過去拍手 9 初詣の裏側
以前100話目記念として拍手に掲載していたものとなります。
こちらに格納し忘れていたものを発掘したので掲載したいと思います。
内容的には終盤近く「第98部分 転がり落ちたくなければ、たまには素直に頼れば?」あたりの内容となり、もし未読であればネタバレとなるのでご注意下さい。
※
一条
「わっ!」
背後で聞こえた聞き覚えのある声に驚いて振り向くと、華やかな振袖姿が倒れこんで来るのに一瞬息を飲んだ。
慌てて手を伸ばし支えれば、近くに寄せられた顔、肩に触れる体温、そんなものに意識を持っていかれそうになるから、一瞬キツく目を閉じて頭を切り替え、あまり触れないように気をつけながら体勢を起こすのを手伝う。
鮮やかな緋牡丹が舞う振袖を纏い、いつもはおさげにするか緩やかに背に流している髪も結いあげて、薄く化粧をしている、けれど、申し訳なさげに俺を見るその顔は紛れも無く……。
「藤堂、何やってるんだ」
支えた事に礼を言いつつ謝ってはくるけれど、それよりも何故、こんな事になったのかを聞きたかったのは事実だが
「あはは、ちょっと草履で引っ掛けちゃった?」
気まずげに答えるのに、こいつがやろうとしたことに想像ついて呆れてしまう。
「おまえ……大方後ろから驚かそうとか思ったんだろうけど、着物は普通の服より動きにくいんだぞ? いつもどおりの動きが出来ると思うな」
「あはは、ママにも言われたそれ」
「つまり、お前は人の話を聞いてないって事だな」
否定もせずに、へらりと笑ってみせるのにため息を付いた。
目的地の神社前で、正月に相応しくはあるが石段を登るには困難そうな振袖姿の女子のためにそれぞれサポートする人間を決める事になった
主に問題となるのは藤堂一人だと思われたが、かと言って、本当に松岡の言うように周囲を俺達で固めるのもどうかとは思ったので、その方法には異存は無かった。
俺が手助けするのは松岡で
「お世話かけます」
凛とした表情でこちらを見るのに
「使うか?」
手を差し出すと、少し不思議そうな顔で
「いいの?」
藤堂に視線を流しながら言ってくる、これだから心を知られている人間はやりにくい。
……まぁ、藤堂の周りの人間は当人とは違い聡い奴ばかりだから、本人以外には俺の気持ちは知れ渡っていそうではあるが。
「お前のサポートは俺だろ?」
だから敢えて当然の事のように更に手を伸ばせば、松岡はくすりと笑って
「じゃ、お言葉に甘えて」
そう言って俺に手を預けた。
けれど、その足取りは、危なっかしい藤堂とは比べ用もなくスムーズで
「慣れてるな」
「わりと着る機会が多いのよね、それにしても紗綾、大丈夫かな?」
心配げに松岡が目をやるから、できるだけ見ないようにしていた、藤堂の方を見てしまい……一心に足元を見つめてゆっくりと石段を上がる藤堂の姿と、その姿を優しげに見つめる鳴木を見て、知らずに足が止まる。
松岡は俺に近づいてくる女とは違い、さっぱりとしていて頭の回転が早く、人形のようなたおやかな容姿でありながら、キッパリと物を言う筋の通った人間で、女には警戒する癖が付いている俺にとっても、手を貸すに否やはない同年代では稀有な存在だと思ってはいる。
けれど、鳴木に全幅の信頼を預けてゆっくりと石段を上がる姿に、あの信頼を受けるのが俺ならば……と、思ってしまった。
「ごめん」
気まずげに松岡に言われて、我に返る
「いや、……俺こそ」
「まだ、駄目なの?」
気遣う表情に、まだ伝えることができないと思っているのかと言っているのは判るが
「無理だな、起きる気配もない」
「確かに、……でも、流石に今の一条君が紗綾に伝えたとして、紗綾が理不尽だとは思わないんじゃない?」
以前の俺を知りつつそんなことを言い
「人は間違えるものだよ? 一条君は反省しているし、紗綾だって成長していると思うけど?」
そう続く言葉に胸の奥にしまい込んでいる想いが揺らぐのがわかる。
……けれど
「それでも、あいつが俺を友達としか思ってないのは確実で、……きっと傷つける」
「それは、私も紗綾に傷ついては欲しくないけれど、でも」
優しすぎるよ、なんて松岡は言ってくれるが
「臆病なだけだ」
本当にあいつの事だけはいつだって、迷子にでもなったかのように進む道さえままならなくて、結局一歩も動けないまま側で見つめる事しか出来ないでいる。
「大切過ぎると、そうなるよね」
すると、実感の篭もった返事が戻るのに思わずその顔を見つめていると
「覚えがない訳じゃ無いんだ」
いつもはきりりとした印象のある形の良い眉を、困ったように下げた。
けれど、すぐにそんな気分を振り払うように
「ま、取り敢えず、神様に祈っておこうか!」
明るく笑う。
「試験はいいのか?」
「試験は努力がまだ通じるけど、人の思いはね?」
