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いきなり<あなたはヒロインになりますか?>なんて選択肢が出て来たけれど、私の答えは「いいえ」一択です!

作者: 高瀬あずみ

改題しました。旧タイトル「選択結果は自己責任で」



 それは、本当に唐突に起こった。

 自室にあるドレッサーの鏡を見ながら髪をブラシで梳いていた時に。ふいに鏡に枠に囲まれた文字が浮かんだのだ。


<あなたには資格があります。この世界のヒロインになりますか?


→はい、なります。

(イケメン揃いの攻略対象者たちとの恋とドラマティックな運命が待っている!)


→いいえ、なりません。

(前世の記憶を保ちつつ、この世界の一住人としての第二の人生を全うする!)


回答期限:三十日後>



「なんじゃこりゃあっ!?」

 乙女らしくない叫びをあげたのは許して欲しい。

 アンリエッタ、十四歳の夏の宵のことだった。




 その選択肢を見て、私は自分が生まれ育った世界が、前世の乙女ゲームっぽいと気が付いた。鏡に映っているのは、ふわふわのピンクの髪を肩まで伸ばした、青い目のくりくりした可愛い女の子―――自分のことだが―――。うん、ヒロイン系の顔だわ。

 ごく普通の家に、ごく普通に生まれ育って、そしてちょっと早くに死んだらしい前世の記憶も走馬灯のように浮かんできた。同時に、この世界でこれまで生きて来た記憶もある。こちらでも普通の家で普通に育った庶民の娘だ。庶民のエキスパートと言っても良い。


 ちなみに、鏡に映った選択肢は、「消えろ」と強く思ったら消えた。「選択肢、出ろ」というと復活することも確認した。


 前世で平凡な女性だった私は、そこそこ乙女ゲームも嗜み。乙女ゲーム世界に転生したヒロインやら悪役令嬢やらモブ令嬢やらを主人公にした小説もいくつも履修済みである。


「でも、こんな選択画面が出て来るのなんて、読んだことないかも」

 しかもご丁寧に、選択を悩む期間に三十日もくれるようだ。


 選択肢が出て来た理由は分からないが、選択期限の一月後に何があるかは知っている。王立魔法学院の入学試験があるのだ。こんなものが出なければ、推薦で入試を素直に受けていただろう。



 王立魔法学院は、生徒のほとんどが貴族子女である。魔法を使える魔力を持っているのは貴族だけだからだ。ただ時折、平民でも魔力を持って生まれてくることがあり、そういう子供は推薦されて学院で魔法について学ぶことになる。推薦を断ることもできるが、魔法学院を卒業すれば魔法使いとして高給取りになれるとあって、たいていは断らないものだ。

 私にも庶民なのに魔力があると判明して、無意識に魔法の無い世界で過ごした前世の影響があったのか、自分が魔法を使えるかもと思ったら、めっちゃテンションあがったもの。

 そんな私の様子を見て、両親も魔法使いを目指すことを許してくれた。うちは家族でパン屋をやっている。そこの一人娘なので将来は婿を取って跡を継ぐはずだったけれど。庶民のパン屋と魔法使いでは収入の差がありすぎる。パン屋のことは何とかするから幸せになりなさいって、言われて泣いた。



「魔法の勉強ができるって、楽しみにしてたんだけどなあ」

 ただ庶民には魔法を使用するためのノウハウは伝えられていない。魔力があるだけでは使えないのだ。前世記憶を取り戻した途端に理由を察してしまった。

「既得権益を守るため、でしょうね」

 貴族が貴族として庶民からの崇拝を受け、その支配を受け入れさせるために。


「となるとよ? 魔法学院に入学して魔法を使えるように指導される時に、制約を受けたり洗脳されたりする可能性も出て来るんじゃない?」

 魔法を使えるのは貴族と、学院出の魔法使いのみ。魔法使いは国に直接仕えて高給を保証されているとはいえ、権力はない。想像に過ぎないけれど、権力を持てない構造がきっとあるはずだ。

