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微妙な昼寝とサンドイッチ

今回のようにサブタイトルが「微妙~」の回は、ほぼ「先輩」の出番はない予定です。

先輩の話は、サブタイトルが「珍妙~」になる予定です。

よろしくお願いします。

 大学入学後、二回目の夏休みも後半戦。


 例によってバイト三昧(加えて仕上げなければならないレポートが数本)の日々だけど、今日はお休みなので、映画館で涼しく映画鑑賞中だ。

 単館上映の映画で、わたしは今日のお休みとこの映画を、けっこう前から楽しみにしていた。

 映画は一人で見ている。なぜなら、一緒に来た人は熟睡しているから。わたしの肩にもたれて、かなり窮屈な態勢で。


 熟睡してしまうほど興味がないなら、来なきゃいいのに、と思う。

 でも来る。それで恩着せがましいことは言う。そういう人だ、隣りの人は。そして相変わらず、わたしはこの人が好きである。



 映画が終わってエンドロールが流れ、周りがざわめきはじめて明るくなった。映画に閉じた世界が終って日常が戻る、この瞬間を一人楽しむ。


 隣りの人は、まだ寝てた。列のまんなかほどの席に座っていたこともあり、出口に向かうときに、わたしたちをまたいで行く人はいない。というか、他の客に避けられてる気がする・・・。

 わたしはいったんは起こそうとしたのだが、思わず前髪の間から見える整った顔立ちに見入ってしまった。なんだかこの角度から見るのは新鮮・・・って、うわ


「起きてた!」

「寝てたけど。そっちこそ、何見てんの?」


 閉じていたまぶたが持ちあがり、わたしの首にその人の腕が巻きついた。同時に、不穏な気配が無駄に無意味に全方位的に放射された、気がする。それこそ映画館を陥落する勢いで。


 などと内心で突っ込みつつ、焦ってオタオタしてしまうのも相変わらずだ。


「まあまあ、おもしろかった」

「ずっと寝てて全然見てなかったよね?」

「映画じゃないよ。おもしろくてかわいかった」


 出た、羽より軽い「かわいい」。

 その後、さきほどまでの気配をあっさりひっこめて(自由に出し入れできるらしい)、さっさと立ち上がると、先に立って歩きだした。



 外に出ると、さすがに日差しがまぶしく感じられる。それでも、映画館に入る前の、真上から太陽に溶かされるような感じはもうない。

 時間は午後四時。


 ねっとりとまとわりつくような空気の中を並んで歩いていると、小さなビニール袋を持った女の子とすれ違った。

 水の入ったビニール袋の、赤い金魚に目をうばわれる。



 手のひら二つ分ほど先にあったその人の手に自分の手をすべりこませると、ほとりとやさしく握り返してくれた。





「ええと。この状況は何で?」

 今わたしがいるのは、この人の部屋。


「元気がないから、励ましてあげようと思って」

 ローテーブルにマグカップ。背中にソファの背もたれ。ここまでは普通。


「これ、励まされてるの?」


 さっきまで、コーヒーを飲んでた。今は、

「わたし、脱がされてるよね」

「うん、脱がされてるね」


 その間もボタンを外す手が休むことはなく、ぬるい空気に肌がさらされる。


「と、いうことは」

「そういうことだけど、脱がさなくてもできるよ」

「いやあの、一般的な方でお願いします・・・じゃなくて・・・あ」


 はだけられた鎖骨の下あたりに、くちびるがあてられた。ふるえる、体が。

 それが離れるときに、ひそやかな音が聞こえて、いたたまれない気持ちになってしまう。


「脱がせてるのは誰の手?」


 どうしてそんなこと聞くの。


「・・の・・んっ」

「さっき何かんがえてた?」

「なにも・・・かんがえてなかったよ」


 くちびるを指でなぞられる。


「これ、誰の指?」

「・・・」

「何?」

「小野寺君だよ」


 ようやく正しく答えたわたしのくちびるに、熱をもったくちびるが重ねられた。




 ガシャッ


 そのとき、ひどく神経にさわる音がした。


 慌ててそちらを見やると、マグカップが床に落ちて割れていた。中に少し残っていたコーヒーが黒く滲み出してる。


 テーブルに肘でもあたったのだろう、これはただの偶然だ。



「・・・サンドイッチ、作ろうか」

「うん」



 ちょっと、ほっとする。


 こう、なんというか、もう少し主体的に行きたいというか、それでなければ、せめて無駄口たたかない方向に持っていきたいというか・・・一応恋するオトメなもので、そういうことに対して夢とか希望とか・・・うはは、はははははは、は。


 わたしは気を取り直して態勢を立て直すと、マグカップを片付けにかかった。



 バケットなんかを薄くスライスして野菜やペースト類をはさんだサンドイッチは、小野寺君の好物らしい。今日も映画が終わってから、一緒に材料を買ってきていた。


 ちなみに「らしい」というのは、好みを把握していないためで、食べ物は何でも食べるけど執着は薄いように見える。


 実は人間一般に対しても、食べ物に対するのと同じような態度が見え隠れすることがあるので、この辺はあまり深く考えない方が身のためだと本能が告げている。

 そういう一面を見るくらいなら、さっきみたいに無駄口たたかれていた方がまだマシだ・・・や、あれもやだけど。


 小野寺君の様子を見に行くと、トマトをきれいに薄くスライスしていた。

 小さなキッチンのスペースは、あまり使われている様子もないのに、こういうことも器用にできてしまうところがちょっと腹立つ。


 サンドイッチは、なかなかおいしそうにできあがった。

 急におなかが減った気がして、わたしはばくばく食べてしまった。ひとの分まで食べたかもしれない。非常に満足だ。



 送ってくれるというのを辞退して、一人で帰ることにした。

 なんとなく、一人で歩きたかった。


 帰り際、さよならのかわりに言う。


「小野寺君。大好きだよ」


 頭をわしっとつかまれた。



 それから、一人で無事に平和に自分のアパートに帰って来たのだった。




 そういうわけで、二人の間に特に進展はありませんが、おおむね仲良くしています。




 おわり


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