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打ち解けあって、平穏になって、それから。

これにて「アタシが僕になる!」の裏ストーリーは完結です。

「ん……」


 僕が意識を取り戻したのは……お父さんの背中の上だった。僕はどうやらお父さんに背負われて移動しているらしい。

 声をかけようとしてとある光景が目に飛び込んできたので、息を飲んで推し黙る。


「圭織どうしたの?」


 前から歩いてきた依織さんがお父さんに話しかけたからだ。

 僕はまだまぶたを閉じたまま狸寝入りをする。よく考えたらいくら依織さんがいるとはいえ、お父さんに彼氏の件で問いただされると答えに窮してしまう。

 二人はそんな僕に気付かず廊下で立ち止まって会話を始めた。


「多分体調不良だろう。昨日からだろう? 始まったのは」


「まあね。お父さんたちは今夜どうするの?」


「医者はまだ目が離せない状況といった感じの口ぶりだった。母さんが目を覚ましたこと自体が奇跡だ。俺たちはここに泊まっていく。依織は圭織の面倒を見てくれないか」


「うん。じゃあ悪いけど圭織を私の車まで運んでもらえないかしら」


「ああ」


 そう言って依織さんとお父さんは揃って歩き出す。


「……しかしまだまだ子どもだと思っていたのにいつの間にかこんなにも成長したんだな」


「そうね」


「まさか彼氏まで連れてくるとはな」


 やっぱり寝たふりしてて正解だった。僕は狸寝入りを続けながらそう安堵する。


「その彼氏のおかげでおばあちゃん目を覚ましたようなものじゃない。感謝しないとね」


「全くだ。世の中不思議なことだらけだ」


 お父さん? しれっと四枝さんに彼氏が出来たことも不思議なことに入れてませんか?

 そんな僕の疑問は解決されることなく、僕たちはお姉さんの車に到着した。

 そして僕はお父さんの手で優しく後部座席に寝かせられる。


「依織。圭織を頼む」


「お父さんたちこそ無理しないでね」


「ああ。交代で見るつもりだ」


 そして後部座席が閉まってしばくらくして。


「おはよ、悠介くん」


 と後部座席のドアを開けて座り込んできた依織さんに声をかけられてしまった。

 依織さんなら寝たふりを続ける必要はないだろう。僕はそう判断して声を出す。


「いつから気付いてました?」


「お父さんと会った時かな? お父さんからは悠介くんの顔見えてないから気づけなかったと思うけど、私は真っ正面だったからね」


「四枝さんの彼氏絡みの話題振られるのがちょっと困って。もし僕の姿の四枝さんと出会って言ってることが違ったら困りますから」


「まあそうだね。で、おばあちゃんとどんな話したの?」


「ええと……」


 僕はおばあさんからの話をかいつまんで話す。

『まぐわう』も喋った。だってこれが戻る条件なのだから。


「戻れそうなのは良かったね。戻る方法はあれだけど……」


 話を聞き終えた依織さんの言葉も歯切れが悪い。そりゃそうだろう。依織さんもセクハラをする方だけどそのものの話はさすがにしない。


「やっぱり初めてって……痛いんですか?」


 僕は心の準備を整えようと依織さんに聞いてみる。が顔を赤くして口ごもる依織さんを見た途端後悔した。これこそセクハラだ!


