2.ラルフ・ケイマン
ふと、大切な事を思い出した。
攻略対象の一人、ラルフ・ケイマンは、この世界での兄の親友だ。
金髪碧眼、美少女と見紛う美少年。
とても優しくて、粗暴な兄に比べて繊細な、私の初恋の人。
彼が病むきっかけは、幼少期に年上の従兄から、性的暴行を受ける事。
その後、彼は常にナイフを弄るようになり、バッドエンドでは、そのナイフでヒロインを滅多刺しにし、止めに入った兄も刺殺する。
今の彼は、まだナイフを弄っていない。
まだ、助けられる!
私は兄にその事を伝えた。
途端に、兄の顔色が変わった。
「あいつ、今日従兄が遊びに来るって言ってた・・・」
私達は慌てて、ラルフの屋敷に向かった。
兄が走らせる馬にしがみつきながら、思う。
まさか、今度は落馬で死ぬんじゃないだろうな!?
何とか落馬せずに着いて、すぐにラルフの屋敷の執事に取り次ぎを頼んだ。
早く、早く‼
焦る私達に、執事はラルフが見当たらない、と告げた。
ハッと息を飲んだ私達は、無礼を承知の上で、勝手に家捜しを始めた。
慌てて執事が止めようとするが、構っていられない。
変態が美少年に悪戯をしようとするなら、なるべく人が来ない場所を選ぶはず。
常に使用人達がいる、屋敷の中じゃないだろう。
なら、庭園?
流石に外ではないか。
そういえば、使っていない馬房があった!
私達は馬房に急いだ。
お願い、間に合って!
馬房に近付くと、中から何かをひっくり返したような音がした。
扉に耳を当てると、誰かが争う声と物音。
扉を開けようとしたけど、つっかえ棒でもしてあるのか、開かない。
焦る私の横で、黒い影が動いた。
突然、響き渡る轟音。
兄が、近くで切り倒されていた太い木を担ぎ、扉をぶん殴った。
そういえば、転生後の兄は、アホほど剛力だった。
前世では、こんなゴリラじゃ無かったのに。
老朽化していた扉は、呆気なく内側に倒れた。
埃と砂が舞って、真っ白になる視界の片隅に、半裸のラルフに伸し掛かる、変態が見えた。
私はドレス姿で扉を乗り越え、その辺りにあったスコップで、変態の頭を殴った。
フルスイングで。
変態が捕まり、ラルフの無事を確認すると、一気に力が抜け、私はその場にへたり込んだ。
兄を見ると、あんなに太い木を担いで、ぶん回していたのに、平気そうだ。
お前はキングコングか。
親友の危機を救った事が誇らしいのだろう。
嬉しそうに笑う兄。
その時、ふと思った。
もしかしたら。
未来を変えられるんじゃないだろうか?
自分達の屋敷に帰ると、教育係とメイド長、執事の3人がかりのお説教が待っていた。
1時間近くこってり絞られて、解放される寸前、旦那様にも報告せねば、と溜め息を吐かれた。
げっ!
お風呂に入れられ、埃を落とされた私は、こっそり兄の部屋に忍び込んだ。
私達は作戦会議の続きをした。
私は、攻略対象が病まなければ、病みキャラにならず、バッドエンドを迎えずに済むのではないか、と言った。
攻略対象が病む前に、何とか救えないか、と。
兄は難しい顔をして、言った。
「お前、俺達が何歳か分かっているか?」
そう私達は子供だ。
私は7歳、兄は9歳。
自由に動き回るのは難しく、大人に助けを求めても、相手にされないだろう。
でも。
きっと、今ならまだ、間に合うのだ。
攻略対象達は、病む前と病んだ後で、変化がある。
今の所、攻略対象達に変化はない。
という事は、まだ誰も病んでいない。
今なら、未来を変えられる。
私達は取り敢えず、分かっている事を紙に書き出す事にした。
攻略対象達の名前、年齢、病むきっかけ、バッドエンド。
バッドエンドは、兄が本気で引いていたが、大事な情報なので、詳細に書く。
病むきっかけは、それぞれ違うが、大体子供時代のトラウマが原因だ。
出来るかどうかはともかく、皆を救う方向で考えると、順番が重要だと気付いた。
同時に複数は救えない。
私達がペアで動かなければならないのは、今日の事で分かった。
私は情報を持っているが、機動力が無い。
兄はその逆だ。
上手くスケジュールを組み、遂行しなければならない。