[20th night]
「申し訳ありませんが公爵、まだエリゼと僕の話は終わってないんですよ」
カルスは、わたしの肩に手を回しながら言った。
彼が一歩ずつ近付いてくるのを牽制するかのように、その口調には刺があった。
「終わるも何もないだろう、カルス。
話が終わるということは、妻が君の私室に連れ込まれるということじゃないのか?」
彼の影が、徐々に大きくなる。
「僕はそんな不埒な真似は致しません、あなたと違って」
「ほう。
そういえば以前、スレイグ侯爵夫人に泣き付かれたよ。私が君の婚約者を盗るから、君が意気消沈して自分に誘いを寄越さなくなったと。………さて、君も私に言えた義理じゃなくなったようだが」
カルスの指が肩に食い込んで、痛みが走った。
ぎりっと音が聞こえるような歯軋りをしたカルスの視界に、思わず歪んだわたしの表情は入っていないようだった。
「……ローデンバーク公爵」
「なんだ?」
「エリゼは初めてを捧げた僕がいいそうです。
奥方のアバンチュールを見逃すのも男の甲斐性では?」
わたしの否定の言葉は、やはり痛みによって遮られた。
カルスは最早わたしを見ていない。
見ているのは、ただ厳かに佇むアメジスト。
「初めて……か。
カルス、お前はいつから指だけで純潔を奪えるようになった?」
「………」
「妻は私の方がいいらしい。
現に、さっきから恐怖に顔を歪めて私に助けを求めている」
カルスが見開いたエメラルドをこちらに寄越した。
わたしは痛い、と言って肩からカルスの手を無理矢理剥がすと、もう数歩先まで迫っていた彼の懐に飛び込んだ。
「君は以前婚約者をバカな女だと愚弄していたが……バカを見たのは自分だろう。
エリゼは聡い。
プラチナを妻にするステイタスしか考えていない男と、自分を愛している男との違いはよく分かっている」
既に彼の腕の中に収まっていたわたしは瞠目した。
けれど彼はそれ以上何も言わず、わたしを抱き寄せたままデオナール邸を後にした。