第八章 呪いの正体
夕暮れ時、町の外れにひっそりと佇む廃神社に、悠真は足を踏み入れた。苔むした鳥居の下をくぐると、長い間放置されていた参道が、湿った風に揺れる木の葉の音と共に彼の足音を吸い込む。友人の怯えた声が耳に残っている。あの夜、友人の様子が急変したのも、まさにこの場所のせいだったのだろうか。
境内は薄暗く、かすかな蝋燭の残り火が古い石灯籠に反射して、かすかな影を落としていた。悠真は懐中電灯を取り出し、慎重に祠の前に近づく。そこには、かつて見たことのない古い封印が施された木の扉があった。扉の表面には、黒ずんだ墨で意味不明な文字と、奇怪な文様がびっしりと描かれている。指先で触れると、冷たい空気が指先から全身へと走った。
「…これが、10年前から続くものの正体か」
悠真は息を呑む。封印の周囲に散らばる古文書の破片には、奇妙な言葉が書き残されていた。「十年ごとに子を贄にせよ、さすれば災いを封ずる」と。読み進めるほど、言葉の重みが胸にずしりと響く。どうやら、この町には、古くから子供を差し出すことで災厄を封じるという恐ろしい慣習があったらしい。
悠真の頭の中で、10年前の記憶が断片的に蘇る。小学4年生の夏休み、友達と一緒に神社の境内で遊んだあの日。祭りの喧騒の中、知らず知らず自分は「選ばれるはずの者」として、儀式の目撃者になっていたのだ。母親に隠され、無自覚のまま過ごした10年間。しかし、封印が破られた今、その代償が再び自分に迫ろうとしている。
祠の奥には、小さな祭壇があり、上には埃を被った木像と小瓶が置かれている。瓶の中には、黒ずんだ水と不明な粉末が混ざっており、かすかに異臭を放っていた。悠真はそれに手を伸ばすと、突然、背後から冷たい風が吹き、囁くような声が耳元で響く。
「…また、十年…」
心臓が跳ねる。振り向いても、そこには誰もいない。風に混ざった囁きか、それとも…幽霊か。悠真は震える手で古文書を広げ、さらに文字を追った。そこには、過去の祭りで犠牲になった子供たちの名と年齢が記されており、奇妙な符号で囲まれている。読み解くうち、すべての被害者に共通するのは、「神社の祭りに参加していたこと」「同じ年に失踪したこと」だった。
「…つまり、俺も…あの年、差し出されるはずだった…」
悠真の喉が締め付けられる。10年前、母親が必死に自分を守り、別の子が犠牲になったこと。その「不正」が、この10年後の怪異を引き寄せたのだ。友人の失踪、町で起きる怪現象、封印の破れ…すべてはつながっていた。
心臓の鼓動が早まり、手に汗を握る。だが、その瞬間、祠の奥で微かな光が揺れた。黒ずんだ木像の目が、わずかに光っている。悠真は息を殺し、目を凝らすと、像の下から小さな封印の札が浮き上がるようにして現れた。古文書によれば、封印をやり直すことで、再び災いを封じることができる。しかし、封印の再現には、必ず「犠牲」が必要と記されている。自分か、友人か、あるいは誰か他の存在か。
悠真は札を手に取り、祈るように手順を確認する。手が震え、汗が指先から滴る。外の風がさらに強くなり、木々がざわめく。その音はまるで、封印の中に眠る存在が、悠真の決断を待っているかのようだった。
「…もう、逃げられない」
悠真は心の中で呟く。10年前の因縁を清算しなければ、この町の怪異は永遠に終わらない。だが、犠牲を払う覚悟を決めた瞬間、再び囁き声が響いた。今度は、明確に自分の名を呼ぶ声。
「悠真…」
目の前の光が強くなり、胸に圧迫感が走る。全身が震え、時間の感覚が歪む。目を閉じると、10年前のあの日、神社の祭りの喧騒、差し出されるはずだった自分の記憶が、フラッシュのように蘇る。恐怖と絶望、そして僅かな希望が混ざり合い、悠真は決断の時を迎えた。
その瞬間、外から闇の風が祠を包み込み、木像の目は闇の中で光を失った。悠真は、もう後戻りはできないことを知る。10年ごとに繰り返される呪いの正体を、この手で封じる覚悟を決めたのだ。