だが、その瞳の奥にまだ少し寂しげな色があり、空元気だと判って……。
きっと松岡にも胸にしまい込んだ、大切すぎて不用意に触れる事も出来ないような感情があるのだろうと判った。
普段は陰を見せる事は無い彼女のそんな部分を誘発したのはきっと俺の弱さ。
だから、反省も込めて手をぐっとにぎると、少し勢いを付けて先へと引いた
「え?」
驚く松岡に
「神頼みするんだろ?」
色々な気持ちを抑えて、笑って見せた。
※
鳴木
俺の支えを受けながら、ゆっくり石段を登る藤堂
母親に着せられたと文句を言っていたが、華やかな振袖姿は良く似合っている。
けれど、確かに動きにくいのがみて取れて、やたらと躓きそうになっていて……。
参拝が目的だから登らない訳にはいかないが、神社につきものの長い石段を前に振袖姿の女子に一人づつ付いてサポートする事になった
俺の相手は藤堂で、申し訳なさげに
「貧乏くじでごめん」
何て言うのに、そんな事は思ってないと手を差し出した。
人に頼るのが下手な奴だから、断るかなと思っていたら、意外とすんなり手を預けて来て、少し意外だった。
けれど、喋る余裕も無く、丁寧にゆっくり石段を登る姿に成る程と思う。
俺の手を支えにして居るから、自然近くなる顔と顔。
藤堂は一心に足元だけを見つめて居るから、俺はついじっと藤堂を見つめてしまう。
こんなに近くで、俺に手を預けてくるのが嬉しくて、……切ない。
どんなに見つめても、今の余裕の無い藤堂が俺の視線に気が付いたりはしない。
それは、今までの俺たちの関係その侭で、愛だ恋だと同年代の女子が騒ぐ中、それどころじゃない騒動に巻き込まれたこいつは、全くそっちの回路が閉ざされて居て、いつになったら俺の気持ちを伝えられるか想像もつかない。
参拝を終えて、登りより難易度が高くなった石段を下っていく。
さっきからずっと握って居るのにひやりとしたあいつの掌の感触……自分の身体は、この距離と繋いで居るだけの掌、それだけで何時もより体が熱い様な気がしているというのに……
「冷たい手だな」
「え?」
だから、思わず零してしまった言葉に、とたん集中力が途切れたようにぐらつく体。
慌てて繋いだ手に力を込めて、ぐらつく体を抑えるために肩に手を回して体を支える。
それだけのつもりが、抱きしめるような格好になってしまい
「ごめん」
近い距離に謝れば、慌てたように
「ううん、私こそ」
不安定な体制が整ったのを確認して、そっと回した体から手を放して……。
ゆっくりと、藤堂はこれまで以上に集中して、俺は余計なことを言ってこいつを動揺させないようにと、お互い無言で石段を降りることに専念した。
漸く、転ばずに石段を降りることが出来ると、ほっとしたように
「ふぅ~、平坦な地面って素晴らしい」
なんて、言っているのがおかしい。
そして、つないだままの手に気が付いて
「ありがとう」
そう言って離れようとする手を一瞬捕まえそうになって、慌ててその力を抜けば、するりとほどける繋いでいた手。
ひやりとして柔らかいその感触を忘れたくなくて、そっと掌を握りしめた。
「おつかれ、良かった、無事にお参りができて」
「おつかれ~」
続いて階段を降り切った来栖が軽い足取りで俺達の方に近寄り声を掛けてきた
ほっとしたような気の抜けた笑顔を来栖に向けた藤堂はそのまま
「これだけ、歩くの上手だと安心だ、貧乏くじじゃなくて良かったね? 黒田」
その後ろにいた黒田にも笑顔で声をかけたんだが……瞬間、奴の顔には苦しげな影がよぎり
「うるせー」
やっと、それだけを搾り出すように呟いて一条達のいる方向に歩いて行ってしまった。
「あ〜」
来栖はそれを見て困ったように笑い。
藤堂は不思議そうにその背中を見て小首を傾げており……俺は、言葉も無く小さくため息を付くしか無かった
※
黒田
出がけに風邪をひかないようにと首に巻かれたマフラーを、引っ剥がすようにとけば、瞬間首筋に刺すような冷たい風。
体温がぐっと下がるのはわかったが、沸騰しそうな脳みそを冷やすには絶好で、だからマフラーはそのままリュックに放り込んだ。
「これだけ、歩くの上手だと安心だ、貧乏くじじゃなくて良かったね黒田」
判ってる、あんな事言わなきゃ良かったんだ。
球技大会の後、みのりにも言われた、俺は一言多いんだって。
その時は何の気なしに軽口のつもりでの言葉。
結果、当然のように戻ってきた言葉がこんなに胸に痛いのは、自業自得。
だから、藤堂は悪くない。
頭では理解しているのに、言ってしまいたくなる、……好きだって。
さっきからお前の事ばっかり頭がいっぱいで、おかしくなっている頭の中身を晒して、俺を見てくれ、俺を選んでくれ……って、
だが、俺よりも長い間あいつを見ているあの二人に勝てる自信もなくて。
なにより、こんな時期に誰より世話になっておきながら、俺の勝手な感情を押し付け、傷つけたら?
