初めての生理
昨日『バレました』を投稿しています。
話の前後にご注意下さい。
「さて」
依織さんはスマホをズボンのポケットにしまうと、僕に向き直った。
「倉崎くん、体調辛いだろうけどお風呂入ろっか」
「えっ」
依織さんの提案に僕は驚く。そんな僕を尻目に依織さんは言葉を続ける。
「倉崎くんの体調不良の原因はね、PMSっていって生理前に現れる心身不調なの。圭織の生理重いからね、PMSもだいぶ酷いみたい」
「なるほど…?」
PMSという単語はさっき依織さんが四枝さんーー圭織さんと話していたときにもチラッと聞こえてきたけど、そういう意味なんだ。
「今もとても辛いと思うんだけど、生理になったらもっと辛くなってお風呂やシャワーも無理になっちゃうかもだから、頑張って入れるうちに入っておこう」
なるほど。
女の子がお風呂に何日も入らないなんてことはないだろう。
それなら今より酷い状態にならないうちに入っておくほうがいいのは理解出来る。
「分かりました。それじゃあ準備するので……」
そう言って依織さんに出て行ってほしいことを暗に伝える。
僕の正体を知ってる人の前で女の子の下着を手に取る姿なんて見られたくない。
むむむーと視線でもお願いしてみたけど通じる様子はなく。それどころか
「そんな困った顔しなくても私も一緒に入るから安心して」
「何に!?」
安心出来ないことを言われてしまった。
中身男だってもう分かりましたよね!?
「体調悪い倉崎くんの補助と、女の子の髪やお肌のお手入れを教えてあげる。安心でしょ?」
「……」
ぐうの音も出ない。
確かに今の体調でふらついたら危ないだろうし、昨日は髪や身体を自分なりの解釈で洗ってしまったけど、ちゃんと教えてもらえるのは大きい。だってこの身体は僕のものではなく四枝さんのものだから。
でも今教えてもらう必要はあるのだろうか……?
「お風呂入ってる間に生理始まって冷静でいられる自信ある?」
無理だ。
どう血が出るのか、どう身体は痛むのか、どう片付けたらいいのか。
想像もつかない。
そしてもう依織さんは味方だ。
身体を委ねるしかない。
「お願いします……」
僕の消え入りそうな声を聞いた依織さんは大きく頷いた。
「お母さーん、今日は圭織と一緒にお風呂入るね」
依織さんがそうお母さんに伝える。お母さんは「はーい」と返事を返す。
どうやら姉妹揃ってお風呂に入ることはここでは当たり前の風景らしい。
「圭織さんが……の時はいつも一緒に入るんですか?」
脱衣所兼洗面室でごにょごにょと尋ねる僕。
依織さんは服を脱ぎながら答える。
「圭織に頼まれたらね、あの子結構汗っかきだから。お風呂入らない選択肢はないみたい。で」
全裸の依織さんはニヤニヤしながら僕のパジャマに手を伸ばす。その勢いで依織さんの胸が僕の眼前に迫ってきて、僕は思わず目を瞑る。
「圭織の裸は見たんでしょうに。可愛い反応するわねえ」
「お、お姉ちゃんは恥ずかしくないの!?」
外に誰がいるか分からない。だから僕は圭織さんモードで小声で反論する。だけど依織さんは僕のパジャマを脱がしながら
「んー、見た目圭織だからかなあ。恥ずかしさはないね。いつもより素直で可愛い妹って感じ」
可愛いはなんだかなあ……。
脱力した僕は依織さんによって素っ裸にされる。
「まだ始まってないみたいね」
どこを見て確認したのか想像もしたくない。
僕は依織さんに背中を押されながらお風呂場へ入った。
「椅子に座って。髪洗うよ」
そう言って依織さんが僕を椅子に腰掛けさせてシャワーを調整してお湯をゆっくりと髪全体を濡らしていく。
「圭織の髪はそんなに長くないから、昨日はそんなに大変じゃなかったでしょ」
「はい」
泡立てたシャンプーで僕の髪を優しく洗いながらの依織さんの質問に僕は素直に答える。
人に髪を洗ってもらうのは本当に気持ちがいい。……のだけど。
依織さんは気づいているのかいないのか。リズミカルに洗う依織さんの身体もまたリズミカルに動いていて。