「ご、ごめんなさい依織さん、そんなつもりじゃ」


「ううん、頼られるのは嬉しいんだけどね……。私も未経験でさ、そっち方面アドバイス出来ないんだよね」


 たはは、と赤い顔をかく依織さん。


「ま、まあ? 生理と一緒でそれも人それぞれらしいし? 男に戻ったら絶対に経験出来ない体験なんだから、初体験の感想あとで私に教えてよ」


「ううう」


 セクハラ返しされてしまった。

 いや男に戻ったら女の子のあそこでまぐわうのは出来ないけど……進んでしたいわけでもないんだよなぁ。

 その後依織さんは四枝さんを迎えに病院の待合室に戻り、僕は後部座席でお腹をさするのだった。






 そして依織さんとともに帰ってきた四枝さんは僕が決死の覚悟で抱いた覚悟を打ち砕いた。


「まぐわうはおばあちゃんのウソだって」


「……」


 僕は開いた口がふさがらない。依織さんは大きなため息をついて「そう言えばそういうこと言うおばあちゃんだったわ……」と頭を抱えている。


「それ聞いて気絶しちゃう倉崎くん可愛いねーって言ってた」


 そうか、僕を可愛がって弄ぶのはどうやら四枝家の血筋らしい。


「ハダカで抱き合うだけでいいんだって」


 ……。

 まぐわうより確かにハードルは下がったけど……それはそれで抵抗がある。でも。だけど。


「僕は早く元に戻りたいよ」


 僕は即答した。


「四枝さんの体がイヤってわけじゃなくて、このままだと自分が誰だか分からなくなりそうで怖いんだ。僕も家に帰りたいし、四枝さんだって家族にちゃんと会いたいでしょ?」


「うん、そうだよね。でも今すぐ戻るとみりあが……」


 なぜか四枝さんが口ごもる。どうして上浜さん? 四枝さんは何を考えているんだろう……。


「ああ……今のままだと僕は上浜さんを振ってる状態なんだね、でも四枝さんと上浜さんの仲は問題ないんじゃないかな? 元々僕と上浜さんはそこまで仲が良いわけじゃないんだから」


 四枝さんは僕と上浜さんの関係を心配しているのだろう。

 だけど僕と上浜さんははじめから仲が良かったわけではない。今週僕らが入れ替わって関係が一時的に作られただけ。

 あの可愛らしい笑顔は僕にではなく、四枝さんに向けられたものだ。


「ええとね」


「好きだった男と仲が良い圭織、振られたみりあちゃん、少しはぎくしゃくするかもだけどあんたとみりあちゃんの絆はそんなものじゃ壊れないでしょ」


 僕と依織さんの言葉に、それでも四枝さんは何かを言い淀んでいる。

 そんな四枝さんの様子に僕と依織さんは黙って四枝さんの言葉を待つ。

 戻る条件は分かってる。それを行うことに心理的障害以外に問題はない。

 だから僕も四枝さんも後悔なく後腐れなくこの入れ替わりを終わるべきだ。


 やがて意を決したかのように四枝さんが声を発する。


「お姉ちゃん、倉崎くん、アタシしたいことがあるの」


 僕と依織さんは黙って顔を見合わせる。そして頷く。


「そのしたいことであんたが体を元に戻すことに納得できるんなら、聞かないわけにはいかないじゃない」


 そう言って依織さんが四枝さんの頭を乱暴に撫でる。


「僕の体で変なことしなければいいよ」


 四枝さんが暴走さえしなければ僕だって問題ない。

 そして四枝さんがしたいことを僕たちに告げる。






 病院の駐車場で依織さんが電話をかける。相手は……僕の家。


「うちの祖母を元気づけるために倉崎くんが妹の彼氏を演じてくれまして。……はい、はい。無事目を覚ましてくれましたので、倉崎くんにはぜひご馳走したいとうちの両親が。はい」


 おばあさんを元気付けるために僕は四枝さんの彼氏を演じてお見舞いに行き、元気になったので四枝家にお呼ばれしてご飯を食べて帰るので遅くなります。帰りは四枝さんの家から車で帰ります。

