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第九章 友の消失

 夜が深まるほどに、町全体が静まり返っていく。風の音だけが、ひっそりと古びた下宿の窓を叩くように響いた。悠真は机に広げた古文書を前に、手がかりを整理していた。廃神社で見つけた封印の破れ、過去に消えた子どもたちの記録、そして「10年ごとに子を贄に捧げねば災いが起こる」という恐ろしい言い伝え。どれもが現実味を帯びて、胸の奥でじわりと重くのしかかる。


 「……これって、俺がやらなきゃいけないのか……?」


 ひとりごとを漏らす声は、暗い部屋の中で異様に響いた。


 そのとき、スマートフォンの通知音が鳴った。悠真は手を止め、画面を覗き込む。友人の悠斗からのLINEだ。


 『今、廃神社にいる。見てくれ。』


 悠真は胸を押さえた。友人は、昨夜神社の奥にあった祠を一緒に調べた相棒であり、信頼できる唯一の協力者だった。悠真は迷わず鍵を手に取り、自転車で神社へ向かう。町の外れまでの道は、街灯がまばらで足元を照らす光も弱々しい。夏の夜風はひんやりと肌を撫で、遠くから聞こえる鈴の音が耳をざわつかせる。

神社に到着すると、悠斗の姿は見えなかった。ただ、祠の前に置かれた古い蝋燭が微かに揺れ、暗闇に怪しい影を落としていた。悠真は息を整え、ゆっくりと近づく。蝋燭の光に照らされた地面には、踏み荒らされた形跡と、小さな足跡が不自然に途切れている。


 「悠斗……?」


 声を張るが、返事はない。代わりに、風がささやくような音が耳元をかすめる。まるで誰かが囁いたかのように、「次はお前だ」と。


 悠真は背筋に冷たいものを感じ、恐怖で足がすくんだ。しかし、友人を放っておけない。祠の奥に向かって一歩踏み出すと、空気が急に重く、湿った土の匂いが鼻を突いた。暗闇の中で、かすかな光が揺れる。悠斗のスマホの光だろうか。手を伸ばすが、触れた瞬間、光は消え、冷たい風が悠真の体を突き抜けた。


 「……嘘だろ……」


 心臓が激しく打つ。悠真は祠の前にひざまずき、落ちていた蝋燭の周りを注意深く調べた。すると、小さな文字で走り書きのような落書きがあるのを見つけた。


 『選ばれし者は、自らを差し出さなければ、連れて行かれる』


 悠斗の姿がふっと視界の隅に映る。だがよく見ると、それは影のように黒く、無表情な人影で、まるで生気のない人間のようだ。悠真は咄嗟に駆け寄ろうとするが、影は音もなく消えた。振り返ると、悠斗の姿は完全に消えていた。


 「悠斗! どこだ!」


 叫ぶ声は、空虚な森の闇に吸い込まれていく。悠真の手は震え、心臓の鼓動が耳に響く。冷や汗が額を伝い、息が荒くなる。頭の中で10年前の記憶がざわめく。あの年、神社の祭りで消えた子どもたちのことを思い出す。その子たちは、祭りの夜に消え、二度と戻らなかった。


 「……俺も……、あのときの……?」


 悠真は息を呑み、膝をついたまま地面に視線を落とす。そこには、かすかに踏みしめられた跡が、祠の奥へ続いていた。無意識のうちに、悠真はその足跡を辿り始める。足元の土は湿っており、踏み跡は確かに存在している。


 奥に進むほど、周囲の闇は濃く、空気は冷たくなっていく。風に混じり、遠くから子どもの笑い声やすすり泣きのような音が断続的に聞こえる。悠真の脳裏に浮かぶのは、10年前の白い影、窓に張り付いた無表情の顔、そして逃げ惑う子どもたちの姿だった。


 祠のさらに奥にある小さな祠の穴――そこから、淡い光が漏れていた。悠真は足を止める。光の中に、悠斗の顔が一瞬映る。しかし、目は虚ろで、生気のないまま、ゆっくりと消えていった。


 「いや……いやだ……」


 声にならない叫びをあげ、悠真は後ずさる。しかし、背後の闇から再び囁きが聞こえた。


 「次は、お前だ……」


 悠真は全身が凍りつき、光も風も、すべてが時間の止まったように感じられた。祠の奥に残る蝋燭の影は、不気味に揺れながら、まるで生き物のように彼を見つめている。


 恐怖と絶望が同時に襲い、悠真はその場に膝をついたまま震える。悠斗は消え、助けられないことを悟った瞬間、彼の脳裏には「10年ごと」という言葉がリフレインのように響き渡る。あの日、あの町で何かが始まり、そして10年ごとに繰り返される。


 「……俺も、次なのか……?」


 耳元で囁きが反響し、影は再び姿を消す。悠真の視線の先には、まだ小さく揺れる蝋燭の炎だけが残った。光は不安定に揺れ、まるで次の犠牲者を見定めるかのように、冷たく揺れている。


 その夜、悠斗の失踪は町中の人々の目に触れることはなかった。悠真はひとり、暗い神社の祠の前で、息を整えようと必死になりながらも、胸の奥で知っていた――「次は自分だ」という現実を。


 町を包む闇は深く、蝋燭の小さな炎も、悠真の恐怖をかき消すことはできなかった。


 その夜、彼は初めて、「10年前と同じ夜が、再び始まったのだ」と悟るのだった。

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