基本的に、強い奴なのは知っている、けれど、自分の内側に受け入れた奴には驚くほど弱いのも知った、から。
ホントはどんなに歩くのが下手でも、危なっかしくふらついていても、他の奴なんかに預けたくなんか無い。
だってのに、さっき隣で手を貸していたのは、軽口を叩いていても口先だけの冷たいセリフを吐いていても、いつも優しげな瞳でお前を見ている鳴木。
普段より寡黙な分離れていても判るほど、お前を見る目は優しく少し熱っぽくて。
和服に慣れているらしい来栖のパートナーは手間がかからない分、つい、見るからに危なっかしい藤堂の方に目が行ってしまい、そして、視線を向けた事を後悔する。
そんなことを繰り返していたせいで、さっきもあいつに抱きしめられたように見えた姿をまともに見てしまい。
それが、足を滑らせた藤堂を支えただけって事は判っては居ても、あの姿が頭から離れなくて。
結果、あいつの何の気も無いセリフに必要以上に傷ついて、そばに居ると、嫉妬混じりに怒鳴っちまいそうで慌てて離れるなんて、……情けねーにも程がある。
そうやって逃げるように、藍沢達のいる神社の入り口方向に歩いて行くと、目が合った一条がふと眉を潜めて近寄って来た。
「どうした?」
こいつは人形みてぇな面をして、ぱっと見冷たいように見えるのに、わりと面倒見がいい、んで、今の俺の顔色はそーとー良くねぇんだろう。
「なんでもねー、自業自得だ」
心配されたのは判るが詳細を告げる気にもなれねーから、それだけ答えると
「そうか」
驚くほど質問も何もなしに、藍沢たちの方に戻っていく。
触られるのも痛くて、放って置いてくれって気持ちを的確に受け取って、そのまま黙って距離を置く。
ホント、勘が良くて、気遣いも出来る出来すぎた奴、なんて思うが、……こんな奴でも、昔は自分の気持が掴めなくて藤堂に突っかかっていたと聞いた。
「……つくづく罪作りな女」
校内でも男女ともに評価は高く、その気になればすぐに彼女なんて出来そうなあいつらは事もあろうに天然ド鈍な藤堂を好きになって、結果友達、なんてやっかいな立ち位置に甘んじたまま見守る事に徹している。
俺だって同世代には評判は悪かったのが、最近はそーでも無くて、ちらほらと秋波を送ってくる奴なんかも居たりはして、年上には元々ウケはいーしで、モテねー訳でもねぇ。
だけど、俺たちが見つめるのはひとりだけ……なのに当の本人はそんな事は夢にも思わないまま、さっき言った貧乏くじ、なんて言葉を額面通り受け取ってる。
……ホント、誰と行く初詣だからこんな寒い中好きでもねー人混みに元旦早々来ているかなんて、きっと気づきやしねーんだろう。
「はっ、マジド鈍」
……それは自嘲を込めた苦い笑いではあったが、息を漏らす事で胸を圧迫するような凝縮した思いが少し抜けて。
漸く、呼吸が楽になったような気がした
ここまでお読み頂き誠にありがとうございます。
最近春が近いせいか、この世界の彼らがむずむずと動く時があり、もう少し追加をできるかもしれません…ただ、今1番暴れてるのがバスケ部&消しゴムの彼であり、果たして需要は…の戸惑いもあったりしますw
ともあれ、過去の発掘であっても久しぶりにここが動かせて嬉しかったです、お付き合いありがとうございました。