「下手したら能力の搾取とか、強制的に行動を制限されているかも」

 過去に庶民から魔法使いとなった人物が実家に帰ったという話は聞かない。元の家族が人質にされている可能性さえ考えられる。


 たったひとつ選択肢を見ただけで、私は先に広がる暗澹たる未来を予測してしまった。もちろんこれが考えすぎで、そこまで悲惨なことにはならないかもしれないけれど。

「とりあえず、魔法学院への受験は辞退、よね」


 学ぶ場所がなくなって魔法を使えないのは痛いが、不信感を持ったままで学院生活を送れるとは思えない。そして、学院に通わなければ、イコールでヒロインへの道は閉ざされることになる。

 庶民の中にだってイケメンや美女はいるが数が少ない。貴族は美貌の相手との婚姻を続けていたせいで大抵は容姿に優れているという。なので、この選択肢の「はい」項目にあるような複数のイケメン攻略対象と出会う場所は学院しか考えられなかった。



「でも、結局ヒロインって何だろう?」

 ゲームやら物語世界でなら分かる。でも私はリアルを生きて来た。選択肢の言う「世界のヒロイン」って、それ必要か?

 資格って、前世あり、庶民出の魔力持ちの可愛い女の子(自分で言う)ってこと?

「身分ある男性と、相手の婚約者の有無は置いておいても、恋愛沙汰起こす庶民出の娘とか、ヒロインというよりむしろトラブルメーカーじゃん」

 嫌悪で鼻の上に皺が寄る。やだ、美容に悪いったら。


 学院への推薦のために男爵様と面接があったけれど、貴族としては下位の男爵様相手でもすごい緊張したし、庶民とは全然違っていた。住んでる世界が違うって感じたものだ。


「貴賤結婚、駄目、絶対」

 イケメンとの恋愛はこの際どうでもいい。ゲームや小説では楽しめても、身分差のあるイケメンとか厄ネタにしか思えない。更に婚約者持ちとかだったら、どろどろの三角関係待ったなし。婚約者も貴族だろうし、そうしたら虐めどころか権力で抹殺されそう。とばっちりで両親が……なんてなったら。ヒロイン補正で自分だけは生き延びて恋愛成就したって、ちっとも幸せになれそうにない。

 うまく切り抜けて無事結婚までいったとしても。相手の家から歓迎される要素なんてない。年齢と同じ期間教育された令嬢と同等かそれ以上のものを求められるだろう。例えヒロイン補正でマナーや教養を数年で身に付けられたとしても、愛だけで切り抜けるにも限界がある。というか、多分、愛はその途中で摩滅する。悲観的と言われても、シンデレラ系玉の輿なんて、おとぎ話の中だけのこと。こちらが捨てるか、相手から捨てられるか。明るい未来が見えない。つまり身分相応、庶民の相手は庶民が一番。


 これが魔王だのなんだのが現れて世界が危機に陥って、それに対応する特別な力に目覚めた、とかならば確かにヒロインと言えるだろうし必要だ。そんな暫定聖女とかならば、身分の高い相手との恋愛結婚も特例で認められる可能性だってある。危機的状況を共に乗り越えたならば、吊り橋効果もきっと高くて関係も継続できるかもしれないけれど。


「そういう聖女的な立場って、危険だらけだし、きっと身体的精神的にもキツイだろうしなあ。死ぬか死にそうになるのもありそう。いくらイケメンあげますってご褒美があっても、やりたくはないよねえ」


 何せ選択肢はよりにもよって「世界のヒロイン」とか言ってるのだ。国どころの話じゃない。何をさせられるんだか不穏すぎる。

 こっちは前世も今世も庶民の娘。戦うコマンドはそもそも装備されていないし、痛いのも怖いのも暴力も御免だ。お気楽庶民には貴族様のようなノブレス・オブリージュとかいうものとも無縁。何が悲しくて我が身を犠牲にせにゃならんのだ。生憎、俗っぽくて聖人君子とは程遠いもので。




「総じてヒロインは無い」


 結論は出た。私はもう一度選択肢を呼び出して、さっさと「いいえ」を押す。明日、推薦試験の辞退をお願いしないと。学院は全寮制で在学中に庶民は帰宅できない(これがもうきな臭い)から、両親と離れるのはやっぱり嫌だからで通そう。十四歳だし、いけるいける。




