[prologue]
「ロベルカ家にとっても、これは断れない縁談だと思うのですが」
言った男の眼は、獲物を狙う肉食獣そのもの。端正な顔立ちの中核というべき切れ長のアメジストは、朗らかな口調とは違って全く表情を映していなかった。
一方、男の向かいに座る父の顔は蒼白だった。真珠にも劣らない白さ。その白の元凶が娘への思いがけない求婚なのか、目の前に提示された莫大な額の金なのかは少なくともわたしには分からなかった。
「いえ、しかし、娘には婚約者がおりまして……」
今にも汗が滲みそうな額を拭い、父はどこか言い訳めいた確認をとった。
男はふっと笑い、そしてゆったりと、長い足を組み替えた。
「存じております。デオナール卿の嫡男、カルス・デオナール子爵ですね? しかし、彼の君とのご婚約は口約束のみと伺っているのですが」
逃げられない。
そう思った。
「で、では………」
「娘さんを頂く代わり、ローデンバーク公爵家はロベルカ伯爵家への永劫の援助をお約束致しましょう。また、必要とあらば、此度せっかくのご婚約者を失くされてしまったデオナール伯爵家への融通も出来る限り考えさせて頂く」
そして男は、不敵に微笑んだ。
「そうすれば、ロベルカ卿とデオナール卿の不和もこれ以上広がることはないでしょう」
父の顔がまさか、あれ以上白さを増すとは誰も思っていなかっただろう。男はそんな父を見て、勝利を確信したようにベルベットのソファに深く沈み込んだ。
全てを知られ、囲まれているわたし達に、最早逃げ場はどこにもなかった。