 というストーリーを依織さんが説明する。


「最近仲良くなってて、何か力になれないかと思って……、え? ちゃんとした話はまた家に帰ってから話すから、まずは落ち着いて!?」


 続いて代わった四枝さんが倉崎悠介として僕の家族と通話。

 ……電話の向こうが大騒ぎになっている様子がかすかに聞こえる。これは盛大に勘違いされている。

 電話を切った四枝さんは何かを決意したようにうん、と力強く頷いていたから


「これ以上話をややこしくしなくていいよ!」


 と釘を刺したけど納得していない様子だった。……もし釈明しようと四枝さんが僕の家に来たりでもしたら、勘違いがさらに進んでしまう。


「強情というかなんというか」


 準備を済ませ車を発進させた依織さんが首をひねりながら言う。運転は病院に来た時よりも丁寧になっている。

『強情』、それはもちろん四枝さんの考えだ。


「そうかもしれない。倉崎くんの姿したアタシにはみりあは会ってくれないかもしれない」


「でも会わなきゃいけない」


 四枝さんは決意を新たにする。


「僕は少し恥ずかしいけど反対しないよ。四枝さんと上浜さんの仲を取り持つことに少しでもお役に立てれば」


 四枝さんの計画では僕は特に変なことはしない。

 四枝さんの上浜さんに対する覚悟に巻き込まれるだけ。

 でも確かにそうしないと上浜さんは僕たちの話に耳を傾けてくれないだろう。

 そう考えをまとめると僕は大きなため息をついて後部座席で横になった。

 この痛みとももうすぐオサラバだ。

 名残惜しくはない。ただ明確な終わりが見えれば頑張れる。


「じゃあお姉ちゃんお願い」






 そして四枝さんの家に僕と四枝さんは帰ってきた。

 依織さんは僕たちを降ろすと雨の中そのまま車を発進させて行ってしまった。

 僕は勝手知ったる居間のソファに身体を横にして痛みに耐えている。久しぶりに家に帰ってきた四枝さんはそんな僕の横に座って黙って僕のお腹をさすってくれている。

 自分の身体だからこそ痛みが分かるんだろう。


「もうすぐ元に戻ってその痛みから解放するからね、ありがとうね」


 さすりながら四枝さんがお礼を言う。これはこの痛みを一時でも引き受けた僕に対する礼だろう。


「僕これから女の子には優しくできそうだよ」


 男には生理がない。毎月身体の不調もない。だから生理に対して無理解な男も多いだろう。僕も先週まではその一人だった。

 だけど僕は経験してしまった。こんな状態の女の子は出来るだけ労ってあげたい。

 女の子に分かるようなアクションは却って引かれてしまうだろうから、あくまでそっと、だけど。


 雨が窓を打ち付ける音が響くだけの、静かな時間が過ぎていく。


「!」


 四枝さんが何かに気付いてソファから立ち上がる。どうやら依織さんが帰ってきたようだ。

 僕もゆっくりと身体を起こして立ち上がると、思い詰めた表情をしている四枝さんの手の上に自分の、四枝さんの手を置く。


「いよいよなんだね。頑張って、四枝さん」


「ありがとう倉崎くん。うん、頑張る」


 そう言った四枝さんの顔はいつも通り、自信に満ち溢れた顔だった。……元に戻った僕もこんな顔が出来るように頑張ろう。

 僕たちは玄関のスリッパを横にどかすとそこに並んで正座する。そして玄関が開く前に頭を下げる。

 そう、土下座だ。僕たちは土下座を始めた。


 しばらくして玄関のドアが開く音が聞こえてくる。


「ただいまー……って何事!?」


「倉崎くん……!?」


 上浜さんと依織さんが驚いて息を飲む様子が伝わる。だけど依織さんにはこうすることは事前に伝えてある。


「……私帰ります」


 しばらくして普段より少しよそよそしい声の上浜さんがそう声を出した。


「ま「待ってみりあちゃん」


 四枝さんが顔を上げて上浜さんに声をかけようとするより先に依織さんが声をかけた。

 僕もつられて顔を上げると、上浜さんの手はドアの取手にかけられて今にも出ていきそうだったのを、依織さんが空いた腕を掴んで止めているところだった。


「帰るときはもちろん送るから、その前に圭織たちの話、聞いてあげてくれない?」


 優しく諭すような依織さんの言葉。

 でも上浜さんは俯いたままだ。


「……お姉さんは知っているんですか?」


 やがて上浜さんが震えるように声を絞り出す。


「何を?」


 上浜さんの問いに依織さんは優しく問い返す。


「私と……倉崎くんのことです」


 そっと依織さんの顔を見上げる上浜さんに、依織さんは小さく、だけどまっすぐに顔を見て頷く。

 そのとたん。


「……っ、どうして」


 顔をくしゃくしゃにした上浜さんが依織さんに両手でしがみつく。


「どうして、どうして私と倉崎くんのことを依織さんが知っているんですか!!」


 上浜さんの絶叫が玄関に響く。

 上浜さんが僕の姿をした四枝さんに告白したのは昨日だ。四枝さんの姿をした僕は昨日今日と学校を休んでいる。

 部外者である四枝さんやそのお姉さんである依織さんが二人のことについて知っているわけがない。

 上浜さんからすれば筋が通らない。


 四枝さんからすれば上浜さんからの告白は倉崎悠介の体だけでは判断できないから倉崎悠介の魂である僕に相談するのは当然の話。だから僕は知っている。依織さんが知っているのは……まあ流れだけど。

