1.覚醒
「・・・弱い癖に、俺の妹に手を出すんじゃねぇ。潰すぞ」
いつものように、私が従弟に苛められて泣いていると、走って来た兄がいきなり従弟に飛び蹴りを食らわし、ボコボコにした挙げ句、踏みつけて言った台詞。
それを聞いた瞬間、私は不思議な感覚を覚えた。
それは、・・・既視感?
私はその台詞を聞いた事がある。
・・・いつ?何処で?
その瞬間、私の頭の中を凄まじい量の情報が駆け抜けた。
悲鳴を上げて倒れ込んだ私に向かって、兄が駆けて来るのを目の端で見ながら、私は衝撃に耐えた。
そうだ。
私はあの台詞を聞いた事がある。
ずっと遠い昔。
近所の苛めっ子に苛められた時。
ーーが、助けてくれた時、言った台詞。
ーーって、誰?
それは、突然だった。
突然、目が覚めたように、全て思い出した。
此処が何処なのか、自分は誰なのか、目の前にいる、この人は誰なのか。
この人は、ハルフォード・スミス。
私、アキ・スミスの兄。
でも、違う。
本当のハルフォードは、もの静かで、おとなしいキャラだ。
決して、私を苛める従弟をボコボコにして、高笑いする性格じゃない。
この人は、私の。
影山亜希のお兄ちゃん。
影山遥人だ。
「ハル兄・・・」
私が呼びかけると、兄は酷く驚いた顔をした後、地面を見て考え込んだ。
そして、ハッと顔を上げて、恐る恐る、というように言った。
「・・・亜希か?」
私は普通の高校生だった。
長年、兄と私を女手一つで育ててくれた母が、やっと再婚したのは、その年の春。
新しい父と弟はとても良い人達で、私達はこれから少しずつ、家族になっていこうとしていた。
あの日、大学で寮生活を始めた兄が帰省したのが嬉しくて、私は浮かれていた。
免許を取ったばかりの兄に、私は夜のドライブに行きたい、とせがんだ。
渋る兄の尻を叩いて、私と兄は夜の峠へ出掛けた。
峠に向かう道は車もほとんど通らず、快適で。
だから、私はその瞬間、何が起こったのか、理解出来なかった。
カーブに差し掛かった瞬間、目の前に眩しいライトが現れ、視界がクルクル回転した。
その後の事は、分からない。
恐らく、暴走トラックが突っ込んで来て、兄は避けようとして、車が横転、崖に落ちたか、トラックに潰されたかして、兄妹仲良く死んだのだろう。
「すまん・・・」
兄の悲壮な顔を見て、私は慌てて、此方こそ、と謝った。
元々、私の我儘で夜のドライブに行く羽目になったのだ。
兄は渋っていたのに。
それに。
私には、もう一つ兄に謝らなければならない事があった。
それは、今のこの世界の事。
この世界は、私がやっていた、恋愛育成ゲームの世界なのだ。
誰の仕業かは分からないが、少しでも知っている世界に生まれ変わらせてやろう、という意図があったと思われる。
余計な事を。
つまり、兄は私のとばっちりを食らった事になる。
そう説明し、兄に謝ると、兄は苦笑して、別に構わない、と言った。
だが。
構うのだよ、ハル兄。
このゲームの名前は『破滅の愛を君に』。
高校生になるまで、ゲームをした事が無かった私に、自称・恋愛育成ゲームマスターの友人、町田瑠璃子がお古のゲーム機をくれた。
何本かお勧めのゲームも貸してくれたが、いまいち気にいらず、私は中古ゲーム店で自分好みのゲームを買う事にした。
ジャケットの絵が気にいって、私が買ったゲームがコレ。
内容なんて見ていなかった。
翌日、学校で瑠璃子にゲームを見せると、凄く嫌そうな顔をされた。
瑠璃子曰く、コレは発禁寸前の訳ありゲームなのだという。
攻略対象が全員病みキャラで、バッドエンドが酷すぎる上に、難易度が無駄に高く、なかなかトゥルーエンドに辿り着けないらしい。
ゲームをやり始めて、すぐに分かった。
私はゲームの才能がない。
やってもやっても、辿り着くのはバッドエンドばかり。
攻略本にある、全てのバッドエンドを経験して、次こそはトゥルーエンドを、と思っていた所で、私は死んだ。
「だが、所詮ゲームの世界だろう?
攻略本通りに進めれば、普通にトゥルーエンドを迎えられるさ」
兄は気楽に言った。
「攻略本を読んでいれば、ね」
私の一言に、兄が顔色を変えた。
「まさか、読んで、ない、のか?」
そりゃそうだ。
読んでいたら、いくらゲーム音痴でも、トゥルーエンドに辿り着けただろう。
瑠璃子に攻略本を読んだら、楽しみが半減する、と聞かされ、最低限しか読まなかったのだ。
「馬鹿かっ!?
攻略本を読まないのは、上級者だけだ!
初心者なら、ゲームを始める前に攻略本を熟読しておけっ!」
ごもっとも。
私もこの世界に来ると知っていたなら、攻略本を一字一句漏らさず、暗記してましたさ。
それから、私達は如何にしてこの世界で生きていくか、について話し合った。
攻略対象は5人。
いずれも病みキャラで、バッドエンドでは、ヒロイン並びにその家族も不幸のどん底に突き落とされる。
家族は良くて北国に左遷、悪ければ火炙りか斬首、と言うと、兄は絶望的な顔になった。
バッドエンドの中で、一番ましなのは、修道女エンド。
攻略対象の誰とも関わらず、恋愛もせずにいると、ヒロインは修道院に入れられ、そこで生涯を過ごす事になる。
家族は出世せず、一生ヒラの軍人のまま。
私はこの修道女エンドを強く勧めた。
修道院で一生を終える?
火炙りや斬首に比べれば、天国じゃないか!
兄は不満そうだったが、やはり火炙りや斬首よりはマシ、と考えたのだろう。
最後には賛成してくれた。
そうと決まれば、これからは、恋愛フラグをへし折りまくるぞ!
目指せ、修道女エンド!