第七話
昨日は前田さんが休んだが今日は綾乃さんも休みらしい。
学校ではいつも一緒にいたから、片方が熱に罹ったとしたら片方もそうなってしまっても可笑しくはない。まあ二人が休んだ原因が風邪だと仮定しての話だけれど、おそらくあっているだろう。
僕がいつものようになろう作品を耽読していると、近くの男子生徒たちの他愛無い話が耳に入ってきた。
「なんか今日のニュースえぐくなかった?」
「見てないから分からん」
「いや、人が行方不明になったってニュースが5連続くらい流れてさ。 俺朝いつもニュース見るようにしてんだけど今朝くらい異常な奴は初めて見たわ」
へえ、そうなのか。僕は確かめようと思ってipadに最初から入っていたニュースアプリを開いたが、確かに軽く目を通しただけで「行方不明」という単語は三つほど見つかり、それぞれ報道されている行方不明者が別々の人間であることを確認した。それも全員東京に住んでいる人でまったく物騒な世の中になったもんだと思いながらも次の瞬間他人事のように思い、忘れ去り、読書を再開しようとした…が。
「ねえ、田村君も知ってる?」
「え⁈ …あー、ipadの、ニュースにもそんなん、書いてあるね」
急にこちらに声を掛けてきたと思ったら「ほらね、俺の言ったことほんとでしょ」と先程の話を二人で再開し始めた。
あー思い出した、この子あれだ。以前部活に来いよって言ってきたやつだ。なんで僕の名前覚えてるんだろって一瞬思ったけど今理解したわ。…やっぱり急に話しかけられるの滅茶苦茶心臓に悪いな。
過去、無敵だったころの僕は人を選ばずマシンガンのように話しかけていたがなるほど、受け手の中にはこんな気持ちになった人もいたのかもなと今の僕は振り返る。恐怖と、そして嬉しさが混ざったような感じだ。今更ながら申し訳ないと思う。
まあ、それは置いといて。もう話しかけてはこなさそうだし、今僕がするべきことは読み進めていた物語の続きを見ることだ。
最近はVRMMOものに嵌っている。幼少期からゲームを嗜んでいるので主人公の心情に入り込みやすいのだ。画面を下にスライドさせながら思う。
(実現してほしいなあ、ナー〇ギア。二刀流剣士になって怪物をなぎ倒してみたい。)
ばかなことを考えながら前を向くと、いつの間にか先生が教室にいて、壁に掛けられている時計を見るとそろそろ授業が始まることに気が付き、すぐにipadのカバーを閉じてLCの号令を待った。
ーーーーー
学校帰り。
歩道橋を渡りながらスマホを開くと、新着メールが一つ届いていた。母からだ。
『お父さんが自転車持ってきたんだけれど、いる?』
その一文を見た時僕は目を疑った。が実際に、住んでいる団地に敷設された駐輪場を見ると僕らに与えられたスペースには見たこともない一台の黒い自転車があった。傷がなく光沢があることを鑑みるにおそらく新品だろう。
「お父さんがこれを?」
「最近でかい金が入ってきたからって一時間くらい前にこれ置いてったのよ。…いる?」
「まあ、貰えるなら貰うけど…」
僕の父は芸術家だ。
具体的に何をしているかは知らないが、一昔前はちょっとした有名人だった…らしい。
しかしある時から一気に仕事がなくなり、それが原因で母とずいぶん前に離婚し現在は別居中。
この前テレビをつけたら、父とすごく似ている人が大食い大会に出ていたが…まさか、ね。
お金ではなく自転車を残して去った父に母は落胆していたように見えた。
そんな母を横目に見ながら、僕はばれないように少し心を高ぶらせる。
まさにその自転車は僕がつい最近買いたいと思っていた機種で、やっぱりわかってんなあと心の中で父を肘でつつく。こういう感性の似通ったところを体験すると父と息子の血のつながりを感じ、自分の行く末に不安を抱くのである。
とりあえず後で『ありがとう♡』とでもメールしとこうか。
太陽は決められた通り、東から登って西に沈み、多くの薄雲は去り、空には星が広がった。
今日も東京から一人、二人と姿が消えていく。