[16th night]
見知った執事に出迎えられた。
わたしが覚えているのより少し年老いた彼は、きりりとした表情を少しだけ緩めて、よく知った人間にしか分からない親しげな笑みを浮かべた。
けれど声音は今までと違ってひどく丁重で、「ようこそおいでくださいました、ローデンバーク公爵夫人」と夫の次に頭を下げられた自分が、昔の自分とは違う、どこか遠い世界の住人のように感じられた。
昔はよく、カルスと家の行き来をしていたものだった。
デオナール邸の古参の使用人達とはほとんど顔見知りで、主人と爵位の変わらないロベルカの息女を、皆自分の邸宅の子供同然に扱ってくれた。
いずれはここの人間達が、本当に自分の使用人になると信じて疑わなかった。
それはカルスへの憧れの延長線上にあった、確信めいたもの。
隣にすらりと立つ、今は一番に愛しい人をそっと見た。
彼があの時、わたしの元に現われなければ、わたしは愛に絶望したままカルスに抱かれていたのだろうか。
恐怖に駆られたまま、ただあの痛みに身を沈めていたのだろうか。
分からない。
わたしが識っているのはこの人だけだから。
冷酷で優しい、この人の熱だけだから。
「どうした?」
見つめすぎたのか。
覗き込むのは綺麗なアメジスト。
わたしはふるふると首を横に振った。
「具合が悪いなら、帰ってもいい」
「それはあなたにご迷惑が……」
「気にすることはないが、まあいい。挨拶に回る」
彼の表情が一瞬、歪んだように見えたのは気のせいだろうか。
「ウィリアム?」
背を向けた彼を思わず呼んでみせると、彼は少し驚いたようにわたしを見つめた。
「本当に大丈夫か?」
「え、ええ」
「このまま帰っても、構わないんだ」
緩く上げた髪にそっと触れながら、彼はなぜか苦しげにそれを繰り返す。
「妻としての役目は、果たします」
「……そうか」
アメジストの内の光が、揺らいだ気がした。