具体的にいえば時々依織さんの胸が僕の背中に当たっている。
わざとじゃないんだろうし、生まれてから女性な依織さんにとってはちょっと当たったくらいで驚くほどではないのだろう。
だけど、自分の、四枝さんの身体ならともかく、外からの柔らかい刺激は僕にはまだまだ魅惑的な毒だ。
股間が女の子で良かった。男のままだったら今頃元気になっていたことだろう。
「私もまあ、男の人の髪の洗い方なんて詳しく知らないけど、女の子の髪は丁寧に洗ってあげてね」
そう言ってシャワーで丁寧に洗い流す。
言うべきか言わざるべきか。この感覚を後ろめたいと感じる僕ともっと享受したいと感じる僕がいる。
「あの」
「ん? どこかかゆいところあった?」
「いえ……さっきから依織さんの身体が僕に当たってて……」
後ろ暗さが勝って僕は依織さんに正直に告げた。もったいなかったかな、と思う気持ちもあったけどこれでいい。
と、
「ああああもうこんなことで恥じらうなんて乙女か!」
そう言って依織さんはなんてことかそのまま背中に抱きついてきた。
当然依織さんの柔らかい二つの膨らみは背中にぎゅうと押しつけられる。
「いいいい依織さん!?」
「倉崎くん可愛い、可愛いよ! イケナイ性癖に目覚めちゃいそう」
「それは開けちゃダメな扉です!」
一体僕の言動の何が依織さんに刺さったのか定かではないけど、姉妹同士で目覚めさせるわけにはいかない。
「依織さんが気にしないならこちらも嬉しいので!」
とりあえず本心を言うことで依織さんのテンションを下げようと試みる。
「ま、まあまだ中学生だもんね。刺激強いかあ。ちゃんと後で性欲発散するんだよ。あ、女の子のオナn」
「けっこうです!!!」
依織さんのペースに乗ってはいけない。そんなことされたら男の子に戻れなくなる気がする。
そんなこんなでどうにか僕は洗髪を終わらせた。
「身体だけどー」
「一応圭織さんから聞いてます。自分でしますから! おかしかったらその時に指摘してください!」
僕の身体に手を伸ばそうとする依織さんを牽制しながら僕は身体を洗い始める。
優しく、優しく。
胸も、胸の下も、股間も。依織さんに口を挟まれないように心が動かないように無心で洗っていく。
「うん。ちゃんと出来てる。背中は私がしてあげるね」
「はい」
依織さんから出たOKに安堵してほっと胸を撫で下ろす。そしてタオルを渡して依織さんに背中を洗ってもらう。
「圭織ってさ、胸は私より大きいのに全然毛が生えてないの。不思議だよねえ」
「依織さん、セクハラは男から女へだけではなく、女から男でも成り立つそうですよ」
あそこにまだ生えてないのは僕も不思議だったけど!
ほとんど見てないはずなのにサイズ比較されることで依織さんのバストサイズが脳裏にチラついてしまう。
「姉妹のちょっとした会話じゃない」
「中身圭織さんじゃないって知ってるのに姉妹って」
「本当倉崎くん可愛いね。私ちゃんと可愛がるからこのままでもよくない?」
「僕ペットじゃないのでお断りします。あとさすがに僕を可愛いっていうのは止めてください」
「あー。男の子だもんね。可愛いは不満か。そういうところに不満持つのもまた可愛いんだけど。君の可愛いところばかりでまだ格好いいところ見てないからね。どう、お布団の中で私相手に格好良さ見せてみる?」
「セークーハーラー」
あはははははと笑いながら依織さんは僕の背中を洗い流す。
依織さんも別に本気で僕を傷つけたいわけじゃない。むしろ場を明るくしてくれている。ボケとツッコミが気持ちいい。
正体がバレる前はあんまり笑ってなかった気がする。
依織さんの明るさに救われる気がした。
「私も入るね」
僕が湯船に浸かっていると髪と身体を洗い終えた依織さんが僕の眼前に立ちはだかった。僕の視線は上を向きかけて慌てて下を向く。
「そういうバレバレな仕草が可愛いんだけど?」
「じっと見つめたらいいんですか?って」
依織さんは僕の背中側に入ってきて僕を抱き抱える格好で湯船に浸かる。また胸が当たってますって!