 でも誰にも悪意はない。あるのはただ、すれ違い。


「圭織と倉崎くんはホントは付き合ってて、お姉さんにも話してて、私はただの笑い者だったってこと!?」

「違う!!」


 思わず四枝さんが大声を上げてしまう。だけど四枝さんの言葉は混乱の最中にある上浜さんには届かない。


「どうして倉崎くんが圭織の家にいるの!?」


 そう言って上浜さんが僕の姿をした四枝さんを指差す。時刻はすでに夕食どき。そんな時間に女子の家に上がり込む男子なんて、しかもその家の家族に受け入れられているだなんて。どう考えても最悪の考えしか出てこない。


 何もせずただ元に戻ればこんな修羅場はなかった。

 四枝さんと上浜さんはケンカもせず、僕と上浜さんは以前よりギクシャクして、僕と四枝さんはそんなこともあったねと忘れていく。

 だけど四枝さんはそれをよしとしなかった。


「しかも二人して土下座なんてして! 私に言えない後ろぐらいことがあるからなんでしょ!!!」

「アタシは圭織なんだ」



「は……?」



 僕の姿をした四枝さんの唐突の告白に上浜さんは再び固まってしまった。

 当然だろう。いきなり僕が四枝さんの口調を真似て四枝さんなんだ、と告白したのだから。

 だけど上浜さんには悪いけど続けるよ。


「僕が倉崎悠介です」


 そう言って僕は胸に手を置いてそう名乗る。


「な、何言ってんの二人とも。そんな冗談面白くない」


 僕たち二人の突拍子もない告白に狼狽える上浜さん。

 四枝さんは立ち上がってほんの少しだけ上浜さんに近付く。身を守るように両手で体を抱きしめる上浜さん。


「月曜日のアタシと火曜日のアタシ。月曜日の倉崎くんと火曜日の倉崎くん。様子がおかしくなかった?」


 四枝さんは自分の記憶を探るように上浜さんに優しく語りかける。


「クラスのサル共と大乱闘する倉崎くん。格好良かったけど普段倉崎くんあんなだっけ?」

「火曜日の朝のアタシの姿はさすがにアタシでも恥ずかしかったよ。男嫌いのアタシがあんな隙だらけの姿を見せるっけ?」



「……わかんないっ!!!」



 四枝さんの言葉に上浜さんはいやいやをするように首を振ると再び玄関ドアに手を伸ばした。


「あっ」

「待って!!!」


 でも今度は依織さんも上浜さんの腕には届かなかった。

 上浜さんは小柄な身体でするりと玄関から滑り抜けて強い雨が降りしきる暗闇に走り去る。


「バカみりあ!!!」


 四枝さんはすぐに靴を履いて上浜さんを追いかけ外に出ていった。






「本当にこれで良かったのでしょうか」


 玄関で膝をついたままの僕のそんな呟きに


「みりあちゃんには隠し事をしたくなかったんでしょ。それに今圭織が抱いている気持ちはそれこそ今この状況じゃないと伝わらないわ」


 依織さんはそう答えて家に上がる。それに続いて僕も立ち上がり依織さんの後に続く。


「……そうですね」


 四枝さんのやりたいことはすでに車の中で聞いている。

 それは上浜さんに僕たちが今週入れ替わっていたことを話すことだった。

 そうするには僕の姿である四枝さんはこの家で僕と一緒にいる必要がある。

 昨日告白した相手が親友の家に二人でいる。

 これは恋仲を疑われても仕方がないし、親友にもヒビが入る。

 それでも。

 上浜さんを誤解させたこと、困らせたこと、その他諸々全部、洗いざらい喋りたい。

 そして、おそらく。

 四枝さんは自分の気持ちも伝えたいに違いない。

 昨日告白を断ったのは『倉崎悠介』という体面。

 でも四枝圭織としてはどうなのだろう。

 僕と依織さんは戻ってくる二人のためにバスタオルやお風呂の準備を始めるのだった。






 遠慮がちに開いたドアの向こうからびしょ濡れの四枝さんと上浜さんがばつが悪そうな顔をのぞかせる。


「おかえりなさい」


 僕はそう言ってバスタオルを二人に手渡す。


「みりあに告白してフラれた、水もしたたるいい男です」


 ……やっぱり四枝さんは上浜さんに告白したらしい。僕はそんな冗談めいた言葉に思わず笑みが溢れる。


「だから圭織は私を今見れないんだね、納得」


 そう言う上浜さんもびしょ濡れでブラウスは透けブラがしっかり見えている。僕はそれに気付いてすぐに目を逸らしたけど何故か上浜さんが僕の視界に回り込んでこようとする。

 もうこの身体の中身が僕だって気付いているはずなのにどうして!?


