過去拍手 5 (三章 一学期~「先生? 黒田はここに入れますか?以降推奨です)
塾の初日、一番乗りの教室であいつとプリントを囲んで四苦八苦していると、長い巻き毛に彫りの深い目鼻立ちが人形のような日本人離れした雰囲気の女と、ボブカットの最近よく見るアイドルにも少し似た、カジュアルながらも思わず目が行くようなセンスの良い服を着こなした女が二人入ってきた。
二人が一緒にいると味も素っ気も無い塾の室内がどっかのタレント養成所かなんかみてーに華やぐのに、驚きはしたが今はそんな事にかまけてる余裕はねーし、再度プリントに、視線を戻すと
「紗綾、さっき梢先生が小テストについて話があるから、講師控え室に来なさいって」
そいつらは入ってくるなり藤堂に近づくと親しげに声を掛けた。
「うわ、さっき受付の前を通ったときに目が合って嫌な予感したんだよね~、うえぇ~、行きたくない……、けど、仕方ないか」
すると、掛けられた言葉に藤堂は思いっきり顔をしかめつつも席を立ち
「あのね、今日からここに通うことになった黒田、同じ学校の友達なんだ、よろしくね、……じゃ、ごめん、ちょっと行って来るわ」
目の前の二人に俺のことだけ紹介して、そいつらの情報は何も与えずに慌てたようにさっさと教室を出て行くのに流石に焦る。
こんな見るからに育ちのよさげなお嬢タイプって、俺みたいなのは苦手だろうよ……紹介なんてしねーでそのままスルーのが平和じゃねぇ? なんてプリントの山と、初めて来たこの場所にに慣れるのに必死だった俺は、これ以上気遣いなんてする余裕はねーんだが……と内心ため息を付いた。
だが、流石に世話になっている藤堂の顔を潰すわけにも行かねーし、よろしくと軽く頭を下げれば。
「紗綾ったら、いくら梢先生が苦手だからって、あそこまで焦らなくても……あんな紹介じゃ困るわよね? 私は藍沢莉緒、よろしくね」
俺に怯えた風も無く柔らかく微笑みながら藤堂のフォローをするように自己紹介をする長い髪の藍沢と
「紗綾の友達? ってことはあの子の紹介でここに? 一緒の学校の子は他にも居るけど塾に連れてくるなんて! ねねっ? 仲良いの? 」
俺の机に乗り出すようにして、興味深げに俺を見ているのは……
「皐、邪魔しちゃ駄目よ? ここの途中入塾の課題の厳しさは経験済みでしょうに?」
「あ、そっか、黒田君は塾長の愛の鞭の真っ最中か~、私は来栖皐だよ、プリント頑張ってね」
来栖というらしい。
そうして自分たちの紹介を済ませると、二人して落ち着いたらあいつの話でもしてくれなんて言いながら、それぞれ何事も無いみてーに席に戻っていくのが信じらなくて目で追ってしまう。
ここ数年何だかんだと妙に怯えられることは多くて、実際新学期早々あいつが隣の席になることになったのも、多分俺のせいだ。
それからも、別に当たり前の用事でかみついたりなんざする訳もねーのに、クラスの女はみのりだの藤堂を使いによこす始末で。
なのに……クラスの女よりも繊細そうな、俺みてーなのは明らかに苦手なタイプに見える二人は、するりと俺を受け入れて、まんざら社交辞令でもなさげにあいつの話を聞かせろ何て言ってきた。
「あ、皐ちゃん、もう来てたのね? 良かった、これこの前借りた本……あら?」
次に教室に入ってきたのは、藍沢が西洋風というのならこっちは純和風の、あの良く床の間で飾ってあるのを見かけるようなそんな雰囲気の女。
……何なんだ? この塾は、顔で生徒でも取ってんのか? って、まぁ、だったら藤堂はないか? や、決して不細工とは言わねーけど、……そんな、あいつに知られたら蹴られそうなことを思わず考えていると
