熱発パラレル 黒田 (本編読了後推奨です)
お久しぶりです。
中々新作が続けて書けず、ブランクを作ってはリハビリに書きやすいこのシリーズを書いて……と言う経緯で作ってしまった熱発シリーズ、とうとう三人分揃ってしまいましたので、週一で一人づつ読んで頂ければと思います。
今回は黒田編です。
少し設定に緩いところがあるのと、三人分有るのでパラレルとしましたが基本いつもの紗綾&彼らをお楽しみ頂ければと思います。
「……ッ…ケホッ……だから、大丈夫だって」
「なわけねーだろ、そんな真っ赤な顔して」
「なら、尚更こんな時期に……うつしっ……ケホッ…」
「今更だろうが、隣の席だぞ? 移るならとっくだ」
俺が隣の席の不穏な空気に気がついたのは六時間目の授業も終わったHRの最中だった。
担任の連絡事項に耳を傾けていると耳に入るケホケホという押さえ込んだような遠慮がちな咳と、それに混ざる少し荒く思える呼吸音……まさかと隣をみるとそこにはまっかな頬をしたこいつが居て
「このプリントは必ず保護者に、必要事項記入して提出は……」
「谷セン! こいつ保健室連れてくから抜けるけどいーよな?」
考えるというより反射的に上がった手と共に、連絡事項を読み上げる担任の谷口の言葉を遮るようにそれだけ言って席を立つ
「おい! 行くぞ?」
「え?」
「黒田……判ったが相手は病人だ、ゆっくりとな? 行って良いぞ、先生も後で顔を出す」
最初こそ俺の唐突さに驚いた様子だったが、視線を藤堂に向ければすぐに頷いてくれ助かった、藤堂もその即座の許可に自分がどう見れるかくらいは理解したんだろう
「……すみません」
小さくそう呟いて、席を立った。
なのに、強情なこいつは一緒に歩きながらも頑なに俺を戻そうとするから、苛立ちながら手を引いて保健室へ急いでいると
「……ちょっ」
驚いたような声がして引いていた手にガクンと力が掛かり、振り向けば床の段差とも言えない継ぎ目に突っかかり膝をついた藤堂が居て
「っと! おい、大丈夫か?」
「へーき」
ぺたりと床に膝をつきながら、首を振るもそのいかにもだるそうな仕草に罪悪感が募る。
こいつは確かにおっちょこちょいだが、流石にこんな1㎝も無いような段差に躓くのは
「俺が、強く引きすぎた」
聞きわけの無い強情さに、とっとと連れてっちまえと思ったのは確かだが、怪我させれば元も子もねーってのに
「ん……いやいや、私が、わる…」
聞き慣れない擦れた弱い声、汗ばんだ額に思わず伸ばした指先に触れた熱
その想像以上の熱さに息をのむと、そのまま額にあてた手のひらにもたれて来るのを慌てて抱きとめる
「……っ! 藤堂?」
「ごめ……目眩した」
いつもの気の強さを消した熱っぽく潤んだ瞳で俺を見上げたりされれば
LHR中の静かな、人っ子独り居ねぇ廊下で今、二人きりだと言う事を強く意識させられる。
いつもより赤みが濃く見える唇が薄く開き、吸い込まれるように目が……離せなくなる
片膝をついた俺の胸元で珍しく大人しい藤堂、支えた腕に感じるのは頑なで強情なこいつらしくもない柔らかさ、このままこの腕の中に閉じ込めてしまえば、俺の中に宿るこの熱を、お前に伝えられる?