「あんたたち仲直りしたんならお風呂入りなさい!!! 風邪ひくよ!」


 玄関口で騒ぐ僕たちに依織さんが雷を落とす。


「圭織、一緒に入らない?」


 そう言って上浜さんが僕の体の四枝さんをお風呂場に連れて行こうとしたり。


「悪くないけど、男の子のアレが臨戦態勢になっちゃうからなー」


「やめて!?」


 そう言って一緒に入りそうな(もちろん冗談だと分かっているけど)四枝さんを慌てて止めてみたり。

 二人がお風呂から上がったあと(当然別々に入ってる)依織さんが取ってくれた出前のお寿司をみんなで食べたり。

 ようやく僕たちは三人きりで話をすることになったのだった。






「現状は納得したけどやっぱり信じられない……」


 上浜さんは僕たちが手渡した二つのスマホのSNS履歴を見終わると、首を振ってテーブルに突っ伏した。

 もちろんさきほどおばあさんから聞いた話もすでにしている。


 ここは四枝さんの部屋。

 夕食後、僕たち三人は二階の四枝さんの部屋に集まっていた。

 上浜さんは事前に聞いていたのかお泊まりセットを持ってきていてそれに着替えていた。

 僕はこの身体に合う四枝さんの部屋着を、四枝さんは着替えがないためお父さんのパジャマを着ていた。

 僕は、僕の体は上浜さんのようにこの女子の家には泊まれない。元に戻れば僕はこの家から自分の家に帰ることになる。唯一着て帰れる服は濡れた制服だけのため、依織さんが一生懸命乾かしているところだ。


