過去拍手 1 (二章 修学旅行 1 以降推奨です)
修学旅行の夜、僕は幼なじみの鳴木の部屋に遊びに来て居た。
僕の部屋はにぎやかな奴が多くて、それは楽しいとは思うけれど、他の部屋の女子まで呼んで盛り上がるのが毎日なのは少し疲れた……なんて愚痴を言ったら、こっちは静かだからどうだと言われて、それも良いかなと思ったんだ。
部屋には、後は一条君が居るだけで、後のメンバーは彼女と一緖を満喫中だから当分帰ってこないし、寛いでけと鳴木が笑っている。
応接スペースのソファーで雑誌を見ていた一条君も気を使ってくれたのか、見ていた雑誌をテーブルにおいて一緒にやるか? なんて声をかけてくれて、……気がつくと今まで殆ど話したことも無かった一条君と鳴木の三人で夢中になってクロスワードを解いていた。
三人で唸りながらかなりの部分を埋めたけれど、どうにも進まなくなってしまい
「これ以上は俺らじゃ無理か?」
なんて鳴木が丸めて居た背中ををほぐす様に大きく伸びをすると、飲み物買ってくると席を立つ。
何かいるか? と聞かれて、一条君がコーヒーと言い、僕もサイダーを頼んだら判ったと言って部屋を出ていった。
部屋に静かさに落ち着きはするものの、いつも人に囲まれている一条君が鳴木と二人でこんな風に部屋にこもってるのが少し不思議で、クロスワードの空いた所を名残惜しげに見つめて居る目の前の彼に
「部屋にこもってて良いの?」
と聞いてみた。
すると、真顔で
「逃げてるんだ」
などと返してくる
「下手に外に出るとうるさくて……」
雑誌を見ていたせいかはらりと落ちた前髪を掻き上げながら、旅行の高揚感なのか、一度捕まると誘いを断るだけでもなかなか終わらない……なんて、僕の方を見て困ったように薄く笑う姿は確かに女の子が見たら放っておかないだろうなと思った。
こうして間近で見ても粗の見えない端正な作りの顔に、大人びで見える落ち着いた仕草。
おまけに、今年は準優勝までした評判の高いサッカー部のレギュラー。
僕のクラスの女子にもファンは多くて、彼女達によればその地域では有名なお屋敷とでもいうような家に住んでいて、学校に持ってきている文房具なども高級品揃いだなんて話も聞いたことはあって。
……僕達とは住む世界が違うような彼ともなると悩みからして違うものかと感心していると
「お前の幼なじみだって似たようなものだろ? そもそも最初にめんどくせーから部屋に居るって言い出したのあいつだぞ?」
なんて苦笑しているのに、そう言えばと思う
それだけの評判を持つサッカー部の主将で成績もトップクラス、すっきりした顔立ちの幼なじみはいつの間にか、彼ほどじゃないにせよ、女の子の注目の存在になっていた。
本人は全く興味がないのか、しらっとした顔をして普段近寄せもしないけれど、妙に面倒見がいいと言うか天然な所があって、困ってる女の子とかをうっかり助けて面倒な事になったと嘆いているなんて事は良くあった。
ドアが開く音がして、鳴木の
「入れよ」
なんて言う声がするから、誰か誘ったのかと入口を見ると見慣れない女の子がいる。
一条君の事情を考えても、鳴木の日常を考えてもここに女の子を連れてくるとは思えなかったから不思議に思っていると
「なんで、おまえが……」
珍しくあからさまに驚いている一条君と僕を見て
「俺が呼んだ、日比谷が筋肉痛でギブアップしてて暇なんだと、で、丁度いいかなって……こっちは、俺の幼なじみの立野だ」
と、女の子に紹介された。
鳴木が女の子を誘った? あの常に女子が関わると面倒臭いとしか言わないのに?
