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Call me  作者: 壬生一葉
第1章
14/45

【14】


ユキさんの部屋に少しずつ、あたしと一緒に選んだ物が増えて行く。

淡い発色をするルームライト、シンプルなカトラリーとプレート、細々とした調味料。観る時間が無いと言って購入には至っていないテレビのカタログが数冊。まるで新婚みたいで凄くくすぐったい。

「なぁこっち伝手とかて、ないん?」

「仕事の話?」

ユキさんがあたしが作った冷製パスタを頬張りながら頷く。

「あたしが居たINCでは、結構紹介とかあったりしたけど…うちはどうなんだろうね? ごめんね何か役に立てなくて」

「かまへんて世間話みたいなもんやし。神崎君とかにも聞いてんねんけど、あんまり東京じゃないねんて。大阪の方じゃ結構伝手でってのもあったんやんか、せやからこっちじゃ売上達成厳しいかもしれんなぁ…」

ユキさんが、と言うよりは男の人がこんな風に弱い部分を見せるものだと言う事に正直あたしは驚いた。悪い意味では決してない。素直に驚いている。

父は仕事を家に持ち込むタイプではなかったし……修哉さんも若さんも「難しい」と口にしたのを聞いた事が無い。だからユキさんがあたしに対して弱気な態度を見せる事が特別な事の様な気がして、どうもむず痒い。

「あ、自分何にやけとんの? 馬鹿にしとん?」

彼も本気で怒ってる訳じゃないのが解るからあたしは片手を横に振り「違う」と主張する。

「何かね、ユキさんがそういう事をあたしに言ってくれるのが嬉しいの。ごめん、ユキさんは真剣に悩んでるのに」

ペコリと頭を下げるとユキさんがフォークをプレートの上に投げ出した音が聞こえあたしは再び顔を上げる。ユキさんは片手にプレートを持ったまま、あたしを見て何故だか微笑(わら)っていた。




此方に来て三ヶ月経とうとしているのに”東京は慣れない” と言う子供みたいな彼を宥め、水族館へ出掛けた。車が無いから公共の交通機関を利用するしかなく、外を歩けば「暑い」と言い電車に乗れば「人が多すぎ」と文句を言う。怒りも呆れも通り越して、笑いが込み上げてくる。こんな子供っぽい大人は初めてで、しかも其れがあんまり嫌じゃない自分が居る。其れに水族館に入った途端にあんなに喜ぶ彼を見たら道中の事等吹き飛んでしまった。

ユキさんがあたしに甘えてるのが解る。其れが堪らなく嬉しい。

対外用の彼も知ってるだけに、あたしに見せる素の部分が子供っぽくっても我が儘でも、其れはあたしを信頼しているからこそのものなのだろうと思える。

「なぁ秋になったら遊園地行こか」

大きな水槽の前でユキさんが言った。意外に気に入ったらしい水族館。次は遊園地、そうやって一緒に、二人で色んな事を感じ合いたい。




   ◇




「ちょ、ちょっと待ってユキさん、ココ…」

富裕層達が通う街、と言うイメージの街のとある宝飾店へ躊躇いも無く入ろうとするユキさんに引っ張られてあたしは歩かされた。店内に立っていた警備服の男性が扉を開くと眩い光が目に入る。

「アクセサリーとか嫌いや無いやろ自分」

ユキさんのその物言いは”嫌いじゃない” 前提だが、此れが彼の何時もの調子だし実際嫌いでは無いので否定はしない。

「全然しいへんやん、何で?」

「指輪とブレスはキーボード叩く時とかが嫌で、イヤリングは耳朶が厚くて痛くて…ネックレスは…持ってないから?」

「そやったらネックレスな」

だからってこのお店でなくて良いのだ。フランスの高級宝飾店など、あたしには猫に小判みたいなもの。あたしは握られた手を何とか引っ張り「此処は嫌だ」と無言の圧力を掛けるが、ユキさんは意に介さない。

「どんなんが好き?」

腰を屈めショーケースを覗き込むユキさんの目の前には笑顔の店員さん。あたしは口の端を少し引き攣らせながら、ユキさんに並ぶと怖々ケースを覗く。見るだけ、見るだけ。

しかし、有名なシリーズのネックレスと指輪が並ぶのを見て思わず「可愛い」と口にしていた。ユキさんが指を指し「これ?」と聞くので、あたしは慌てて口元を手で隠した。

「すみません、コレ見せて貰えます?」

「畏まりました」

店員さんが取扱いに注意しながら、ネックレスをアクセサリーボードの上に出している間にもユキさんは近くのケースに視線を巡らせる。出されてしまったネックレスを見て、やっぱり可愛いと思う。二つの小さなリングが交わっているホワイトゴールドのネックレス。シンプルではあるが決して飽きの来ないデザインだ。