 私はそのまま受験せずに実家のパン屋の手伝いを続けている。推薦辞退を切り出した時の両親の顔を見て、やっぱりこちらが正解だったと思ったものだ。


 諦めた魔法の使い方についても、実はなんとかなった。

 パンの配達途中で拾ってしまったのだ、実家に切られて庶民に落とされた元貴族を。貴族の跡取りだったのに、魔法学院を卒業した途端、弟に嵌められて廃嫡されちゃったという人物だ。

 生活力なくて食べるのにも困っていたので、余ったパンで餌付けして魔法を教わることになった。かなり呑気で人も良い人物なので、そのまま貴族やってても潰されたんじゃないかなあ。


 でもまあ、いい先生だ。学院時代の成績は悪くなかったそうで熱心に教えてくれる。何と言っても家庭教師代のコストが掛からないのが良い。私の飲み込みが早いと褒めてくれて、魔法以外の勉強も教わったりしている。跡取り教育もされてた人だから、知識量はすごい。元貴族らしく、行き倒れから復活したら結構な美形だったので色々惜しい人。


 これで師匠(そう呼んでいる)が男性ならばロマンスになったかもしれないが、あいにく師匠は女性である。同性だからこそ、これ以上食い詰めて身を売るようなことにはなって欲しくないから、両親を説得して我が家に住まわせることにした。私への授業以外にパン屋の手伝いもして貰っている。働かざる者食うべからず。


 ちなみに魔法の使い方への守秘義務とかはなかった模様。そう聞きはしたが、普通、元貴族が庶民に教えるとかプライド的にやらないだろうと、上が甘くみているだけのような気もする。まあ用心はしておこう。




 そうやって二年ほど平穏に暮らしていたんだが、十六になる私に縁談がやってきた。相手は評判の――――商家のバカボンだ。そりゃ、世界のヒロイン候補だった私は可愛いし? 見初められたって不思議じゃないけれど。でもあのバカボンはない。実家は結構大きな店を構えてるから、そこに嫁ぐのは悪くないかもしれないけれど、一生バカボンの面倒みるのと引き換えられるか、というと私には無理だと思う。家族も私には我慢が出来ないだろうと確信していた。あと、私が嫁いじゃったら、師匠の世話はどうなる。さすがに連れてはいけないじゃないか。



 そう悩んでいると、当の師匠が尋ねてきた。

「アンリエッタはこの縁談、嫌なんだね? 断りにくい相手? うん。じゃあ、私と駆け落ちしようか」

「師匠、知ってます? 同性同士じゃ駆け落ちとか言いません」

 師匠って、頭は良いのに常識に欠けてるからなあ、とため息をついたのだが。

「大丈夫、私は同性じゃないし」

「はぁっ!?」


 何か爆弾発言されてしまった。いやいや、何言ってるのアナタ。呆然とする私に向かって、師匠はゆったり微笑んだ。

「一度だって、私は自分が女性だと言った覚えはないよ?」


 思い返してみれば、たしかに師匠自身が女だと言ったことはなかった。私が外見からそう判断していただけで。

 でも。どっから見ても美人な女顔で、髭が生えてたのを見たこともないし。背だって女性としてはまあ高めだけれど、つまり男性としてなら低い方。肩幅だって、決して華奢じゃないけど、女性でもこれくらいいるよねってくらい。筋肉もないよね?

 髪はだらだら長くて、でも貴族なら男女どちらも長い。これは髪が長い方が魔力が籠って魔法を使うのに有利だからだそうで、師匠に魔法を習い始めてからは私も髪を伸ばしている。あとは声。アルトだと思ってたけれどテノールだったらしい。喉仏はハイネックなインナーの下で見えたことがない。

 ついでに普段着ているのも魔法使いのローブで、床に着きそうなずるずるゆったり。胸があるかどうかも分からない男女兼用衣料である。パン屋の手伝いの時には作業着も着ていたけれど、あれもゆったりめの男女兼用だった。ちょっとツナギに似ている。