「倉崎くんは我が物顔で机の椅子に足組んで座ってるし、圭織はお客様みたいにこっちに座ってるし……、明るいところで改めて見ると違和感しかないよ」


「この部屋の本来の持ち主だしね……ごめん、僕はちょっと横になるね」


 そう言って僕はストールをお腹にかけごろんと床に横になる。


「倉崎くん、ベッドに寝てていいのに」


 四枝さんの言葉に僕は寝ころんだままふるふると首を横に振る。


「さすがに正体バレたのに四枝さんのベッドに寝る勇気は僕にはないよ……今は横になってるだけで楽だから」


「……男の子で圭織の生理は辛いよね」


 僕の言葉に上浜さんが沈痛な表情を浮かべる。


「これはもう入れ替わったタイミングが悪かったとしか……」


「結局さ、私は圭織にフラれたの? 倉崎くんにフラれたの? そもそも私どっちが好きなのさ」


 上浜さんはテーブルに突っ伏したまま両手でバンバンとテーブルを力無く叩く。そりゃあ……


「四枝さんが入った男の子?」

「アタシかなぁ」


 自信のない僕に対して自信ありげな四枝さん。


「さっきまでの私がバカみたいに思えてきたよ……」


 僕たちの言葉に上浜さんが足をバタバタさせる。

 床に寝転んで上浜さんのほうを見ていた僕は、ばたつかせたしなやかな足の向こうに純白を見てしまい慌てて顔を逸らす。


「そもそもさ」


「圭織たちの言葉の通りなら明日には元に戻ってるんでしょ? どうしてこんな急に私を呼んだのさー」

「しかも『借りを返してほしい』だなんて。元に戻ったあとなら問題なしじゃん」


「……そうだね」


『借り』という話は四枝さんから聞いていない。

 でも今日の夕方急に上浜さんをお泊まりに呼び出せるほど重い話であることに間違いはないだろう。


「アタシにはそれくらい大事な話だったから」

「私をイジメから助けてくれた時くらい?」

「そう。みりあをフったこの体でみりあにアタシの好きを伝えたかったんだ」

「そっか」


「……」


 これは四枝さんと上浜さん、二人だけの大事な話だ。

 僕はそう判断して身体を起こすと部屋を出ようとする。だけど


「倉崎くん待って」


 四枝さんが僕を呼び止める。


「さすがに僕が聞いちゃいけない話じゃない、それ?」


「聞いてほしいかな」


 そう口にした僕の言葉を四枝さんは受け流し、僕に同席を求める。


「倉崎くんにはみりあの味方になってほしいからね」


「別に話聞かなくても僕は……」


 ただの隣の席だった女の子とその親友の女の子だった先週と違って、今は四枝さんと上浜さんに対して親近感を抱いている。この二人を守ることにためらいはない。


「いやいや」


 四枝さんが悪い笑みを浮かべる。


「秘密の共有者になってもらうんだよ」


「ええ……」


 絶句する僕の手を引いて僕は四枝さんのベッドに寝かされる。

 四枝さんは止まらない。聞かせてくれるなら聞こうじゃないか。


「みりあもいいよね? アタシと倉崎くんは今半分アタシで半分倉崎くんだし」


「倉崎くんなら……いいよ」


 上浜さんがそう言って僕を受け入れてくれたことに僕は安堵した。






 小学四年生の頃。

 上浜さんはイジメを受けていたらしい。

 上浜さんには何の非もなく。その時イジメられていた子と仲が良かった、ただそれだけである日からイジメのターゲットは上浜さんに変わり、イジメられていた子は上浜さんから離れたそうだ。


 四枝さんがそれに気付いたのは上浜さんがイジメられてからまもなく。

 いつも一緒に登下校するグループの中に上浜さんの姿がなかったかららしい。

 探してみると上浜さんは後方も後方、何百メートルも離れたところを一人で歩いていたとこに姿を探していた四枝さんは声をかけ、徐々に仲良くなっていったそうだ。


 そんなある日、四枝さんは上浜さんがイジメられている経緯を聞き。そして。






「そこでも暴れたの……?」


 僕はそんな四枝さんが大暴れした話を聞いて呆れてしまった。


「そ。私がイジメられてる現場に突然入ってきて大暴れ。イジメっ子の中にはケガした子も出ちゃったよ」


 上浜さんがが当時を思い出しながら言う。

 力無くテーブルに寝そべってそう言う上浜さんには、そんなイジメられていたという過去は少しも見えない。


「で、アタシは先生たちに怒られたんだけど、その前のイジメられっ子の声もあって、イジメっ子たちからのイジメはなくなったんだ」


「そうなんだ……結果的には良かったね」


 そう話をまとめようとした僕の言葉を、四枝さんは人差し指を立てて横に振る。


「ただね……アタシたちクラスの女子から無視されるようになったんだよね」


 上浜さんへのイジメはなくなったが今度は四枝さんと上浜さんは女子たちから無視され始めるようになったという。

 イジメっ子たちの中に女子のグループリーダー的存在がいたのか、単に四枝さんが怖かったのか、それはわからないみたいだけど。


「さすがにこれにはアタシという原因があるしね……先生たちも何も出来ないみたいで」


「でもさ」


 頭をかく四枝さんに上浜さんが優しい笑みを浮かべてそっと言葉を繋ぐ。


「私は圭織の行動で救われたんだよ。だから助けてもらったこれが『借り』」


「アタシはそんなのいいって言ったんだけどね。アタシの言動だと遅かれ早かれ女子の敵作ってたと思うし」


「もう『借り』なくなったからいいじゃん」


「ねえ倉崎くん。アタシたちが他の女子と絡んでるところ見たことないでしょ?」


 そして四枝さんが僕に話を振ってくる。だけど


「ごめん、あまり二人を観察してはいないから……。二人は特に仲がいいなって思ってたくらいだよ」


「じゃあこれが真相。実はアタシたち中学生になっても友達少ないんだ。小学校から同じ学区の子がほとんどだし。だからこんな馬鹿げた機会で悪いんだけどさ、アタシたちと友達になってくれない?」


 そう言って四枝さんはテーブルに突っ伏していた上浜さんを立ち上がらせると二人で僕が寝ているベッドに近付き、四枝さんは右手を、上浜さんは左手を差し出してきた。僕は身体を起こしその手を両手で迎え入れた。


