[6th night]
シーツではない温もりに包まれていると気付いたとき、わたしの頭はまだ覚醒していなかった。鳥の囀りが聞こえてやっと、腰辺りに緩い圧迫を覚え、髪に触れる寝息を感じることになる。それでも瞼を開けるのは、とても根気のいる作業だった。
優しかったと、穏やかだと感じるのはどうしてだろう。
入り込んできた痛みは、カルスの時の比ではなかった。身体を真っ二つに裂かれるような痛み。なのにわたしは、彼を怖いとは感じていない。奥まで抉られ擦られて、意識を失うまで求められたことにも、なんら抵抗を覚えていない。
そして思い出す。それはわたしに、役割が与えられているからなのだと。
彼が言った、<貞淑で従順な妻>の役を演じてさえいれば、<彼の血を引く男児を孕む腹>の役割さえ果たせれば、わたしは安穏と暮らしていけるという、一種の確約めいたものをしっかりともらっているからだと。
この夫は愛は要らないと言った。与える必要の無いものをわざわざ差し出すこともないだろう。わたしが差し出せばいいのはこの身体のみ。なんて分かりやすい取引なのだろう。
そう思って少し、胸が疼いた。何の疼きなのかは、わたしには分からない。
とその内、頭の上から寝起きのかすれた声が聞こえた。
「起きたのか」
薄暗がりで聞いた、あの熱っぽい声ではなかった。どこまでも低く響く、冷淡な声。わたしは彼の顔を見れずに、少し俯いた。
「おはようございます」
「…身体は?」
「はい?」
「身体は大丈夫なのか?」
「…少し………」
「はっきり言え」
「………少し、怠いです」
彼が頭上で吐いた盛大な溜息は、寝乱れたわたしの髪をはらはらと揺らした。思わず「申し訳ありません」と呟くと、彼はまた盛大に溜息を吐いた。
「しばらく休んでいるといい。ランチの時間には起こす」
「いえ、でも…」
「私は従順な妻が欲しいと言わなかったか?」
「はい…」
「私は出る。あとは侍女に言い付ければいい」
「はい」
「寝ていろ。健康体でなくては孕むものも孕めん」
そう言って彼は寝室を出ていった。貴族らしく細身なのに、広い背中。ガウンを引っ掛けただけのくだけた格好でも、十分に気品を感じさせる容姿。
わたしが隣に並んで、いいのだろうか。
思い始めれば止まらなかった。
冷たくて熱い彼を、わたしは愛してしまわないだろうか。
愛を感じてしまった時、彼はわたしを要らないと思うのではないだろうか。
気付かぬうち、涙が溢れていた。彼の温もりが未だ残るシーツに、涙が吸い込まれていく。
もう、なぜ涙が出るのかさえ分からなかった。それでも頬には幾筋もの跡がついた。
そしてわたしは、深い眠りにつく。
消えそうな温みを手放すことのないように、しっかりとシーツを抱き締めて。