「もう? 相変わらず読むの早いね、もっとゆっくりで良かったのに……」
そんな風に言いながら、声を掛けられた来栖は入り口にに寄ってきながら俺の隣で足を止めた
「あ、彼ね、紗綾の学校の友達なんだって! 紗綾が紹介してここに来るようになったらしいの、彼女は松くんだよ!」
そんな事を言い出していて、不思議そうに教室に入ってきたときに俺を見たそいつは、紗綾の? なんて驚いた顔をすると、すっとプリントの山に目を向けて、高木先生の課題? なんて聞いてくる。
「ああ……、黒田だ、よろしく」
「さっきまで紗綾が手伝ってたみたいだけど、今、梢先生に呼ばれちゃって、それにしても凄い量だよね~、私の時の倍はありそう」
呆れたように来栖が言うと、その一つに纏めた長い黒髪が特徴の凜とした女は
「私は松岡久美子、紗綾とは一年の頃から一緒なの」
なんて言いながら、俺の近くまで来ると、ふと俺の手元に目を落として
「ここ、違う、……このチェック付いて居るのが判らないところ?」
「あ? ……あぁ」
「良かったら紗綾戻るまで手伝おうか?」
そんな事を言い出す。
思いがけない申し出に言葉を失っていると
「さすが松くんだね、私じゃ紗綾の代わりは無理だから邪魔しないでおこうと思ったけれど、彼女はAクラスだし安心だよ?」
なんて言いながら、来栖は席に戻り……俺の返事を待つようにこちらを見て居る松岡に、頼んで良いのかと迷ったが、向こうから言い出してくれたのを断るってーのも、と
「良いのか?」
聞くと、くすりと小さく笑うと、俺の回答のどこが間違っているかなんて事を理路整然と解説しだした。
「ふ~、ただいまぁ……って、あれ? 松くん?」
「お帰り」
「わぁ、ありがとう! 黒田見ててくれたの?」
「さっき皐ちゃんにに紹介してもらったの、初対面でお節介かなって思ったけど、丁度ミスがあったから見過ごすのも、って思ってね」
戻ってきた藤堂が礼を言うのに、さっきまでは凜とした表情だった松岡は少し照れくさげに笑って、そんな松岡に藤堂は俺から見ても、そいつを好きなのが判るような笑顔を向けて、……まるで、ガキのするような相手に心を晒すような表情、学校では見せないはずの無防備な姿に何故か懐かしい気分になるが少し不思議で。
そして、そんな藤堂を見て居る松岡も口では大げさだなんて言いながらも、嬉しげに藤堂に答えている。
全くもって、藤堂の友人はどいつもこいつも規格外だ。
……女の友情なんて物は紙っぺらよりも薄い、なんて言葉も聞くが、こいつらは多分藤堂が受け入れてるからって理由だけで、俺を受け入れてるんだろう。
じゃなきゃ、初対面からこんな風になる訳はねーと思う。
学校で会う日比谷や手塚にしても、あいつの側に居れば話す機会も多いが、最初から怯えている風は無かったし。
みのりだって、今のクラスになるまでは、そうしょっちゅうつるんでは居なかったみてーだが、流れている噂に憤慨して悪い噂には頭から否定してた。
こいつ、今までさんざんな目に遭ってたらしいが、側に居る奴には結構恵まれてるよな? なんて、思ったまま思わず口に出すと。
「でしょ? これだけは自慢かな?」
なんて、明らかに気が抜けているこの場所で笑う顔はガキそのもので……。
そう言えば、昔遠足でこいつがバテて荷物なんかを持ってやった時は、こんな顔をしていたかも? なんてうっすら遠い記憶も蘇った。
だから、懐かしかった訳か……しかし、九年たっても変わらないってどんだけだよ?
噂を聞いたときにはどんな風に変わったんだか、なんて思っていたが、結局こいつは何があってもあの頃のままなんだって、そんな事に俺は今更気がついたのだった。