「僕で良ければ喜んで。これからもよろしくね、四枝さん、上浜さん」






「さて、では元に戻ろっか」


 四枝さんはこともなげに僕に声をかけてきた。


「上手くいくといいね、じゃ私は外に出てるよ」


 そう言って立ち上がった上浜さんの手を四枝さんがしっかと捕まえる。


「ここにいてよ。元に戻ったアタシたちを見たらしっかり納得できるからさ」


「ええ……、もう納得したし、圭織のはだかを見るのは別にいいんだけど、く、倉崎くんのハダカを見ちゃうのはマズいんじゃないかなっ!?」


 顔を赤くして言ってくれる上浜さんの言葉は本当はすごくありがたい。だけどね。


「四枝さんにへそ曲げられて困るのは実は僕なんだよね……。四枝さん僕の体気に入ってるし」


 そう真理を力無く呟く僕の肩を四枝さんは気軽にぽんぽんと叩く。


「倉崎くんもみりあにはオンナノコの身体のお世話になったでしょ? 少しくらいみりあにも役得が有ってもいいんじゃない?」


 ああもう、四枝さん悪い顔してるなぁ。


「僕の体を見て役得と思うかはわからないけど、まあ、もう、早く戻りたいからいいよ」


 僕はそう言って承諾する。


「すぐ済むからね」


 そう言って僕と四枝さんは上浜さんの目の前ではだかになり始めた。


「……」


 いっそ男らしく服を脱ぎ捨てた四枝さんの、僕の裸体を見て上浜さんがごくりとのどを鳴らす。ええー。

 そんな状況だからなのか四枝さんがそういう気分なのか。男のアレは臨戦体制になっていらっしゃる。


「ぬ、脱いだよ……」


 この身体は生理中だ。汚れてしまってはいけない。慎重に服を脱いでいたため時間がかかってしまった。

 四枝さんが正面から僕の身体を抱き締める。

 僕の体は四枝さんの体に比べると大きくて包まれている気分になる。


「倉崎くんもアタシを抱き締めて?」


 そう言われて僕も四枝さんの腰に手を回す。

 そうすると四枝さんの身体の胸が僕の体に密着してしまい、お腹でアレがさらに大きくなるのを感じてしまう。

 変な気分になるから早く戻って!!


「目を瞑って祈ってみよ? 元に戻りたいって」


 そして僕と四枝さんは目を閉じただひたすらに念じていく。


 元の身体に戻りたい

 元の身体に戻りたい

 元の身体に戻りたい

 元の身体に戻りたい

 元の身体に戻りたい

 元の身体に戻りたい

 元の身体に戻りたい

 元の身体に戻りたい

 元の身体に戻りたい―――


 ……


 …………。








 僕は目を開け体を確かめる。

 聞こえてくる声はソプラノの可愛らしい声ではなく、聞き慣れた声。下を見れば僕の身体についていた、大きく視界を遮っていた二つの山は姿を消し、股間にも確かな存在を感じられる。


