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未確定プライド

作者: タカヒロ

富士川あたりを通り過ぎて車窓に目をやるとそこには山頂付近に白い化粧をまとった大きい山がたたずんでいる。東京からは運が良ければ見えるものの毎日おがむことができるのはここ静岡の特権であると言える。高校の頃に毎日見ていたなんてことない風景は1年も経つとありがたみを感じてしまうものであるとしみじみ思う。今日は午後から一雨降る予報なので西側には厚い雲が暖かな陽を遮る。あと3.40分すれば実家の最寄駅に着くはずだ。電車は晴れ間が広がる東の方向とは逆の暗雲立ち込める西へ足早に向かう。その中で今日起きた些細なことと言えばそれまでではあるが1年前の自分ではあまり想像のできない行動について考えた。

まず、なぜ俺は西へ向かっているのか。それは実家に帰るためである。端的に言えばそれまでになってしまうが、一つ理由を付け加えるのであれば親戚の葬式である。ただ、親戚と言えどそこまで面識はないし話した記憶も脳内には保存されていない。今乗っている電車も東京から静岡に1番安く帰ることのできる鈍行の乗り継ぎである。お金のない学生からすると『金>時間』は当然なのだ。浜松行きの車内には沼津を超えたあたりから人が少なくなって今は椅子の角を簡単に取ることができる。東京では考えられない光景だが人がいないというのもまた落ち着かないものなのだ。こうして今日の自分を振り返ったりしてしまうほどに暇なのである。だから今ちょっとした与太話に付き合って欲しい。

今日俺は静岡の実家に帰る予定であった。しかし朝一番に行く必要もないので少しの時間お金を賭けに行った。これは前日のバイト中にも考えていたことなので今日の予定に組み込まれているものだと言っていいだろう。もちろんギャンブルなので勝てばお金が増えるし負ければお金がなくなる。勝ちを考えない賭けもないが、負けを考えない賭けもないもので負けも十分に頭に入っていた。ただ、前提として学生なのでお金がないことも確かで所持金は鈍行を使った上でギリギリ往復できる金額しか持っていない。だから賭け事をしつつもう一個の目的として時間を潰すというのもある。俺は総合的な観点から朝一で賭けに向かった。ここまでは予定通りにものごとが進んでいたのだが、予定というのはあくまで予定であることをこのあと痛く知った。

ここまでの話の流れである程度わかるであろうが、俺は負けた。ただ予定通りの負けよりさらに多く負けてしまった。ギャンブルというのは怖いもので負けを取り返すのにさらに多くのお金を賭けてしまう。そうして投資だけがかさんでいき俺の手元には往復切符を買ったとして80円ほどしか残らない金しか持っていない。これは想定外のことで酷く焦った。まだ冬であるのにも関わらず背中には汗が流れ体全体が熱を帯びている。ここで家に帰った場合80円しか残らない。ただ、交通費だけが問題ではないのは学生にもわかることで明らかに追い込まれている。ここで親を頼る人も少なくないだろう。しかし俺のポリシーとして親に金を無心するのは醜いものであると決めているため選択肢として消える。ではどうやってお金をつくるのか、時間もない中俺はひたすらに脳を働かせる。人間はおかしいものでこういう時が1番頭が冴えるものである。スマホからの情報を頭で処理してかつ視野も利用して最善の策を探る。そこでたまたま目に入ったものがある。これを利用すればお金が増える可能性が十分にあり、窮地を乗り越えられる確率も高い。先に言っておくが消費者金融でもなければ闇金でもない。これは安全かつ平和的な手段である。ただ一つ犠牲にしなければならないものがあるとすれば自分自身の好きなことといえる。俺は家に一旦帰り必要なものを準備して再びそこへ向かうことにした。あまり時間もないので負けに苛立っている場合ではない。乱暴に扉を閉めて鍵をかけ家を飛び出した。

これが今日の些細な出来事である。第三者から見たらギャンブルなんてするから好きなものを失ってしまうと思っているだろう。ただ、問題はそこにはないと俺は考える。親に金を借りることと好きなものを天秤にかけた時自分の小さなプライドが何十時間も費やした好きなものに負けることが問題だと思う。ここまでの内容からわかるかもしれないが俺はゲームを売りに行った。俺はゲームが好きで暇があるとゲーム機を手にしていると言っても過言ではない。もしかしたら仕送りを前借りできるかもしれない、祖母などにお小遣いをもらえるかもしれない、このような未確定な希望もあった。しかし今の俺に未確定な要素を信じ切ることができなかった。事実として母にお金がないことを車内からメッセージで送ると仕送りの前借りを許可してもらえた。初めから素直にSOSを送っていれば身を切らずに済んだのにプライドが邪魔をして大事なものを無くしてしまった。結果論と片付けてしまうのは簡単だ。未確定な要素を全て排除した上で現実的な答えを出したことには納得している。ただ、胸の奥底で未確定な要素を信じても良かったかもしれないと考えてしまう。

列車は西に進み続ける。分厚い雲は太陽を取り込み青空を消していく。俺は深く息を吐くと列車は暗いトンネルの中に消えていった。

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