「もう僕出る、出ます!」
「身体はちゃんと温めていた方が血行も良くなって楽になるんだよ。それにたまには圭織の身体抱きしめたいし」
「それは元に戻ったらやってください。依織さんに抱きしめられるなんて僕は役得ですよ? 依織さんの柔らかい肢体堪能しちゃいますよ?」
お姉さんの横暴に僕は男の欲望を口にする。するとそのまま頭を胸に抱き抱えられてしまった。
や、柔らかいおっぱいに顔が包まれている……。眼前の柔らかい胸が僕の顔を優しく抱き止めてくれる。
「圭織より小さい胸だけど、それでもそこそこあるんだから。堪能なさい」
「冗談! 冗談ですって!!」
「こっちがしてあげたいって思ってるんだからありがたく役得もらっときなさい」
そのまま頭まで撫でられてしまう。いけない。このままじゃ依織さんの優しさに溺れてしまう。
「ぼ、僕圭織さんの身体でえっちなことしました! 悪いやつですよ! えっちで卑劣なやつです!」
一番の後ろ暗いことを白状する。依織さんに嫌われてしまうかもしれないけどこのまま甘やかされるのは違う。
「真面目だねえ。思春期の男の子なんだから女の子の身体なんて興味津々だよね。それにたぶん、いや絶対圭織も君の体使って一人でやってる。だからお互いさま。気にしない気にしない。ほらほらお姉さんのおっぱいはどうですかー?」
スルーされた。胸の押し付けが強くなる。
「前あの子、私に『お姉ちゃん女に生まれてよかった?』なんて聞いてきたことがあるのよ。私は良いも悪いもないって答えたけどあの子不満そうだったし。だから男になったのなら絶対はっちゃけてる」
四枝さんそんなことを依織さんに聞いていたのか。
……はっちゃけてますね、圭織さん。元々男だった僕が羨むほど。
じゃあこっちもこうだ。
「じゃあ、おねえちゃん。これからしばらくよろしくね?」
僕は精一杯甘えた口調で、両手拳を口の前に持ってきて依織さんを見上げる。その姿を見た依織さんは横を向いて吹き出す。
「ちょ、ちょっと、圭織の顔でそれは卑怯! あの子絶対そんなことしないから! あはははははは」
そのスキに僕は依織さんの胸から抜け出し立ち上がって湯船から出る。
「あっ圭織待って!」
だけど慌てた様子の依織さんに止められてしまった。
「血漏れてる!」
「へ……?」
依織さんの言葉に僕は足元を見る。すると両足の間に小さな、だけど確かに赤い水たまりが出来ていた。
「生理始まったわね」
依織さんの言葉に僕はその場に呆然と立ち尽くしていた。
そのあとどうやって部屋まで戻ってきたかなんてよく覚えていない。ただ。
普段大人しい僕はケガなんか滅多にしない。だから血を見る機会もあまり多くなかった。
ケガをしてもいないのにどんどん股の間から滴る血。白い太ももを伝う赤い筋。
ただ、赤いことしか覚えていない。
「私がいて良かった、いいタイミングね」
依織さんは僕にパジャマを着せてそう嘆息する。
すでにナプキンは下半身に装着済みだ。何もなかった股間に大きな異物がべったりと密着していて嫌な感触だ。
「ナプキンは夜用だから一晩持つわ。お腹空いてない? 薬飲みたいわよね」
「空いてないです。というかそもそも薬効いてる気がしないです」
ナプキンのことは四枝姉妹に耳にタコが出来るほど教えられたのでもう聞かない。今日一日薬を飲んでいたはずだけど、痛みは一向に治らない。それを聞いた依織さんは
「あくまで痛みを抑えるだけだしね。十痛いのを八にしてるというか。私も生理は軽い方だから生理自体はともかく重さに対しては役にたてない。ごめんね」
「いえ、何から何までありがとうございます。助かります」
「そんな他人行儀な。圭織でなくても君は私の弟であり妹だよ」
「僕一人っ子なのでお姉さんがいるのは新鮮です。妹扱いは外では止めてもらえたら嬉しいです」
「がんばる。何か食べられそうなもの持ってくるわね」
そう言って依織さんは部屋を出る。
お母さんといい依織さんといい、皆さん優しくて素敵な家族だ。お父さんとはあまり会話をしていないけどそれほど仲が悪いとは思えない。
「はあ……」
何とか会話を終えた僕は身体を弛緩させてぐったりとベッドに身を委ねる。そして痛みに苛まれる下腹部をゆっくりとさする。
生理痛と金的を同時に受けた人間はいないだろう。
だからどちらがより痛いのか、たびたび男女間で争いが起きる。
同時に受けた僕だから分かる。これは比べることの出来ない類いの痛みだ。
金的は砕けそうな外部からの痛み。生理痛は内臓を絞られるような内側からの痛み。
男女はとかく比べられないものを比べがちだけど、これは比べるものじゃない。どちらも辛い、勘弁してほしい痛みだ。