「戻った……?」


「……」


「戻ったー!!!」


 大声を上げて四枝さんは慌てて僕から身体と目を離す。僕もすぐに四枝さんの裸体から視線を切る。


「倉崎くんはあっちを向いて着替えるんだよ!」

「はい!」


 上浜さんに言われるまでもない。僕は四枝さんたちとは反対側を向いて服を着込んでいく。

 そして着替え終わると


「元に戻れました! 帰ります!」


 僕は階下の依織さんに声をかけつつ四枝さんの部屋を出た。







「おめでとう、良かったわね」


「はい、今までありがとうございました!」


 元の身体に戻ってみると依織さんはそこまで身長が高くないことに気付く。この女性に僕は色々お世話になっていたんだ……。


「入れ替わってたと知ってると、圭織が入ってた頃とは確かに雰囲気が違うわね」


 そう言って依織さんは僕の頭を撫でようとする。


「それでもたまには私のことお姉ちゃんって呼んでもいいからね」


「さすがにそれは……」


 恥ずかしい。


「何かあったら相談に乗るから。私は悠介くんのお姉ちゃんでもある気だよ」


「それは……ありがとうございます」


「うんうん。制服だけどこれくらいでどうかな」


 そして僕は帰る準備を始めた。







「お世話になりました」


 階下に降りてきた四枝さんと上浜さん、依織さんを前に僕は頭を下げる。


「可愛い妹が出来て私は楽しかったわ」


 依織さんがそう言って四枝さんのジト目を軽く受け流してわざとらしいため息をはく。


「倉崎くん、たくさん倉崎伝説作ってゴメンね?」


 倉崎伝説。

 中身が四枝さんの僕はとても男らしくて格好良かった。


「あー……、上げている話ばかりだし、気にしないよ。それより僕こそ四枝さんを演じきれなくてごめんね」


 僕はそう言って頭を下げる。

 僕が演じた四枝さんは率直に言って酷いものだった。女の子初心者だからというのはあまりにも失敗が多すぎた。


「私は倉崎くんが節度ある男子ってことが分かって良かったかな。圭織と比べても女の子の身体で変なことしてなかったし」


「あはは……」


 上浜さんの言葉に僕はなんとも言えず明後日の方を向き、四枝さんは乾いた笑いをこぼす。


「あんたは倉崎くんの爪の垢でも煎じて飲みなさい」


 依織さんはそういうけど、みんなして僕を上げすぎな気がする。


「それじゃあまた来週。これからよろしくね、倉崎くん」


 四枝さんと上浜さんが出した手を僕は握る。

 依織さんがそれを意味ありげに横目で見ていた。


「それじゃあ」


 そして僕はこの一週間足らずの女の子生活を終え家に戻る。

 僕は平凡な、だけど平穏で幸せな日々を取り戻した。








「これが……」


 家に帰り、お母さんの『四枝さんってどんな女の子なの? 彼女なの?』という鬱陶しい声を「違うよ!」の一声で振り切り、自分の部屋に戻ってきて。四枝さんに言われたカバンの中にその白い封筒はあった。

 星の形のシールで封がされた、少ししわが入った封筒。

 四枝さんを信じていないわけではなかったけど、未開封なのを確認してほっと胸を撫で下ろす。

 封筒の短い端をハサミで切り落とし、中身を取り出す。

 中にはデフォルメされた動物が散りばめられた女の子っぽい、可愛らしい便箋。


『バスの中であなたが気になっていました。

 あなたが好きです。


 急ぎません。お返事ください。待ってます。


 結城美晴(ゆうきみはる)


 結城さん、かあ。

 僕の気持ちも決まっていたけど、あの子は、結城さんは『好きです』とストレートに告白してきてくれた。

 僕もちゃんと答えないと。

 その夜、僕はうんうんと唸りながら彼女への返事を考えた。







 翌朝、土曜日。

 今日も土砂降りだ。

 四枝さんになっていた間、勉強が全く出来ていなかったので今週の総さらいと、見逃していたアニメを見て過ごす。

 特に何をして過ごしたわけでもないけどしあわせだな、と感じた。


 だけど僕の平穏はここまでだった。


「ん?」


 晩御飯の最中、一瞬にして目の前が真っ暗になってすぐに明るくなった。


「……」


「どしたの、圭織?」


 目の前には湯船から無防備に上半身を乗り出した上浜さんが、いた。


「……」


 上浜さんのなだらかに膨らむ丘とその頂点にある二つの桜色のつぼみの存在をほんのわずかな時間にもかかわらず脳裏に焼きつけてしまった僕は、上浜さんの白い肢体からなんとか目を逸らすとゆっくりと視線を下に向けた。

 そこにはつい昨日まで付いていた、上浜さんのそれより大きい膨らみが二つ、泡に包まれていた。


「圭織?」


 不思議そうに声をかけてくる上浜さんをよそに僕は素早く身体の泡を洗い流すと、身体を拭くのもそこそこにパジャマを着て脱衣所を飛び出した。

 部屋に戻るとすぐにスマホを見つけて慣れ親しんだ番号ーー僕の電話番号にかける。


「もしもし!」


『もしもーし』


 電話の相手は僕の声で嬉しそうに応える。


『あのねあのね、あのあともう無理かなーと思って考えてたらなんとまた! 入れ替わりが成功しました!』


 はしゃぐ僕の声……四枝さんの声に僕は四枝さんの声で叫ぶ。


「何考えてんの!! すぐ元に戻して!!!」


『いやまたずっと考えてるんだけどね、元に戻らなくてさ。また今度でいい?』


「いいわけあるか!!! もっと真剣にやって!!?」


「もしかして圭織……じゃなくて倉崎くん?」


 お風呂から上がって追いかけてきた上浜さんが僕の様子から察して言う。


『あ、そういえばみりあとお風呂だった。みりあのはだか見るなんて許せない!!!』


理不尽な怒られ方をする。どうして上浜さんと一緒にお風呂に入ってる時に入れ替わりなんて考えたの!?


「なら入れ替わること考えるなんてもうやめて!?」


「私は別に……倉崎くんのはだかも見たからあいこかなって」


「上浜さんも落ち着いて!」


 何故か赤くなってそう言う上浜さんの姿に言いようのない悪い予感がしてしまう。





 結局、僕の非日常はまだまだ終わりそうにないのだった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

「アタシが僕になる!」の裏、倉崎くん視点でのお話はどうでしたでしょうか。


なかなかに優柔不断で自分に自信がない彼。

それでも彼に好意を寄せる子は確かにいます。


この先の話は考えていますが、やっぱり反応が少ないと辛いですね……。

もっと自分自信も弾けたいものです。

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