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Call me  作者: 壬生一葉
第1章
2/45

【2】

誤字訂正しました。13/04/19

営業部のフロアのドアは人の出入りが激しいのか、開いたままであたしを出迎えた。


馴染みのないフロアだったが、一課が手前だった事は何となく覚えていた。新年度になったばかりで異動に伴う挨拶等で忙しいのか、そもそもがこの状態なのか、二課合わせてもフロアに居る人は数える程しか居なかった。


「情報システム部です、失礼します」

と声を掛けると、窓を背に座っていた人物が立ち上がり手を上げた。和田主任以外の一課の席はがらんとしている。

「和田です、すみません」

そこであたしは思い出したのだ。

この人が噂の和田主任だったと言う事に。確かに綺麗な顔をした男性だった。漆黒とは言い難い柔らかそうな髪に、綺麗な二重、左目の脇に泣き黒子が一つ。シャープな顔立ちにその黒子、男性相手でもセクシーと言う言葉に値する。あぁシバの頬を赤くした顔が、総務の久住さんが甘ったるい声を上げるのが目に浮かぶわ。

「こちらのミスで申し訳ありません、ちょっとパソコンお借りします」

「はい」

作業の為に彼の席に座ると、ネックストラップが邪魔で背中へと回した。あたしは此れが窮屈で何時も自分の物は引き出しに仕舞っている。ただ、忘れてフロア外に出ると言う失態を犯すと、中から開けて貰わなければならずパソコンに「ID!」とポストイットを貼り付けていた。

「…」

あたしの作業が気になるのか、ラップトップを覗き込んだ和田主任から煙草の匂いがして思わず身体を左側に寄せ手だけを動かした。恐らくついさっき社内で吸ったんだろうと思える位に匂いがきつくスーツに染み込んでいて眉根を寄せずには居られなかった。難しい作業ではないので、あたしは息を止め迅速に事を行い立ち上がった。相手は牧野ではないので少し自重し、軽く拳を握った左手で鼻の下を抑え作業が終わった事を告げる。

すると和田主任は「有難う、牧野さん助かりました」と甘い笑みを浮かべた。あたしはもう一度頭を下げて足早に営業部を後にした。ドアを潜るとあたしは思いっきり深呼吸をする。新鮮な空気が肺を満たすと、頭も少しクリアになりハタと気付く。


「あー…何か、名前間違えられてるけど…まぁいっか」


後輩の牧野は男性だが、牧野(ひかる)と言う。IDには顔写真まではプリントされてないから和田主任は、その名前があたしのものだと疑いもしなかったのだろう。まぁ元々は牧野の仕事なのだし、営業部との接点もないのだから勘違いされたままでも良いかと、あたしは其れを記憶の片隅にやってしまった。




   ◇




「芳野さん…和田幸成って人から俺、食事に誘われてるんですけど」


出勤後直ぐに、夜間稼働していたサーバーに異常が無かったかのチェックをするあたしに牧野が言った。

「だから…?」

「いや、だからって返事もどうなんスか? あの和田主任ですよぉ?」

と、牧野が胸の前で両手を組み身体をくねらせながら総務部の久住さんの真似をする。あたしは軽く吹き出して「似てる」と彼の物真似を褒めた。

「”牧野さん、昨日は有難うございました。助かりました、あの後ちゃんとスキャン出来ました。お礼に今度食事でもどうですか?” って携帯番号と携帯のアドレスが書いてあります」

あたしは何だか違和感を感じ、首を傾げる。そして思い出した。

「あ、ごめん、和田主任あたしが牧野光だと思ってるみたい」

「はぁー?!」

昨日、フロア外に出る際に持って行った牧野のIDカードが彼の勘違いを生んだ事を話すと「じゃあ今、俺このメール、芳野さんとこに転送しますから。誤解解いて食事でも何でも行っちゃって下さいよ」と面倒そうな顔をした。がしかし、あたしも面倒な顔をそっくりそのまま返して反論する。

「元はと言えば牧野のイージーミスで、あたしが営業部に行ったんでしょう? メールには”其れが仕事ですのでお気になさらずに”で送信しておいて。一回断ったら二度とメールなんて来ないと思うから」

勢いで命を下し、牧野は其れに渋々と言った感じで頷いた。


「芳野さぁん? 今、和田主任とか言いましたぁ?」


隣の部署なのに、何かと情報(こっち)にやってくる久住さんに「言ってないよ?」と答え、あたしは昨日の作業の続きに取り掛かった。『和田主任』は彼女のテンションを一気に高めてしまうもので、「和田主任がぁ」が始まると長くなってしまうのでこの対処法が正当だ。



そして翌日、牧野が「和田氏からメール」と半目状態でパソコンの画面を指差している。読み上げるのも面倒だと言う事だろう…あたしは彼のデスクへと行き腰を屈め社内メールを読んだ。


”東京に戻ったのは久し振りなので、牧野さんさえ良かったら美味しいお店を教えてくれませんか?”


「誰ですかぁー二度目は無いって言ったの、つーか完全に私用メールじゃないスか」


少々困った事になったなと言うのが正直な感想だった。

彼に会う以前は、余りにも回りが騒ぐものだから一度見てみようかくらいの気持ちが有った。だが実際会ってみたら煙草臭かった事が頭の中にインプットされていて、彼を思い出すと気分が悪くなった。

「牧野、もう其れ返事しなくて良いよ、そのままで」

「…はぁー…」

納得のいかないと言った返事だったが、勝手な事をするのも面倒だと思ったのか彼はあたしの指示を守る事にしたらしい。



翌日。

「芳野さん」

と牧野に名前を呼ばれた。もう何となく想像がつくのであたしも何も聞かずに、彼のパソコンを覗き込む。


”情報システム部は多忙な部署だそうですね、大阪の方にはない部署だったのでそんな事を知らずすみません。どんな部署なのか、もっと知りたいので教えて頂く事は可能ですか?”


「もう、どうするんですか、これ」

牧野は呆れているのか存外に溜め息を吐いた。

「…私用メールは控える様に、電話しておきます…ごめんね?」

「てか、この人男前なんでしょ? 食事の一回位行けば良いじゃないですか、芳野さんフリーですよね?」

あたしは今、既読した社内メールを削除してイントラのトップページに戻すと牧野の頭を掠る程度に軽く叩く。

「そういう問題ではないのです」

「…へーい」



自席に戻ったあたしは眼鏡ケースを開け、眼鏡を取り出した。

和田主任からのメールには疑問がいっぱいだ。何で、こんなにしつこいのか、何であたしなのか。あれだけの容姿で、仕事にも手腕を奮っている男が引く手数多である事は自身でも理解している筈だ。だったら、大した取り柄もないあたしなんかに構わず、他を当たったら良いのだ。


考えても答えの出ない事にあたしは、仕事が終わったら電話一本掛けて全てを終わらせてしまえば良いと匙をあっさり投げた。





定時を少し過ぎた頃、イントラで営業一課和田主任のスケジュールを確認する。予定では現在、在席中の筈だった。咳払いを一つしてあたしは受話器を上げた。牧野が一瞬、此方を振り返った様だったが其れは構わなかった。二回コールが鳴って相手は出た。

『営一の和田です』

「…情報システム部…です」

思わず名前を名乗れなかったあたしからの電話に和田主任は、一瞬誰なのかと考えたのか間が在った。

『…あぁ、お電話お待ちしていましたよ』

電話の向こうで彼が破顔一笑するのを想像し、あたしは小さく首を横に振る。気恥かしささえ感じていたあたしの耳に届いたのは、思いもよらない言葉だった。



『芳野果歩さん』






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