第五話◇
「え! それマジ⁈」
私こと綾乃恵はそれを聞いた時思わず大きな声を出してしまい、クラス中から視線を受けた。
咳払いをしてから少し乗り出した身を元の位置に戻し目の前にいる男子、田村君に目で話の先を促す。彼は何故か一瞬少し硬直したようなそぶりを見せたが、すぐに話始めた。
「う、うん、多分本当。 ちゃんと本人の口から聞いたし」
田村君の話をまとめると、
芽衣子には二つ上に高校三年生の姉がいて、どうやらその姉がお腹に赤ちゃんを身籠っている為に(ここで私は驚いた)お菓子やジュースを食べないようにしているらしく、そんな姉が頑張って我慢している一方でお菓子を食べるとなんだか心がいたたまれなくなる、だから最近はお菓子を食べないようにしていたとのこと。数日前に聞いた話の内容と合致している。
(自炊してたのは、妊娠してる姉を思ってのことだったの…?)
あの日の謎が解明されてすっきりしたところで。
「今日芽衣子休みじゃん、なんか聞いてたりする?」
「いや何も。 逆に綾乃さんの方は?」
「こっちも同じ。 LINEでさっき聞いたんだけど既読がつかないんだよね、どうせプリント届けに芽衣子の家行くからその時分かるとは思うけど」
そう。担任に頼まれた訳ではないが、学校が終わったら芽衣子の家にプリントを届けに行こうと思っているのだ。
芽衣子の家は私が住んでいるマンションの向かい側に存在する一軒家だ。ご近所さんなので登下校の際少なくとも二回は見ることになるが、遠くから見るとその巨大さが分かる。つまるところ豪邸だ。入口には木製の大きな門があり圧倒的。一度近くで見てみたいなあとずっと思っていたがプリントを届けるという口実さえあれば、じろじろ見ても卑しい奴だと思われまい。もしかしたら中に入れるかもしれないし、そう思うと心が躍る。
今日は短縮授業。いつもよりはやく学校が終わり、皆いそいそと帰りの準備をしている。担任に部活などの予定がない生徒は早く帰るようにと忠告されたためだ。最近気づいたことだがこの学校は短縮授業や休日が異様に多い、言うならばホワイト学校らしい。私たち生徒にとっても先生にとってもWINWINな制度なので、この校風は続けてもらいたい。
さて。私が入部したボランティア部は今日も短いミーティングをするだけですぐに解散した。学校を出たのは15:30。
そしてスマホのホーム画面に16:00が表示される頃、私は巨大な門の前に立っていた。
扉の横には年季を感じさせる汚れたインターホンがあり、窪みに指の先を載せ強めに押すとしっかり機能したらしくピンポンと音が鳴った。
程なくしてスピーカーから「はい、どちら様でしょうか」と若い女の人の声が聞こえてきたので、「芽衣子の友人の綾乃と言うものです。 今日学校で配られたプリントを届けに来たのですが」と言うと通信が切れた音がした。少し待てば、誰かがやってきて対応してくれるだろう。
改めて門を見る。しかし大きいな、これを開けるには相当なパワーが必要なんじゃないの。もしかしたら屈強な使用人が複数人で開けて出迎えてくれるのかな、
『『ようこそ、お越しくださいました((ムキーン』』なんつって。
うーん予想がつかない!
そわそわしながらこの巨大な門が動くのを心待ちにして待っていると、ついに「ギー」と大きな音を出し始めた。しかし音が鳴っている一方、目の前の門には何の変化もない。
あれーと思いながらそのまま突っ立っていたが、そこで左肩をぽんぽんと叩かれてようやく近くに一人女性がいることに気が付いた。その人は笑顔を見せながら来た方向を戻って行き大きな門の横の壁をすり抜けていった。私はえっ⁈と思いながら急いで後を追いかけると
門の横の、小さな扉が開いた状態で私を待っていた。
「あっはっは。 あの大きな門は普段使わないわ。 毎回あれ開け閉めしてたらもう身が持たないよ」
「そうですよね、勘違いしてた自分が恥ずかしいです…」
出されたお茶を飲みながら(とっても美味しい)、お腹を少し大きくさせた芽衣子のお姉さんと談笑する。
「びっくりしたでしょ、私のお腹見て」
「いえ、事前に知ってましたからそこまでは」
「ああ、そうだったんだ。どう? 触ってみる?」
「いいんですか! じゃあ…」
ゆっくりと優しく触れる。
掌から伝わってきたのはこれからお母さんになる人の温もりと、将来生まれてくるこの赤ちゃんが今この瞬間生きているという証拠であり、それは正に神秘的なものであった。
「…妊娠してから何か月くらいなんですか」
「今月で4ヶ月目。 元々はこんなデブじゃなかったのよ」
そう言ってポケットからスマホを取り出して妊娠が発覚する前に撮った写真を見せてくれた。
男の人とのツーショットだ。うわ~、凄いくびれ。下品に言うとボンキュッボンって感じ?
よく見ると男の顔が地味ににやついてる気がするけど、私がその立場だったら同じ顔してるわ。
写真の中の二人はどこかで見たことがある制服を着ていた。
年齢を考えると、芽衣子のお姉さんが身籠ったのは高校二年生の冬だ。察するに今まで色々あっただろうにこうしてにこやかに笑っているのはこの人の強さだろう。年頃の女子高生らしく、私は強くて綺麗なこの人に強い憧れを抱いた。
「そういえば、芽衣子はどうして今日休んだんですか」
「今朝あの子熱出しちゃったらしくて、今は自室で休んでいると思うわ。」
「やっぱりそうだったんですか。 差し入れを持ってきたのですが、芽衣子の部屋ってどこにあるんですか」
言われた通りに廊下と階段を進んでいくと、「めいこのへや」と書かれたプレートが飾られたドアを発見しここだろうと目星をつけ、三回ノックをして返事を待つ。
「ちょっと待って!」
いいよ、と言われると思ってドアノブを半分ほど回したところだったが慌てて元に戻す。
しばらくしてから、大丈夫だという声が聞こえたので私は少々緊張しながらドアを開けた。
入って右にベッドがあり、そこに少し強張った表情をした芽衣子が横になっていたのだが、私の顔を見た一瞬驚いた顔を見せた後どこかほっとした様な顔を浮かべた。
「お姉ちゃんじゃなくて恵だったんだ、びっくりした」
「差し入れ持ってきたんだけど…何をそんな焦ってたん」
「秘密にしてよ?」
人差し指を口に当てながらそう言ったかと思えば、のろのろと布団を持ち上げて私に中を見せてきたのである。最初は黒色のそれが影と同化して何なのか分からなかったが、黄色いまん丸が二つ見え「にゃー」という甲高く可愛い声が聞こえた時その正体が分かった。私を値踏みするような眼でじっと見た後にその黒い毛並みをした子猫はひょいとベッドから飛び降りた。