんで、ほんま、虎がおらんかったら単位落としとったかもしれん位…あ、虎て俺の友達やけど……何が言いたいかっちゅうと…果歩にも、同じ目に合わされたのかもしれんて思うたんや」

「!」

「嫉妬もしたけど其れも通り越して、焦燥とか絶望とか…そないな思いを持っとった様に思う」

あたしは此れ以上無いって位に彼の指をぎゅっと握り頭を振った。


あたしが思う以上に、あたしはユキさんを傷付けていた。


「せやけど…一ヶ月も会わへんかった間に俺も反省した。言い訳聞くちゅうたのに聞かへんかった。あないな言い方したら言われへんよな、関西弁てきついし」

「あたしが、あたしが悪い、ごめんなさい」

「ちゃうねんて謝らんといて。謝って欲しいて言うてるんちゃうし…今日な真関さんの言動見とって今度は自分に腹が立ったんや。うちの人間が自分に暴言吐いたやろ? 真関さんは自分を守るんが当たり前言うた。俺は…前の彼女に自分を重ねて自分を信じ切れてなかったんやって…」

返す言葉が見つからなかった。

ユキさんが元カノにそういう理由で傷付けられた事も事実だし、そんな過去があったのだから今回の事であたしがそんな風に見られた事も仕方なかったのかもしれない。

彼が穿った見方をする事を非難出来ないのかもしれない。


暫し見つめ合った後ユキさんが眉を下げ、困った様な顔をする。

「…嫌やな、昔の話自分にすんのん。よく言うやんか、過去が在っての今て。よぉ解るけど……」

「うん、ユキさんの言う事解るよ」

あたしもそうだった。修哉さんの事を笑って「元カレなんだ」と言えたものじゃなかった。それだけ修哉さんがあたしの過去に色濃く残っていたって事。だから…きっとユキさんも、その年上の彼女が胸の何処かに巣食っていたのだ。

「今は、果歩だけやから」

ユキさんがあたしの心を見透かしたように、真っ直ぐな瞳を向けてくる。

「…うん。あたしもだからね?」



ちょっと…ううん、本当は大分心が揺らいでる。

無い訳ないのに、ユキさんの心を射止めた女性(ひと)が居た事に、心がざわついた。しかもユキさんが大切にしていた人であろうその人が、彼を裏切る形で終わりを迎えていただなんて。

あたしにさえ在る過去の男性が彼を苦しめた様に、あたしも少なからずその過去に嫉妬し、怒りを覚えた。勝手なものだ。

頭の何処かで其れは過去、過去在っての現在(いま)だと答えを弾き出す。正論である筈で理解すべき事なのに、胸の奥を渦巻く黒い感情を否定出来なかった。



どうか、そんな醜いあたしに気付かないで―――――。




「今日は泊まるやろ?」

「…えっと…」

「まさか帰るとか言わへんよな?」

ユキさんと一緒に居たい。だけど、女はお泊まりに色々必要な物があるのだ。

「着替え、とか無いので…」

「俺の着とったらええやん」

「あ、ほらスキンケア用品とか!」

「近くにコンビニ有るやん」

「…し、下着とか」

「…必要ないやん、どうせ脱がされるんやし」

その整った顔でしれっとそういう台詞を吐くんじゃない! あたしは心の中でそう突っ込む。何だか顔が火照って彼の視線から逃れる様に俯いていたあたしに笑い声が降ってきた。

「可愛いなぁ自分。顔真っ赤にして」

「可愛くないです!」

彼の右手があたしの左頬に触れて、顔を上げる様に誘導される。

「おっその上目遣いクルわ」

「もおっ! ユキさん、からかわないでっ」

左手で頬に添えられた手をかわし、繋いでいた右手を解こうとしたら彼は其れを許さないとばかりに手首を掴まえて腰をぐっと引き寄せる。彼の腿の上に座らされ、肩口に顎が乗ってあたしの身体はすっぽりと彼に抱かれていた。匂いや、熱があっと言う間にあたしを包む。



もうこんな事叶わないかもしれないと思ってた。



あたしは首に両腕を巻き付けて彼の首筋に唇を押し当てる。

「泊まってってや?」

「…うん」

あたしを抱き締めるユキさんの強い力に、彼もあたしと同じ様に怖かったのかもしれないと思った。自惚れでなければ、あたしを失う事を怖いと思っていてくれたのだろうと思った。





その後、コンビニに行って摘める物とスキンケア用品を買った。レジで支払いを済ませる時以外、ずっと手を繋いでいた。

まるでお互いがお互いを確かめる様に、指を撫で合って互いを慈しむ様に。


初子さんと仁美さんの話をしたら「ほんまかいな」と突っ込まれた。ユキさん曰く、あたしを励ます母の作り話だったんじゃないかと言うのだ。確かに絶妙なタイミングだったと思う。

「だったらあたし達が今日エレベーターで会ったのも母の策略って事にならない?」

「神やわっ」

表情豊かに笑うユキさんを見て、あたしは嬉しくなる。

「あーでもほんまに神なんは伊藤君になるんかな」

「え? 伊藤君って?」

「こっちの話」

意味有り気に笑うユキさん。

「なーにー?」

「ええねんて」

あたしの身体に軽くぶつかって、あたしは僅かによろけた。こんな風にじゃれ合える事が、凄く幸せ。在り来たりの言葉だけれど、幸せだ。



「俺達、まだまだ足りない事だらけなんやろな」



上から見下ろすユキさんの眼差しが優しく降って来る。あたしも彼に微笑み掛けて、小さく頷いた。

時間も言葉も、あたし達には未だ足りない。





   ◇





ユキさんが大口の契約を取りそうだと誰かが噂しているのを社食で耳にした。そんな事、ユキさん一言も言って無かったな、そんな風に思いながら閑散とした八階のフロアへと戻る。扉を抜けた直ぐ其処の総務部に目をやると此方に向けられた視線とぶつかった。久住さんはふいっと顔を逸らし、其れを見ていたキャリアのある女性社員が眉を八の字に下げあたしに向かって頭を下げる。あたしも会釈し自席へと向かった。

久住さんとの一件が上の人間に何処からか伝わったらしく、今朝出社早々総務部長に呼ばれ謝罪された。修哉さんの方から特に抗議も無かった事から彼女に対しては厳重注意と言った形で片が付いたらしい。INCに菓子折り持って謝罪でもと言った総務部長に、あたしは慌てた。

「真関さんは、恐らくその事についてはお忘れかと思いますので、その心遣いは…」

ユキさんが謝罪した時も「何の事か」と訊ねた位だ…其れに修哉さんも此方からの訪問に困惑するだろう。総務部長は「そうか」と未だ思案顔だったが、あたしは早々にミーティングルームを退室した。


ユキさんがらみの嫉妬が早く治まってくれれば良い…なんて楽観的希望を抱いていた、昨夜迄。


『嫉妬』


あたしには関係のない言葉の様に思ってた。しかも戻る事は出来ない過去に嫉妬だなんて。答えの見出せない問いをどう理解したら良いのだろう。




デスクの上に、ランチに行く前には無かった小箱が乗っている。差出人はINC、若さんからで、ソフトが届いた様だ。研修用の資料も再度チェックしておかなければいけないとあたしは頭を切り替えた。








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