 話し言葉は基本、柔らかい。でも特別女性的な言葉遣いでは確かになかった。なかったけれども、貴族の跡取りとして生まれ育ったせいかと思っていたのだ。貴族は女性でも当主になれるらしいから。

 つまりは、すべて私が思い込んでいただけという。


「さ……」

 ようやく絞り出した声が私の口から洩れた。呑気な師匠が聞き返す。

「さ?」

「詐欺でしょうっ! 性別詐欺!」

「よく言われる。生まれつき女顔で、背も伸びなくて筋肉も付かなかったから。声変わりしてもあまり変わらなかったし。体毛も薄くてねえ。学院じゃ男子寮に入ってたのに、何で女がいるんだとよく絡まれたよ。令嬢たちにも、私がいるせいで目当ての相手に近づけないと責められたり。何より、男か女か分からないようなのに跡を継がせたら他家に侮られると主張した弟に、製造元二人も納得して同意したんだよ? ひどいと思わない?」


 さっさと貴族籍も抜かれて追い出されて、その分、持たされた金銭は少なくなかったけど。なんて師匠は続けて発言する。

 話を聞く限りでは、たしかに師匠のせいじゃないのに、色々気の毒だと思う。思うけれど。


「ずっと女性だからって、思ってて世話してきたのにーっ!」

「うん。そうだとは思ってた。でもアンリエッタだって、正面から私に女かどうか聞いて来なかったから」

 あえて言う必要もないかな、なんてのほほんと笑っている師匠はやっぱり美人で。視覚情報が今聞いたばかりの性別を否定する。


「駆け落ちしたと聞いたら、この縁談はなかったことになると思うよ? だから数年、二人であちこち行って、ほとぼりが冷めた頃に戻ってきたら良いんじゃない?」

 両親との縁は切りたくはない私には、この偽装駆け落ちはたしかに丁度いい話だった。バカボンの嫁は絶対いやだし。

「でも、師匠とじゃ駆け落ちに見られないよ!」


「そんなことないわよ? 私もお父さんも、カミーユさんが男性だってすぐに分かったもの」

 突然会話に混ざって来た母が平然として言う。夕食の席でのことだったので、二人きりではない。

「俺たちは、てっきりアンリエッタが婿にするつもりで連れてきたんだと思っていたぞ?」

 そのつもりで最近は積極的にパン作りも教えていたと父も言う。師匠は本来力仕事に向かないが、魔法で補えるから問題ない。しかも腕を上げて、私の焼くパンより美味しいものを作るようになっていると。


 味方のいない私は、自棄になって叫んだ。

「だいたい、その名前からして紛らわしいんだけど!!!」

 そう、師匠の名前はカミーユというのだ。これは女性に多い名前である。

「でも、男にも付ける名前だよね?」

「そうだけど、女性名にされることの方が多いじゃない!」

「私の実家では男女どちらにでも使えるから、第一子がカミーユと名付けられるのが代々のことでね」

 いないわけじゃないんだ、実際知り合いに男性のカミーユさんいるし。でも師匠のこの顔でこの名前だったら女だと思い込むのに一役かっていたのは間違いない。


「それよりも、父さん、母さん? 本気で師匠を婿入りさせるつもりでいたの?」

 ふたりに揃って笑顔で頷かれて撃沈する。庶民でも娘の結婚は親が決めるのが一般的だ。つまりこれは決定と思って間違いはない。


「だってねえ? 人となりだってこの二年近く一緒に暮らして、本当にいい人だって分かってるし」

「仕事ぶりは真面目だし、俺らを尊重して敬ってくれる。まあ元貴族ってことで、ちょっとはお上品だが、営業はアンリエッタがすればいいことだ。仕入れや売り上げの計算やらも任せられるし、間違ってもお前に暴力を振るったりもしないだろうってとこも気に入っている」