だけど。
男性は気をつけていれば回避出来る金的に対して、女性にとって毎月来る生理を回避するのは難しい。
「毎月……」
この痛みはまだ序曲らしい。
生理は大人になっても続くものらしい。
毎月この痛みが続くなんて僕には耐えられない。心構えがなかったのもあるけど女の子だってある日突然来るものだ。心構えなんて出来たものじゃない。
女の子は大変すぎる。女の子ってすごい。
僕はぐったりしながら女の子の偉大さに感嘆していた。
「おはよう圭織、どう……ってダメそうね」
「ううう……」
依織さんの挨拶に対して僕は呻き声を返すことしか出来ない。
「失礼するわよ」
そう断ってから依織さんは僕の下半身を覆っていたシーツをめくると僕のパジャマを触ってくる。
「交換してあげる」
「それは……さすがに……」
「たぶん見たら卒倒しそうだし清潔に出来なさそうだし。任せなさい」
無抵抗のまま僕はパジャマのズボンを脱がされ、お尻の下にタオルを敷いたあと下着もおろされる。
外気に晒された下半身が風の流れを受けてぶるりと震える。
「零れてないわね」
そう言って依織さんは僕の下半身をウエットティッシュで拭き始める。
「やっ」
「しっかり清潔にしないとダメなの。我慢してね」
他人の手で敏感な部分を不意に触られるとどうしても声が出てしまう。
口を押さえて声を抑える僕を後目に依織さんはてきぱきと拭くと僕の足から下着を抜き取り新しい下着を履かせてくれる。
下着にはすでに新しいナプキンが付けられていて、確かにさっきまでのじっとりした不快感がなくなっている。
そしてパジャマもあげられシーツも元通りかけ直してくれた。
「見てみる?」
そう言って依織さんは僕から見えないところに置いたもの、おそらく使用済みのナプキンを指差す。
「……後学のために」
変質者一歩手前な行動だけど、心構えは必要だ。
一人で交換しなければならないときに面食らうよりいい、はず。
「はいこれ。でこっちが未使用のナプキン」
依織さんは分かりやすく使用前・使用後のナプキンを見比べて見せてくれた。
白くて薄い未使用のナプキンと違って使用済みは赤黒く染まって大きく膨らんでいる。これが昨夜僕から流れた血なのだろう。
当たり前だけど見ていて気持ちのよいものではない。
「あとぶよぶよしたものが出るときもあるから。心得ておいてね」
「ぶよぶよ……」
くらくらする。なんでそんなものが出るんだ。
「今日は学校行けないだろうから夜用にしたけどいい?」
「はい……」
今の体調は最悪だ。
学校に行くことなんてこの痛みのことばかり考えていて頭からすっかり抜け落ちていた。
「夜用だから午前中は保つと思うから。あとはゆっくり寝てなさい」
「お姉さん今日は家にいるの?」
痛みと不安で甘えたことを聞いてしまう。
「今日は授業があるの。可愛い妹を一人で残すのは不安なんだけどね」
「そうですか……」
僕がしょげていると
「休もうか?」
そんなことを言ってくれる。
さすがに僕のために学校を休ませるわけにはいかない。
「大丈夫です。でも……早く帰ってきてくれたら嬉しいです」
そう告げた。
「痛い……だるい……死ぬ……」
僕は四枝さんに愚痴を言う。
「死なないから」
対して四枝さんの声は素っ気ない。
「病院行きたい……こんな痛み初めてだよ……」
「生理痛くらいで病院は止めて。薬あるでしょ? あと電気毛布がベッドの横のチェストの一番下に入ってるからそれ使って。気持ち楽になるから」
生理痛くらい。いやここまで痛いと何らかの病気ではないだろうか?
そう考えていると
「あ、そうだ。ねえねえ」
何やらわくわくしたような声で四枝さんが質問してきた。
「金玉蹴られるのと生理、どっちが痛い?」
「……」
それは昨夜僕が考えたことだ。
だけど痛みに悶えている自分に対してウキウキな四枝さんがどうにもかんに障る。
「……四枝さんも蹴られたらいいんだ」
そんな言葉が口をついて出てしまう。
四枝さんが黙ったことで僕も少し冷静になる。
「今日学校……休む。ごめん」
「アタシの欠席なんて気にしなくていいから」
「女の子すごい……」
「そうだよー。せめて倉崎くんだけでも女子に優しくしてね」
「耐えられない……」
「お姉ちゃんに存分に甘えて。昨日バレて良かったね。それじゃあそろそろバス停だから。がんばれ」
もうバス停らしい。
さすがに僕の姿で『生理』なんて電話口でされるのは堪らない。
僕は大人しく電話を切った。
そして僕は痛みから逃れるように眠りに落ちた。
僕が寝ている間、四枝さんが窮状に陥ってるだなんて全くしらずに……。