驚いてついまじまじと見てしまうと
「藤堂です、お邪魔します」
そうまっすぐこちらの目を見てにっこり笑った彼女は、すらりとした長身にフワフワとした長い髪、微笑んでいる顔は柔らかそうな頬と相まって子どもっぽいのに、その力のある視線は表情をきりりと見せていて……。
色々驚いてしまって宜しく、位しか言えなかったんだけど、藤堂さんは嬉しそうに笑うと手土産なんて言って、小さなカバンからお煎餅と梅のしば漬けがコロコロ出てくるのに更に驚いた。
この子が藤堂さん、……クラスが一緒になったことはないけど、塾が一緖だという鳴木から話だけは聞いていた。
校内でもちょっとした有名人だけど、その噂は結構凄いもので、乱暴、凶暴、気が強い……と、とても女の子のものとは思えない。
……そんなんじゃないんだけどなぁと困ったように鳴木が言っていたけれど、たまに廊下で男の子に囲まれている時に見る姿は確かに苛烈だったからキツい子ではあるのかと思って居たんだけれど。
でも、こちらを見てにっこり笑っている姿がそれとは結びつかない、……普段はおさげにしている髪を旅行中だからと解いていたのも印象が違った一因かもしれないけれど。
軽く固まってしまった僕達を見て
「え……? 嫌い? 梅とか駄目だった??」
と、慌てる彼女に
「……いや、ありがとう」
何とかお礼は言うと、ほっとしたように嬉しげに笑って
「どんなセレクトだよ?」
「梅のしば漬けとせんべいがおやつ……だと?」
そのお土産に呆然としている二人の言葉はスルーしたまま
「で? 鳴木? 何をすればいいの?」
「あぁ、さっきからコレやってたんだけど進まなくなって投げたところだったんだ、
お前が居れば解けるかもしれねぇ? って思ってさ」
二人がけのソファーに居た一条君の隣にためらいも無くふわりと座って、そのまま鳴木のさしだしたクロスワードを楽しげに覗き込んだ。
一条君は焦ったように声を上げて彼女を見つめて居たけれど、彼女はそんな事には気がつきもしないで目の前の雑誌に集中して居る。
男三人の部屋に呼ぶ鳴木も結構凄いと思うけれど、それについて来て手土産だと出してくるのがお煎餅と梅?
今頃本来の僕の部屋で行われている集まりに来ている子も、お菓子を持って来たけれどカラフルな包装に包まれた甘くて柔らかいものばかりで、女子ってそう言う物が好きなんだとばかり思ってたのに……。
そして、そのまま鳴木にも一条君にも目もくれず一心にクロスワードを解いている。
暫くその手元をみて居るとみるみる埋まる空欄、その博識ぶりを鳴木が褒めると漸く少し嬉しそうな顔をして顔を上げて、隣で自分の持ってきた梅をかじる一条君に、美味しいでしょう? なんて笑っている。
女の子の集団から逃げてきたはずの一条君は、全くの自然体の彼女の隣ではいつもよりも表情豊かに見えて、そういえば彼も同じ塾とか言って居たのを思い出した。
それにしても、噂とは全く違う藤堂さん。
……彼ら二人といて全くの自然体で接する彼女のような女の子はあまり見たことがなくて、正直変わった子だとは思う。
でも、だからこそ、鳴木が部屋に呼んで一条君が文句も言わずに受け入れているののかな? なんて思った。
スキー教室の話になって、僕では歯が立たなかった難関コースの試験をクリアしたって胸を張るのに、僕同様に目の前の一条君は驚いていたようだけれど、そのままそっちは?って聞かれて、あんな物は造作も無い、なんて答えている。
……さっき、鳴木と試験の話をしていた時は結構苦戦したなんて言ってなかったっけ?
超然としているように見える彼にもそんなところが有るのかと、初めて彼を身近に感じたところで
「立野くんは? 明日は一緖?」
明日の自由時間の話をしていたと思ったら突然僕の予定を聞いて来るのに、あんな難関コースに行く気も技術もないしと答えたらちょっと安心したような顔をして
「そっか、じゃ、巻き込まないですむか」
なん言っている。
どうやら彼女は自分が学校でどう見られているかは判っていて、極力周りを巻き込まないようにしているのだと気がついた。
そして、周りの目を心配する彼女の不安を打ち消した鳴木の言葉に、どうやら同行を決めたらしく嬉しげに
「なんだかワクワクしてきた、思いっきり滑れるっ!」
なんて言っていて、そんな彼女を見て鳴木も一条君も笑っていた。
僕はと言えば『女は面倒』と言っていた幼なじみが、面倒なことは抜きで思いっきり滑れると楽しみにしていた自由時間に、僕だから判る一生懸命な様子で自分から彼女を誘っていた事と、彼女が誘いに乗ったときのどこかほっとした嬉しげな様子に、見慣れない物を見た驚きで一杯だった。
そして、この部屋で初めて見た彼女の屈託の無い笑顔と、真っ先に僕を巻き込まないかと心配してくれた姿に、彼女のことを良く知らなかったとは言え、鳴木の言葉を信じ切れていなかったのをこっそりと反省した。
先日、本編の方にupしたのですが順番がおかしくなるため別の枠を設けました。
修学旅行1の別視点小話になります。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。