「ちなみに、ご両親がそう思ってられるのは私も知っていたので、積極的にパン屋の仕事を教わって外堀を埋めていたんだよ」

「外堀って、師匠もそのつもりで?」

「アンリエッタはお腹がすいて動けない私にそっとパンを差し出してくれた天使で女神だったから、その時からもう好きだったからね」

 この場には両親だっているのに、この人は何を言い出すのだと、私はひたすらきれいな師匠の顔を凝視した。


「そのわりに、私が性別誤解してるの訂正しなかったのは何で!?」

「同性だと思ってたら警戒しないでしょう? アンリエッタは男性に、というか恋愛に壁作ってたから」

 それは例の選択肢を見てから、ヒロインぽい言動をしたくないと思うあまりに二の足を踏んでいたせいだ。私はヒロインじゃない。ヒロインにはならない。ヒロインと一緒にしないで欲しい。そんな気持ちで、つい逃げ腰だったのは認めよう。

 ヒロインポテンシャルのある美少女な私には、これまでにだって言い寄る人がいなかったわけではない。それをずっと躱して逃げ切って。

(あれ? そういう場面でいつも師匠が助けてくれていたような?)

 あれは助けてくれたのではなく、実は邪魔をしていた!?


「実際、アンリエッタは私をまったく警戒しないで、すっかり身内として受け入れてくれたからね。ここまで家族になったら、もう私が女性じゃないと知っても、君は今更私のことを切り捨てられないでしょう?」


 確信犯、という単語が脳裏を過った。私、今まで師匠の事、生活能力のない頼りない人で、魔法と知識はすごいけど、私が面倒見ないとと思ってて。でも実際には私の逃げ道をひとつひとつ塞いでいたってこと? 貴族じゃやっていけない甘ちゃんだと思ってたら、柔和な笑顔の下で、確実に私を取り込もうと策略を巡らしてたとか、すっごい腹黒い貴族そのものじゃない! でもって、甘ちゃんだったのは私の方だったというオチってひどい。


 ショックで言葉を失くした私の横で、両親が追い打ちをかけて来た。

「でも、カミーユさんが女性だって誤解してる人は未だに多いのよね」

「ああ。もうアンリエッタの婿はカミーユに決まっていると言っても、あの商家の奴らは信じもしないで縁談をごり押ししようとしてきやがって。だからまあ、婚前旅行兼ねてしばらくよそに行ってろ。何だったら孫連れて帰って来ても歓迎だ」

 いきなり孫まで飛躍する父の言葉は私に刺激が強すぎるが、師匠は平然としているのが何か悔しい。


「そうしましょう、アンリエッタ。昔から絡まれることが多かったので防御魔法が私は一番得意なんです。絶対アンリエッタに小傷ひとつ作らずに守ってみせますから安心してください。せっかくなので、冒険者ギルドに魔法使いで登録してから。冒険者だと移動も楽だそうですよ。二人で依頼を受けたり、そうだ、ついでにあちこちのパン屋に寄って食べ比べもしましょう。ここに戻って来た時にきっと役立つはずです」

「そりゃあいい。俺にも教えてもらわんとな」

 和気あいあいと「家族」が盛り上がっている。ついていけないのは私だけ。疎外感を覚えるんだけど。


 こうして、ほぼ問答無用な感じで、さっさと旅装を整えられて私は師匠と家から追い出されてしまったのだった。え、私の意思は……。





 住んでる街からの出立の前に冒険者ギルドで登録した。登録証を持っていると街の出入りなど、移動がスムーズになるからだ。そうしたら行く先々で、私たちは滅茶苦茶重宝されることになる。元貴族は冒険者を選ばないことが多くて、とかく魔法使いが希少なのだという。階級が上がるのも早く、路銀には困らなくなるまであっという間。どれだけ在野の魔法使いがいないんだか。


 私は実践で魔法を使えることに夢中になった。師匠の魔法は本人の申告通り守りに強い。でも攻撃だって結構なものだ。私自身も魔法使いとしてそれなりにやっていける目途がついたくらいに、色々使える魔法を教わって大変に有意義。将来的にはパン屋な訳だけれど。



 師匠の態度は、旅に出てからも諸々の告白があったと思えないほどこれまで通りで。のんびり屋の師匠と依頼を熟しながら、あちこち目的もなく旅をすることが当たり前になって行った。

 最初のうちは宿に泊まっても、実家じゃないから落ち着かなくて体調を崩したりもしたし、野営は二人して失敗続きの碌な物じゃなかったけれど。それでも、人間というのは環境に適応するもの。もうずっと魔法使いの師匠と弟子での旅を続けていたような気さえするくらいに。正直、とても楽しかった。


