第十章 母の告白
夕暮れの町は、夏の熱気がまだ残るなか、どこか不穏な静けさを帯びていた。悠真は足早に自宅の玄関をくぐると、いつもと変わらない母の顔を見た。しかしその瞳の奥に、かすかな疲労と恐怖が隠れているのを、彼は直感で感じ取った。
「母さん…話があるんだろ?」
悠真はためらいながら問いかける。母はしばらく黙ったまま、重く息をついた。やがて震える声で口を開いた。
「悠真、あの…ずっと黙っていてごめんなさいね。」
その言葉だけで、悠真の胸の奥に不安が渦巻く。10年前の記憶、消えた友達、そして今夜また現れた影。全てが、母のこの告白に繋がっていることは直感できた。
「10年前…あの時、あなたに…何が起こったか知ってる?」
悠真は言葉を詰まらせる。母は深く息を吸い込み、かすれた声で続けた。
「あなたが…あの子たちの中で“選ばれる子”だったの。祭りの夜、あの神社で、村の古い言い伝えに従うと…災いは避けられるとされていた。でも、私、どうしてもあなたを差し出すことはできなかった。」
悠真の胸は締めつけられるように痛む。言葉がない。母は続ける。
「だから、代わりに…別の子が犠牲になったの。あの年に消えた子は、あなたの運命の代わりだったの。私は…必死に隠した。町の誰にも、あなたにも知らせなかった。」
その告白を聞いた瞬間、悠真は言葉を失った。怒りでも、悲しみでもない――それはただ、全てを知ってしまった絶望感だった。10年間抱えてきた謎が、母の一言で真実となり、現実の重さとして胸にのしかかる。
「でも…それがどうして、今また現れるんだ?」
悠真は震える声で問いかける。母は視線を落とし、手を握りしめたまま答える。
「10年ごとに…“未完の儀式”は取り返しを求めて、何かを呼び寄せるの。あなたが生き延びたために、あの怪異はずっと封印されず、次の十年に呼び寄せられたのよ。」
悠真は頭を抱えた。10年前に選ばれるはずだったのは自分。母の自己犠牲によって、他の子が代わりに贄となった。そして今、その帳尻を合わせるために、怪異が再び自分に迫っている。
「つまり…俺は…10年前の“贄”の代わりを、今求められてるのか?」
母は静かに頷いた。
「そう…悠真、あなたしかできないの。今度は、あなたが決めなければならない。自分を差し出すか、誰かを犠牲にするか、それとも…逃げるか。どの選択も、完全な救いにはならないかもしれない。」
悠真の心は揺れた。怒り、憎しみ、恐怖、そして責任。母が命を懸けて守ってくれた十年間。だがそのせいで、今度は自分が全てを背負うことになったのだ。
「母さん…でも、どうすれば…」
言葉は続かず、悠真は目の前の母の顔を見つめた。涙で視界がぼやける。母もまた、悲しみと後悔に満ちた瞳で息子を見つめ返している。二人の間に、言葉にならない理解と絶望が流れた。
「悠真…もう時間はあまりないわ。」
母の声が、遠くから風に乗って届くようだった。その瞬間、窓の外にふとした気配を感じる。あの、10年前の白い影。立ち尽くす顔。悠真は心の奥で知る――夜が来れば、怪異は逃げることを許さないと。
「俺…やらなきゃいけないのか…?」
悠真の声は震えていたが、覚悟を決めるしかないと心に刻む。母は静かに頷き、手を握り直す。
「悠真…あなたなら、きっと…」
母の言葉は途切れ、窓の外の影がすっと揺れた。悠真は立ち上がり、決意を胸に夜の町へ踏み出す。逃げられない運命を、受け入れるしかないのだと。
その夜、母の告白は終わった。だが、真実を知ったことで悠真の恐怖は増すばかりだった――次に何が来るのか、何を選ぶべきなのか。答えは、まだ誰にもわからない。




