名門にも稀にある
婚約破棄、婚約解消、婚約白紙。
付けられた傷の大小こそあるが、令嬢にとっては不名誉とされる。
お互いの相性問題もあろう、そう頻繁でないにせよ下級貴族では、
ご縁がなかったようで、とのやり取りも珍しいものではない。
居丈高に振る舞い、さも相手に一方的に非があるような物言い、
こういった無礼は普通、立場の強い側から弱い側へやるものだろう。
今回はどちらも違う。下級貴族同士でも立場の強き貴族でもない。
王国四大名家のひとつ、ランツァドゥラ宗家の公爵家令嬢フロルが、
公爵家と縁を持ちたい伯爵家から婚約破棄を言い渡されたのである。
◆
伯爵家嫡男がまだ未成年にもかかわらず不貞をやらかした。
王立中央学院在学中だというのに、庶子の男爵令嬢を身籠らせた。
なおやらかしたのは寮内である。授業を欠席して励んでいた。
嬌声をあげさせて。嫡男よ、せめて時と場所を選べ。
伯爵家に呼びつけ、恥ずかしげもなくフロルに言い放った嫡男。
君に女性らしい魅力がないからだ、と。幼子相手に何を言うか。
横にいた男爵令嬢は上級貴族の家族など顔も名前も知らない。
ゆえにフロルの一族の王国内での地位と恐ろしさを知らない。
彼女の母親は現役娼婦である。娘を高値で男爵家に売りつけた。
売りつけられる当人も、贅沢な暮らしが出来るのねと満足げだ。
嫡男へしなだれかかり、フロルを小馬鹿にしたまなざしで見る。
母親の教育は骨の髄、魂の奥底にまで行き渡っているようだ。
成程未成年にしては大人びた容姿をしている。でも賢くはない。
本人は便利な寄生先程度の感覚だろう、世間は許さないのだが。
控えていた使用人達は事の重大さに慌てて当主の伯爵を呼ぶ。
急ぎ飛び込んできた伯爵は嫡男の顔面へ怒りの拳を繰り出すが、
既にフロルは直前に「承りました」と告げて帰路についていた。
元々この婚約は、碌に後ろ盾のない伯爵家から願って成立したもの。
公爵家の厚意に泥どころか汚物でも塗りたくるような行為である。
貴族の務めと割り切っていたフロルは包み隠さず祖父へ顛末を報告。
王立中央学院へ来年入学のフロルは八歳。婚約者よりよほど知的だ。
愛らしい末の孫娘として家族親族使用人の皆からも溺愛されている。
上級貴族の家系は大抵そうなのだが、フロルも掛け値なしの美少女。
現役の軍務大臣、ランツァドゥラ公爵の怒りたるや、それはもう。
伯爵は一刻も早く詫びを入れるべく公爵家の屋敷に馬車を飛ばして、
縛り上げた青ざめる嫡男と男爵令嬢を公爵の元へ突き出してきた。
息子は廃嫡、この二人はいかようにも処分してくださいまし、と。
代わりに次男を婚約者にいかがでしょうか、と余計な一言と共に。
この期に及んでまだ、自分達は縁が結べると夢想している。
ランツァドゥラ家は代々武闘派で知られる、四大名家筆頭である。
随分前に騎士団長を退いたが、現在でも王国最強戦力の一角である。
ずうずうしい伯爵に屋内で特級魔術をぶちかまそうとする公爵を、
逆に冷静になれた妻達息子達が必死になって押しとどめる事態に。
処分は屋敷の外でお願いいたしますと。結局家族も殲滅思考だが。
◆
結局嫡男は除籍の上子供を作れなくした後で生涯領地で幽閉に。
男爵令嬢は出産後同様に子供を作れなくし、娼館へ売却された。
売却先は実の母親のいる場所で、久々の母娘水入らずである。
呼吸する下半身達を放置して、子孫を残されてはたまらない。
生まれた赤子は哀れだが無関係の貴族へ養子に出される。
無論二人とも、王立中央学院も不名誉中途退学である。
伯爵家と男爵家は膨大な額の賠償金を支払う羽目になり、
それに加えて貴族年金を二十年間に渡り公爵家へ譲渡する事に。
現伯爵と男爵が引退する頃には爵位も王国返上になるだろう。
一連の騒動の間も、当のフロルは別に普段の通りであった。
何せこの縁談、数多く届いていた釣書を床へとばらまいて、
たまたま最初に手に取ったのが件の伯爵家嫡男というだけ。
祖父母も両親も親戚達も政略結婚でありながら仲睦まじいのだが、
皆一夫多妻であるのだ。義理の祖母は三人、義理の母も二人いる。
上級貴族の婚姻はそんなものなのだと悟っている彼女にとっては、
こうした婚約破棄も気分を害するにも値しなかったのである。
面倒なしがらみから自由になれた、と晴れやかですらあった。
祖父母や両親達は当分、フロルへの婚約打診など受けぬと決める。
彼女の意思に任せる事にしたのだ。無理強いは絶対にしないと。
フロル自身はそれを有難く受け取り、恋愛事など気にせずに、
学院卒業後は以前からの希望通り生涯騎士を目指すつもりである。
王国上級貴族の結婚観はかなり振り切れています。
配偶者複数の為か、愛情はともかく信頼があればよし、という感覚。
あ、嫡男と男爵令嬢を処分したのは公爵家を恐れた各々の実家です。
公爵家に処分の権利はありませんし、手も下していません。




