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第三章 図書館の記録

 翌朝、蝉の声がまだ眠気をかき消すより先に、目を覚ました。


 昨夜もまた夢を見た。「また十年」と囁かれる、あの低い声。母は取り合わず、達也は「見た」と証言した。ならば、自分の中の疑念を確かめるしかない。

 俺は朝食も早々に済ませ、町の図書館へと足を向けた。


 図書館は小さな三階建ての建物で、入口の自動ドアをくぐった途端、冷房の涼しさと紙の匂いに包まれた。十年ぶりに来るが、独特の静けさは変わっていない。受付の女性に「十年前の地元新聞を閲覧したい」と告げると、案内されたのは地下の資料室だった。


 鉄製の書架が並び、色あせた背表紙が整然と並んでいる。閲覧机に腰を下ろし、マイクロフィルムを機械にセットした。白黒の文字がスクリーンに映し出される。


 最初は地元の祭りの記事、町長選挙、商店街の閉店情報など、ありふれた地域ニュースが続いた。だが八月に差しかかったあたりから、妙に事故や事件の記事が増える。


――小学生、川で溺死。

――交通事故で一家四人が重軽傷。

――町外れの山中で女性の遺体見つかる。


 偶然かもしれない。そう思いながらページをめくる指が止まった。


――「行方不明の児童、依然発見されず」


 日付は八月十五日。俺が「影」を見た夜とほとんど同じ頃だ。記事には、小学四年生の男児が夏祭りのあと行方不明になったと書かれていた。家族は必死に探したが手がかりはなく、警察の捜索も空振りに終わったと。


 背筋に冷たいものが走る。十年前、確かに同学年の子の姿を、その後まったく見かけなくなったことを思い出した。だが俺の記憶の中では、いつのまにか「転校した」と片づけられていた。


 さらに資料を漁っていくと、別の記事が目に入った。


――「十年周期で人影? 古老の語る“不吉な噂”」

 記事は短いコラムで、匿名の郷土史研究者が語ったものだ。曰く、この町では昔から「十年ごとに必ず人が消える」という噂があった。江戸時代の古文書にも記録があり、昭和の時代にも実際に子どもが数人行方不明になっているという。


 十年ごとに――。


 思わず手が震えた。昨夜の夢の声と、記事の言葉が重なる。


 また十年。つまり俺が今、この町に戻ったのは、まさにその周期の節目だった。


 ふいに誰かに見られている気配がして、慌てて振り返った。だが資料室には誰もいない。古い蛍光灯が唸るように点滅し、書架の影が伸びているだけだ。


 深呼吸をし、再びスクリーンに目を戻す。だが集中できない。活字が滲み、心臓の鼓動ばかりが耳の奥で響いていた。


 これ以上、一人で読み進めるのは危険だ――直感がそう告げていた。


 俺は急いでフィルムを戻し、資料室を後にした。


 地上に出ると、強烈な夏の日差しが待ち構えていた。目を細めながら図書館を振り返る。あの地下の静けさの奥に、もっと深い闇が眠っている気がしてならなかった。


 帰宅すると、母は買い物に出かけていて家は静かだった。冷蔵庫の麦茶を一口飲みながら、机の上にメモを広げる。


「十年前の八月、行方不明。十年ごとに消える。俺は影を見た……」


 文字を書き並べると、点と点が線で結ばれていくけれど浮かび上がったのは、決して解き明かされた真実ではなく、さらに深い底なしの暗闇だった。


 もし本当に十年ごとに“何か”が人を連れ去っているのだとしたら――次は、誰の番なのか。


 窓の外から、風鈴が鳴る。澄んだ音色なのに、不気味に聞こえた。


 俺はペンを置き、心の底から実感した。


 これは、もう逃げられない。

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