「黒田?」
「~っっ! 行くぞ!」
だけど、きょとん、と全く無防備に俺の名を呼ぶ声に引き戻された。
衝動を振り切って立ち上がり、そのまま歩き出す。
お前の熱に浮かされたさっきの俺の瞳は、きっと胸の奥の熱を映していたはず。
だけどこいつは、それに怯えるどころか気付きさえしない……
呼吸の熱すら判りそうなあの距離でも、お前の心を揺らすことさえ出来ない。
だから、まだ……
引っ張り込んだやたら白い部屋、保険医も藤堂の姿を見るなり奥にある寝台へと促し、慣れた仕草で体温計を渡すと
「その様子では迎えが必要ね、職員室で連絡してくるわ……悪いけど君、クラスと名前、利用届に記入をお願い」
それとコレ、そう言って冷却シートを俺に渡すと、体温計の温度さえ確認せずに保健室を出て……全く、それだけでこいつの状態が結構キテるってことぐれーいい加減自覚しろって思うのに。
「黒田 もう戻って良いよ?」
「いーから寝てろ、どーせ届けも書かなきぇいけねぇし」
「私書けるよ」
ピピピッ……ピッ
自覚のねぇ藤堂と宥める俺の会話に割り込むように響いた電子音。
「何度だったんだよ?」
「ん~、ちょっと平熱より高い、かな~」
体温計をみるなり、気怠げなため息をつき枕に頭を置いて体の力を抜くのに問いかけるも、とても信じる気にはならない返答。
しびれを切らせ、投げ出された掌からそれを抜き取った。
38.7℃……思った通りだ、平熱よりちょっと高い? お前の平熱は38度かよ? 風邪なんだろうが、軽い……と言うには熱が高い。
こうなると調子は朝から悪かったんだろうに、間が悪すぎた。
いつもならこいつの不調などすぐ見抜くはずの日比谷は休みで、俺はと言えば今日は移動教室だなんだで席が離れていた上、他は隣に居たつっても一回集中しちまうと周りは見えなくなるから、多分一日咳き込んでたんだろうにこの時間まで気がつかねーで……。
さっき預かった冷却シートを持ったままなのに気がつきそっと前髪を上げてぺたりと乗せる
「ちょっと冷てーけど我慢しろよ」
「ん~」
一瞬、僅かに眉間に皺を寄せ、けれどすぐに心地よさげに溜め息を付きゆるりと瞼を開けた
「……くくっ」
「んだよ?」
「めんど~み、いいよな~……って」
「あぁ?」
「黒田にはさ、いっつも、たすけられてる」
気だるげで舌っ足らずな口調、なのに真摯さは伝わってくる弱っていても真っ直ぐな瞳
「……ありがと」
吐息のようにそれだけ言うと、満足げに瞳を閉じて、やがて聞こえてくる規則的な呼吸
そんな姿にこの馬鹿が、とデコピンでもしてやりたくもなるが、赤い頬にむずつく指を押さえる
「……水くせーんだよ」
健気とも言える、感謝の言葉が嬉しいと言うよりは切ない。
こいつと来たら人の事は助けたがる癖に自分へ差し伸べられた手には断るやら逃げるやら。
もっとも、頼ってくれってこっちのキモチなんざ想像もしてねーんだろう。
確かに、今までの俺はめんどーな事は避けて、連んでた女の殆どはうるせーことは言ってこない、甘やかしてくるようなのばっかり、だった。
なのに今は、手は要らねーと意固地な馬鹿を保健室まで引っ張り込んで、挙げ句教室に戻る気にもなれねーでこんな所に突っ立って。
頬に掛かるほつれ毛を外してやろうと指を伸ばし……止める。
さっきと、同じだ、この空気はヤバイ
意識してしまえば、やたら目につくのは、いつもと違い少し開き気味で、いつもより赤いそこ。
熱のせいか少しかさついて見えるのが痛々しく、でも、リップなんぞ持ってるわけも無く、……ならばいっそ?
――シャッ
あり得ない妄想を慌てて振り払って側を離れカーテンを引く。
……ったく、たかが風邪っぴき、すーすー寝てる姿なんてガキそのものだ、と、思うのに……コトコトと早まる動悸は真実で
「……届け書いとくか」
暴走しそうな自分が怖くて触れることも出来ねぇ、なんて
――どんだけ俺は……
熱のせいで少しいつも通りで無い紗綾というお題での三部作一人目、楽しんで頂ければ幸いです。
来週の土曜日にはもう一人をupしたいと思いますので、お時間が有ればお付き合い頂ければ幸いです。