 だからまあ、すっかり油断してしまっていたわけで。

 旅をはじめて半年くらい経ったある日。いつも通り宿を同室で取った際に、蜘蛛の張った巣に追い込まれた獲物のように、ぱっくりと食べられてしまった。その夜以降、さすがにもう師匠が同性に見えない。


 どうやら旅から旅への暮らしに慣れるまで様子見されていたらしい。しかもちゃんと場所も選んだようで、保養地としても有名な風光明媚な街に寄った際、

「たまには少し贅沢して良い宿を取りましょう」

 料理も美味しい宿がいいですね、なんて言葉に疑いもなく頷いたのは私だ。実際に料理は郷土名物を盛り込んだ素晴らしいものだったし、宿の部屋に専用の浴室があることに歓喜もした。……それまで何もなかったから、その手の用心が必要とさえ思わないように誘導されていたと知った時の衝撃ときたら。師匠の性別を正された時に比肩する。そう、この人は策略巡らすのが得意な元貴族様だったんだよ。何故忘れていられたのか。


 師匠が親の認めた婚約者という自覚はまったくなかったし、その時はまだ恋じゃなかった。実家で二年同居もして、両親の次に近い人として好意を持ってはいたけれど、女性じゃないと知った後も「性別:師匠」みたいな感じでうかうかと慣らされて。旅先だと頼れるのはお互いしかいないから、誰よりも近しくて親しい人の位置にいた。このままずっとこんな感じでいられると錯覚するくらいに。

 まあでも、師匠からしたら私が甘かっただけってことなんだろう。何せ親の許しも得ていたんだから。最初に同性だと思っていたせいで、異性に対するより距離が近かったのもいけなかった。押し倒されるまで油断しきっていた私の迂闊さよ。


 決して嫌いな人じゃないから、むしろ好意しかなかったから、嫌悪感も無いまま不意打ちで流された。元から近かった距離がゼロになって、異性として意識するしかなくなって。熱烈な言葉の数々と熱烈というより執拗な攻撃の前に、あっさりと私は心ごと陥落してしまう事になる。しかもそれ以降、まったく手加減してくれなくなったのだが。だだ甘い言葉を垂れ流しににするのはやめて欲しい。人目がないと言葉と一緒に口づけの雨を降らせて翻弄してくるし。夜ともなると、そこらの女性に勝ち目のないきれいな顔で、あれはない、という行為が待っていて、正直、ギャップがえぐい。


 そうして数年後、まんまと故郷で両親を孫と対面させることになるのだ。




 ところでそんな旅の序盤。立ち寄った冒険者ギルドで、ある噂を聞いた。

「魔法学院に入学した庶民の女子に、複数の男子生徒が夢中になっているらしい」


 それって、私が断って補欠だかスペアの子がヒロインになったってこと? 彼女の前に選択肢が出たかどうかまでは分からないけれど、めっちゃヒロインしてる。にしても、学院内のそういったスキャンダル(?)が噂になる程って、どれだけやらかしているのか。ヒロイン補正で魅了使っているのではあるまいか。彼女本来の魅力に因るものだったら、すまん。

 複数の異性に言い寄られるとか、それ嬉しい? 私は地元で二、三人から口説かれたのだって面倒だと逃げたから、彼女がどう思っているのか、そもそも望んでその立場にいるのかさえ知ることはできないけれど。

(逆ハーとかやらかさないでくれよ?)

 そんな事態になったら、共感性羞恥というものがですね?