「彼女に付けてみても?」

「勿論です」

言うが早いか店員の女性はネックレスを手にあたしの背へと回り「お首失礼します」と言っている。あたしは付けるだけ付けるだけ、と自分に言い聞かせ肩よりも長い髪を両手で軽く持ち上げた。着用し終えると目の前に立つユキさんは思う所が有るようで少し考え込んでいる。

「すみません、こっちも良いですか?」

ユキさんが指名したのは、同じシリーズのものだがチェーン部分にダイヤが一つ付き、先程のネックレスのリングよりも少し大きめのリングが一つ付いているタイプ。そのリングにもダイヤが嵌めこまれていた。素早く、ネックレスがチェンジされあたしの胸元を飾った。Vネックのカットソーを着ていたから鎖骨の辺りで揺れるネックレスは存在感たっぷりだ。

「こっちの方がええな」

「そうですね、先程のもシンプルでとってもお似合いでしたが此方の方がお顔映えもされて宜しいかと思います」

「じゃぁ此れを」

「ゆ、ユキさんっ」

あたしの静止などお構いなしで彼はパンツの後ろポケットから財布を取り出していた。



店を後にしたユキさんの手には渋みのある赤い手提げ袋が一つ。あたしは視界の端で其れを捉えながら申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。プライスタグにはゼロが四つもつく高級ジュエリーだ。

「何て顔してんのや」

「だって! 誕生日でも何でもないんですよ? 其れをどうしてこんな高い物を買っちゃうんですか?!」

「付けて欲しかったからやろな」

「理解出来ない」

「そやったら理解なんかせんでええ。ただのプレゼントを身に付けるだけでええ」

反省は勿論、悪びれても居ないユキさんに対し流石に納得できないと突っ撥ねる。それでも彼も譲歩の余地が無い。こんなプレゼントってあるだろうか? 記念日でも無く、あたしが欲しいと強請ったものでも無い彼が用意したプレゼント。

「果歩」

「…ナンデスカ」

あたしは怒っているのだ。彼の顔を見ようとはせず、車がのろのろと走る車道に目を向ける。本当はこの繋いでいる手も解きたいくらい。

「果歩がアクセサリーつけとんの見たいねや」

このネックレスじゃなくても良い筈だ。あたしがそう口にしなくても、彼本人も理解しているのか微苦笑して二の句を継いだ。

「嘘。此処のブランドが好きやねん」

彼は時計をしているし、皮小物も持っているが此処のブランドのものではない。

「嘘……束縛」

聞き慣れない言葉に彼を仰ぎ見た。ユキさんは困った様に笑った後、前を向きあたしの手を強く握ると又歩き出した。

「どやったら他の男が果歩の事見いへんで済むんかなぁて思うたら、これ見よがしにアクセサリーでも付けてもろたらええかなぁて。俺の好み付けとってくれたら、余計に安心出来るとか阿保な事思うてん」

「ユキ、さん」

「カッコ悪いやろ。ただの我が儘や」


言葉にならない、とはこういう事を言うのだろう。一瞬言葉に詰まったあたしを見下ろしたユキさんが、あたしの驚いた顔に驚いてる。


「カッコ悪くない…そんな事言われたの初めてで…何か想われてるみたいで嬉しい」

「みたいちゃうやんっ。自分ほんま性質悪いわ」

「ぷっ…ごめんユキさん」

あたしは軽く握った左手を口に押し付け、小さく笑う。

「するやろコレ?」

彼は横柄な態度で右手に持っていた小さな紙袋を持ち上げ、あたしに問う。照れ隠しの其れが堪らなく可愛くて、愛しくて。

「したい。これから毎日襟の開いた洋服着たい。有難う」

と心から思う事を吐露して笑った。そしたらユキさんもあたしの大好きな笑顔を見せた。



以前の誰かと比べるなんて良くないけれど、あたしがこんな風に相手の一挙手一投足に振り回される事なんて有ったかな。恋をしていた事は勿論有る。けれど、こんなに感情を曝け出して向き合った事は無かった様に思う。

穏やかだったのだ。大学の時の彼とは友達の期間を経ての交際だったから、互いに引き際であったり押し所であったりを理解し合っていた。解り過ぎてただけに遠慮が無かったとは言わない。そして修哉さん、彼には全権が有った。あたしが理不尽な思いを持っていれば、彼は其れを爆発させたりするのではなく巧みに引き出し諭してくれた。元々あたしは左脳で動くタイプの人間だから論理的に物事を判断する事が多い。修哉さんを間近に感じていた二年間で其れに磨きが掛かった気はしている。

そんなあたしを乱すのはユキさんだ。きっと自分のペースへと巻き込んでしまうユキさんが特別な人なんだ。あたしを想ってくれるこの人を大切にしたい。この想いを大切にしたい。



何だか幸せ過ぎて怖いくらい。こんなに幸せで良いのかな。







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