[10th night]
すっぽりと闇に包まれた空間で、わたしはけれど眠ってはいない。
涙は枯れることを知らず、泣き疲れてもなお止まることはなかった。
今では涙こそ止まったものの、眼は腫れてかすれた痛みを伴い、幾度も嗚咽を噛み殺した喉はからからに渇いていた。
こんな状態で、眠れるはずもない。
そんな、時だった。
ぱたりと物音がした。
そして忍ぶような、何かに遠慮するような足音が聞こえた。
今いる部屋は夫婦の寝室ではなく、わたしの私室。彼が帰ってくるはずの部屋ではない。
キングサイズのダブルベッドで眠るのは、余りにも寂しかったから。
――誰?
心の奥でなぜか何かを期待しながら、わたしはゆっくりと上半身を起こした。
すると物音の元凶と思われる影が、重低音を発した。
「起こしたか?」
もはや聞き間違えることもない声。
知らず張り詰めていた身体の緊張を解いて、わたしは首を振った。
「眠れなかっただけです」
「……そうか」
会話はそこで途切れる。彼はわたしのベッドまであと数歩のところで立ち止まっていた。
「どう、なさったんですか」
「………」
「今日はもう、お帰りにならないかと思いました」
「悪友たちに追い出された。新婚がこんなところにいるんじゃない、と」
「それは……申し訳ありません」
「だから、どうして謝る?」
彼の声は、闇の中で鋭さを増す。
「だって……
あなたは本当はお帰りになりたくなかったのでしょう? 思い通りにならない妻のせいで、せっかくの逃げ場での居心地が悪くなるのは、申し訳ないと……」
「別に君が気に病むことでもない。疲れてきたから帰ってきた……それだけだ」
暗闇に淡く光る、アメジストと目が合った。
その紫はどこか寂しげな陰りを帯びて、青さを際立たせていた。