 ちょっと色々危惧してしまったので、それからも学院の噂はギルドに寄る度に拾った。どんどん学院から距離が離れていくのに、遠方まで伝わっている噂によると、一年経つ頃には王族含む数名を虜にしているとまで進化していた。いや、そこまで行ったら学院の上層部とか国も何とかしろよ。

 わざわざ情報料まで払って噂を追い続ける私に、師匠は不思議そうにしていたけれど、自分も学院に入っていた可能性があったから、他人事とは思えないと伝えたところ。その頃にはすっかり恋人になっていた師匠の目から光が消えた。

「アンリエッタは私ひとりでは不満だと?」

 そんなことは言ってないと師匠に物申したい。翌日に支障が出るほどに責めるのはやめて。私は師匠ひとりで手一杯です。よそ見もしないし、第一、あなたがさせないでしょうに。


 旅が続いていつしか故国を離れて。すっかり私も一人前の魔法使いだと師匠に太鼓判押された頃に、世界の中央に聳える山脈から瘴気が噴出して多大な被害が出た。なんか邪神の復活がどうとか、スケールもでかい。そこに例のヒロインが「救世の乙女」だと神殿経由で神託が降りたという。選ばれた王子を含む複数男性が彼女を守りながら、瘴気を浄化し、邪神を倒すための旅に出たのだとか。

(あ、これは世界のヒロイン・コース)

 是非とも彼女には世界を救って貰わないといけないから。私と師匠の明日だって彼女に掛かっているのだ。他力本願で申し訳ないが、思いっきり本音。


「なんか助力できないかな?」

 師匠に相談したところ、私たちの魔力を込めた魔石を冒険者ギルド経由で送ったらどうかと言われた。彼女本人が使わなくとも、守護役の補助くらいにはなるかもしれないと。旅路で魔力枯渇とか命に掛かわるから、それは良いかもと実行した。

 どれほど役に立ったかは知れないけれど、数年後、私たちは貢献への褒賞を貰うことになる。「救世の乙女」一行は邪神を封じて瘴気を止めることに成功したのだ。めでたい。


「適材適所って、あるんだねえ」

 私がもしヒロインを請け負っていたら、この結果はなかったと思う。素直に「救世の乙女」に感謝する。なんかそのまま複数の守護者という名前の攻略対象たちと一妻多夫で結婚するらしい。逆ハーエンドまで達成した彼女は只者ではない。きっと器が違う。

「最初から、私には無理だったのよ」

 傍らの師匠兼夫と我が子に微笑んで、英雄一行が凱旋するのと同じくして、私たちも故郷への帰路に着くことにした。両親の待っているパン屋での平凡な暮らしに戻るために。そこにきっと私の幸せはある。


この話の方が思いついたのは先だったので、こっちのタイトルが『ヒロインになるつもりはなかった』になっていた可能性がありました。どれだけヒロインが好きなの。いえ、悪役令嬢の方が好きですが。


師匠の性別についてはどちらにするか最後まで迷ったのですが、自分の欲望に忠実に走ることにしました。いのりん様の『悪役令嬢は『パフェ・ダンジョン』に転スラしたようです』の今後の展開? でうっかりときめいたので。ちょっと深夜テンションが行き過ぎた気もするけれど。


カミーユという名前は、英語圏では女性専用ですが、仏語圏では男女どちらにも付けられる名前です。意味は「生まれながらに自由な人間」。

師匠は庶民的な生活能力には乏しいけれど、見た目の繊細さに反して実は結構図太い。本来、貴族の後継にぴったりな腹黒だった。見た目との乖離ぇ。アンリエッタとの年齢差は三歳です。


真ヒロインちゃんは前世持ちの天性ゲーマー。逆ハー達成するけれどヒドインではなかった?


ところでゲーム画面の下に表示されるセリフや選択肢の出る枠って、正式名称何と言うのでしょう?

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― 新着の感想 ―
まあアンリエッタちゃんは色々と疑ってましたけど、仮に迂闊に在野に放り出して魔法使える犯罪集団なんか組織されたら困るから徹底管理されてるんじゃない?な一方で 師匠のように放逐されちゃう実家アホなの案件も…
ファミコン世代の私は「コマンド」と呼んでます。 アンリエッタちゃん、素直というか、あとちょっと考えが足りないというか… なんのかんの、やっぱりヒロイン頭なのかしら? そう思うと、旦那サンがしっかり者で…
面白かったです。タイトルは物語にあまりマッチしてない気がします。カミーユはフランス圏だと男性にもいますね。自由の意味はフランス革命のカミーユ・デムーランから来ている感じなので、名の語源はラテン語でちょ…
感想一覧
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