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Call me  作者: 壬生一葉
第1章
19/45

【19】

2013/06/10 関西弁訂正しました。。。

2013/09/26 第1章区切りの為、最終行にアスタリスクを挿入。。。






「修哉さん」

あたしは修哉さんの名を呼びながら、少し離れた所で傍観していたユキさんを見た。あたしの想いの行く先に気付いた修哉さんがユキさんを捉え、そしてユキさんもあたし達が立つこの場所へと歩き出していた。ユキさんが此方へとどんどんと近付いてきて、彼の表情が鮮明になっていく。冷たい雰囲気はなかったが、硬い表情を携えていた。

ユキさんはあたしの隣に立ち修哉さんに相対すると少し頭を下げ「営業部の和田です」と名乗る。ソフトウェアの件で礼を述べ、先程の久住さんの事を詫びた。すると修哉さんは相好を崩し「何の事でしょう」と言った。あたしは改めて彼の懐の深さに感銘し、ユキさんも安堵の色を浮かべ口元を緩めた。そのユキさんと目が合う。けれど久し振りに交わした視線は彼の方が素早く逸らして

「芳野、真関さんをお送りして」

と言った。ユキさんの其れは当然の振舞いなのだが、ビジネスモードのユキさんが冷たく見えた。心を痛める必要なんてないのに、完全に線引きをされてしまったようであたしの心が軋む。


ビルの出入り口まで修哉さんと二人肩を並べて歩き、あたしはこの機会を逃してはいけないと意を決した。

「修哉さん」

あたしは立ち止まり、彼の方へと身体を向け見上げる。

「あたし修哉さんを待てなかった。プログラマとしてINCに残る事も出来なかった。…今は、好きな人も居ます」

修哉さんの視線が、先程迄立っていた場所へと向けられる。

「あたし…ずっと修哉さんに守られてた」

あたしがそう言うと修哉さんはゆっくりと視線を戻す。その優しい双眸は二年前と変わっていない。

「職場で修哉さんの背中を見てこんなSEになりたいと思った。貴方に甘やかされて愛されてあたしは其れが穏やかで幸せな毎日だと、思ってた。守られている事で満足してあたしからは何一つ修哉さんに返してあげれなかった」

「俺は君が傍に居てくれるだけで良かったんだ」

「…じゃぁ本当はアメリカにも付いてきて欲しかった?」

あたしがそう聞くと修哉さんは困った様に笑顔を滲ませる。其れは肯定に他ならない。

「あたしはそんな言葉すら修哉さんに言わせてあげれない人間だった」

二十四歳だったあたしはプログラマとして半人前、人としても未熟でただ修哉さんの腕に抱かれて、「このまま」過ごしていければ良いと思っていた。

アメリカに付いていける程の能力はなく、日々の忙しさに感けて其れ以上の努力を怠っていたあたしが修哉さんと対等で居られる訳は無かった。今では思えるの、修哉さんが例えアメリカに行かなくてもあたし達に幸せな未来は無かったんじゃないかって。

「当然だろ? 俺は男で君は女。其れに俺は君より歳も上なんだ」

至極真っ当な意見だと思う。

でも守られるだけじゃ修哉さんの傍には居られなかった様に思う。結局は”あたしは修哉さんの足元にも及ばない人間なのだ” と結論付け『恋人』と言う立場を放棄しただろう。


そして今、あたしは愛する人に守って欲しいとは思わない。喜び、怒り、哀しみ、笑い、全ての感情をお互いにぶつけ合える事の方が素晴らしいと思う。傍に居るだけじゃなく「一緒」が良い。


歳を重ねて幾らか大人になったあたしは、時々子供の様なユキさんを甘やかしたいと思う。あたしよりも視野の広いユキさんを尊敬し、誇りに思う。




ちゃんとユキさんと向き合いたいから、あたしはちゃんと一歩を踏み出さなきゃいけない。




修哉さんの息が漏れ、小さな笑い声。そして彼の温かい指があたしの頬を撫で上げる。

「俺は君を見誤っていたのかな。仕事以外でもそんな瞳をするのを、俺は知らなかったな」


   ―――そんな瞳?


疑問が顔に表れたのか、修哉さんはくすりと笑い

「意志の有る、強い瞳」

と答えた。

修哉さんがそんな言葉を零した時だった。タイルの上を猛然と走る足音が聞こえてきて、あたしと修哉さんは同じタイミングで其方を向いた。

「…コイツに触らんといて貰えます?」

あたしの頬に触れていた修哉さんの手がユキさんに依って引き離され、修哉さんを見るユキさんの目は険しい。それでもビジネスパーソンである事が理性を飛ばす事を許さないのか修哉さんの手を直ぐに解放した。そしてユキさんはまるで壁になる様にあたしに背を向け立った。

「ご用がお済みなら此れで失礼しても?」

「…結構ですよ、和田さん。では芳野さん、ソフトの件に関しては若村と打ち合わせの程宜しくお願い致します」

修哉さんの顔は見えなかったけれど、何処か笑いを含んでいる様な口調に聞こえた。

彼が歩き出す音が聞こえ其方を見ようとするも、ユキさんに肩を掴まれエレベーターに向かうよう身体を反転させられる。見上げてみてもユキさんは前に目線を向けているだけで、あたしを見ようとはしない。其れは凄く心をざわつかせる。

未だエントランスには社員が数人行き来していて彼等の目もある。あたしは彼の気持ちを引く為に立ち止まり、小さな声で彼の名前を呼んだ。見上げていた先のユキさんは一度目を閉じゆっくりと瞼を起こした後あたしを振り返る。向けられたその顔は何とも言い表せない複雑な表情。其れでも決してあたしを拒否する様な類いのものじゃない。未だ何の解決にも至ってないけどユキさんのその顔だけであたしの心が解けて行く。


「…自分が好きなん俺やんな?」


彼があたしに向けて言葉を発してくれた事で気分は俄かに高揚し、あたしは首を縦に振って「うん」と言った。

「自分の話もちゃんと聞かんと意固地になって連絡もしいひん様な狭量な男やで。其れでもええん?」

「ユキさんが良い、です」

「っ」

息を飲んだユキさんは、あたしの視線から逃れる様に顔を余所へと背ける。

「…自分ほんま…あぁ…くっそ俺しょうもなっ…」

ユキさんはそう言いながら髪が乱れる事などお構いなしで右手で自分の頭を掻いた。言葉にしたあたしも、言われたユキさんも照れ臭くて二人して馬鹿みたいに視線を彷徨わせた。

「…これから一軒回らへんとあかんし遅うなる。せやけど……家で、待っとって」


赦してくれる?

待ってて良い?

未だ想ってくれてる?


聞きたい事が山ほど有った。


ユキさんは片手で顔を覆って下を向き、ハァーと大きく息を吐く。

「言いたい事が山ほど有る。せやけど今は時間が無い」

あたしは同調し頷いた。

「とにかくや、今はそないな顔で事務所に(もど)たらあかんで」

「…え?」

「自分がそない顔すんのん知っとんのは俺だけでええんやからな」

「え? やだ、どんな顔…?」

「俺に心底惚れてるっちゅう顔やろが」

「っっ!!」

あたしは慌てて手の甲で顔半分を覆い隠したけれど、言った傍から照れてるユキさんが其処に居てあたしは小さく笑った。



なんて可愛い男性(ひと)



抱き締めたい、そんな衝動に駆られた。勿論今はそんな事出来ないけれど。




彼の家でご飯を作ろう。そして「おかえり」を言おう。











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