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珍妙な昼寝と写真

高校時代の話です。

 文化祭が一週間後にせまっていた。


 高校入学後、はじめて経験する文化祭で、わたしもそれなりに忙しく過ごしていた。というのも、くじ引きで文化祭実行委員とかいうものになってしまったためだ。

 なんだかよくわからないエネルギーに翻弄されているうちに、一週間前になっていたというのが実感で、思ってた以上にたいへんな役割だった。


 しかし、たいへんだと言ったって、自分の負担は生徒会の役員や執行部員の人たちとは比べ物にならない。

 文化祭実行委員は生徒会役員の指示を仰ぐことも多いのだが、わたしが下校する時間になっても、もちろんみなさん、お仕事中だ。徹夜になることもあるらしい。


 その役員の中でも、わたしは副会長を務めている先輩からいろいろなことを教えてもらう機会が多くなっている。


 現生徒会長である三年の速水先輩は非常に優秀な人だという噂だが、その分、人の意見を聞かないようなところがあるらしい。それに対する不満や、学校側の規則をうまくすり抜けて行わなければならない「汚いお仕事」は、副会長のこの先輩のところに集中するという。


 考えただけでもストレスがたまりそうなのに、この先輩は、いつも機嫌のいい顔をしていた。


 副会長は他にもう一人、この先輩と同じく二年の姫川先輩というきれいな人がいる。生徒会長の速水先輩と姫川先輩はいわゆる美男美女カップルだった。そして、速水・姫川の両先輩からも非常に信頼が厚いこの先輩が、姫川先輩に特別な感情を抱いていることは、周知の事実といっても過言ではなかった。


 特別な感情を抱いている相手から、「お仕事」の上でだけ信頼されるって、辛いんじゃないのかな、と思う。でも辛いからって止められないっていうことも良く分かる。

 自分がまさに、そういう状態だから。


 いつからなのか、わたしは気が付けばこの先輩のことを考えるようになってしまっていた。はじめての感情を持て余して、委員としていろいろ教えてもらえるだけでも幸せなんだ、と自分に言い聞かせては落ち込む日々をわたしは送っていた。


 でも、あと一週間して、文化祭が終わってしまったら。委員として指示を仰ぐ機会もなくなってしまう。たった一つの接点だったのに。


 ため息をつきながら、手元のフォーマットに立ったまま目を通し、ミスがないことを再確認してドアを開けた。

 みんな出払っているようで、ここ、生徒会予備室には、部屋の中央に白っぽい塊があるだけだった。


 白っぽい塊・・・先輩が机につっぷして寝ていた。窓から差し込む秋の夕陽が、おだやかな光をその背中に投げかけている。

 わたしは音をたてないように気をつけて、先輩にそっと近付いた。


 疲れているんだろうな。でも風邪ひかないかな。


 床に制服の上着が落ちていたので、拾い上げて静かに先輩の肩にかけた。恐る恐る顔を覗きこむと、幸せそうな顔をして眠ってる。

 なんだかじんわりと幸福な気持ちがわいてきて、少しの間、わたしは先輩の寝顔に見入っていた。


 寝顔を独占することしばし。

 先輩がみじろぎして、それまで投げ出された手の下に隠れていた何かが目に入った。

 何か・・・見過ごしてはいけない何かが。


 手を伸ばしてその何かを取り上げて見てみると、一枚、二枚、三枚・・・全部で十二枚! 特定の女子の写真ばかり!!

 姫川先輩の横顔アップ、後ろ姿の姫川先輩、頬杖をつく姫川先輩バストショット、体操着姿で微笑む姫川先輩、などなど・・・。


 思わず先輩の顔を睨みつけると、あきらかに寝顔がニヤついている。


 先輩、学校でいったい何やってんですかっ!


 そう、こういう人だ、この人はっ。もうやめよう、この人のことを思うのは、今日限りでやめてやる!


 わたしは写真を元に戻すと、先ほど肩にかけてあげた上着をひっぺがして床に叩きつけ、フォーマットの提出もあきらめて、予備室を出た。


 憤然と歩いていると、速水会長とすれ違った。もしかすると、予備室に行くのかもしれない。


 あっ、先輩! あの写真のこと、会長にバレちゃうよ!


 思わず引き返そうかと思ったが、いや今日限りで先輩のことはあきらめるんだったと思い出し、途端に足が重くなった。


 はぁ。やっぱり、あきらめるのは無理みたいだ。





「おい起きろ、この変態」

「ふぁ・・・あ、速水、会長」


 寝起きに一番ふさわしくない顔がオレの目の前に。


「さっきそこで、おまえのお気に入りの一年が凄い形相で歩いてるのとすれ違ったぞ。とうとう何かやってしまったのか」

「ひどいなぁ。目が覚めて一番に目に入ったのが悪魔の顔ってことだけでも同情してくださいよ。オレが何かするわけないでしょ?」


 あの子は何もなくてもこわい顔をしていることがあるのだ。そういう表情も悪くはないが、できればいつも、笑っていてほしい。


「ま、そうだろうな。ところで、ちゃんと手に入れたのか?」


 悪魔が手を差し出している。


「ハイハイ、姫川の盗撮写真ね。ちゃんと取り上げて来ましたよ。メモリのデータも消去したし」

「うわっこれ、おまえのヨダレじゃないのか汚いな」

「会長。いい加減、姫川の虫対策とか汚いお仕事まわさないで下さいよ。文化祭前で忙しいんだし」

「文化祭前だから変な虫が湧くんだろ。そんなこと言っておまえアレ、ばらされてもいいのか?」


 まったくあの子も、こんな男のどこがいいんだか。まあ、優秀なのは認めるが。


「ア・ク・マ・め」



 不敵な顔で去っていく悪魔を見送ると、オレは先ほどの幸福な夢の続きを見るべく机につっぷした。何だかあの子の匂いがするような気がするのは、強い思いのなせるわざだろう。



 夢の中でオレは、副会長としての苛烈極まるお仕事と過度のストレスのため、とうとう倒れて保健室で休んでいた。そこにお見舞いにやってきたのは、もちろんあの子である。


「せんぱい。ゆっくり休んでね。ほら、おふとんかけてあげる」


 そう言って、あの子はやさしくおふとんをかけてくれた。


「なんだか新婚サンみたいだね」


 オレがそう言ってあげると、あの子はなんと、頬を赤く染めておふとんをひっぺがしたのだった!


 校内でなんて大胆な・・・いや、むしろ歓迎だよ、ムラサキちゃん。




 おわり


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