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第十一章 最後の夜

 夜が深まるにつれ、町は不穏な沈黙に包まれていた。家々の明かりはちらほらと残っていたが、どこか陰影が濃く、不自然な闇が路地を這うように広がっていた。悠真は息を殺しながら、自分がかつて何度も足を運んだ神社の参道を歩いていた。背筋に冷たい風が這い上がる。足元には木の葉や枯れ枝が散乱しているが、それ以上に、どこかから聞こえてくる微かな囁きが、悠真の神経を研ぎ澄ませていた。「また十年……」「次はお前だ……」夢で何度も聞いた声が、現実の闇に溶け込む。


 神社に着くと、普段は静まり返っている境内が異様な光景に変わっていた。古びた鳥居は朽ち、苔むした石段の間から影がうごめく。樹木の間に、見慣れたはずの祠が、どこか禍々しい輝きを放っていた。悠真の胸は激しく高鳴った。友人の失踪、母の告白、10年前の犠牲——すべてが重く、そして冷たく彼を押し潰す。


 「ここで……終わらせるしかない……」独り言のように呟き、悠真は祠の前に立つ。そこには、かつて祭りで使われた古い祭壇があり、土や枯れ草で覆われた台座があった。手に握る古文書には、子どもを贄として差し出さねば町に災いが起こるという記述が、筆跡のかすれた文字でびっしりと並んでいる。悠真はページをめくり、目に飛び込む恐ろしい一文に息を詰めた。


 「未完の贄は必ず呼び戻される——十年後、再び魂は現世を求める」


 その時、背後の闇が波打った。風かと思ったが、いや、違う。闇そのものが形を変え、淡い白の影がゆらゆらと漂っている。あの10年前に見た、あの不可解な白い影だ。顔は人間のようでいて、どこか空虚で無表情。手を伸ばすと、空気を切る音もなく近づいてくる。悠真は一歩、また一歩と後ずさる。友人はすでに失踪し、助けを求める者はいない。町は静まり返り、怪異は悠真を囲むように迫ってくる。


 「——選ばれたのは俺だ」悠真は深く息をつき、決意を固めた。母の言葉を思い出す。「あなたが……10年前に、選ばれた子なのよ……」。母は自分を守るために犠牲を他の子に転嫁した。その“不正”が、今、ここに禍を呼び戻している。悠真は目を閉じ、頭の中で一つの計画を描いた。もし自分がここで何もしなければ、町も、友人も、そして次の世代も、同じ運命に巻き込まれる——。しかし、もし自分が犠牲になることで、封印をやり直せるかもしれない。


 手元の祭壇に立ち、古文書の手順通りに祈祷文を唱える。言葉はぎこちなく、声が震える。しかし、声を出すたびに、祠の奥で冷たい気配が揺れる。影たちがさらに濃く、悠真の周囲を囲むように広がる。目を開けると、見たこともない形状の黒い塊が宙に浮かび、瞬間ごとに人の形を模しては崩れる。空気が重く、息をするのも困難になる。


 「これで……終わるんだ……」悠真は恐怖に押し潰されそうになりながらも、手を差し出し、祭壇の中央に向かって静かに膝をついた。影たちが彼を取り囲み、囁き声が耳元で交錯する。「お前……贄……」「逃げられない……」「また十年……」その中で、悠真は一つの確信を得た——自分が完全に怪異に飲み込まれれば、10年前の“未完の犠牲”は清算され、町は一時の平穏を取り戻す。


 目を閉じ、全身で意識を手放そうとしたその瞬間、祭壇の中央に淡い光が差し込む。白い影の中から、友人の顔が浮かぶ——微笑むように、そして感謝のように。悠真は涙を流し、手を伸ばす。しかし、光の向こうでは、影がゆらりと揺れ、まだ町に潜む不穏さを示すかのように囁きが続く。「また十年……」


 祭壇の光は次第に収まり、影たちは霧のように消えていく。町の空気は戻り、深い夜の静寂が広がった。悠真は地面にうつ伏せになり、息を切らせながらも、確かに封印は行われたと感じた。しかし、ふと視線を上げると、遠くの森の暗がりに、微かに白い人影が揺れる。十年前と同じ、あの無表情の影だ。悠真は思わず身震いする。


 「本当に……終わったのか?」声に出すこともできず、ただ静かに夜空を見上げる。星々は変わらず輝いているが、どこか冷たく、遠い視線を感じさせる。その瞬間、悠真は悟った——町も、町の人々も、自分自身も、完全には救われていない。怪異は封印されたが、囁きは残り、次の十年を待つ。


 悠真は立ち上がり、重い足取りで神社を後にした。背後では、祠が静かに暗闇に沈み、風に吹かれて木々のざわめきが低く鳴る。心臓はまだ早鐘のように打ち、胸に残る不安は消えない。しかし、それでも悠真は歩き出す。町の夜道を、過去の影を背負いながら、次の朝に向かって——。


 そしてどこか遠くで、微かに囁きが聞こえた。


 「また十年……」


 不透明な終わり。救われたのか、それとも単に時間を稼いだだけなのか。答えは誰にも分からない。ただ、悠真は、夜を抜けて歩き続けるしかなかった。

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