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女の子は

「まだ痛い……」


 家に帰ってきてもまだ胸に痛みを感じる。

 あのあと上浜さんは笑顔を貼り付けたまま僕の胸を遠慮なしに鷲掴みにすると引きちぎらんとばかりに振り回した。その間僕は掴まれた指をなんとか外そうと精一杯だった。

 しばらく暴れるとスッキリしたのか僕の胸は解放された。

 機嫌が直って助かった。

 千切れなくて良かった……。


 その後僕はすぐさま上浜さんの家から逃げ帰った。

 人のコンプレックスを刺激するのはダメぜったい。もう二度と上浜さんの胸について何も言わない。

 そう心に決めた。


「ただいま、あれ鍵かかってる……」


 普段はお母さんか依織さんが家にいるらしいけど、今日は誰もいないようだ。

 僕はスカートのポケットからキーホルダーの付いた鍵を取り出すと玄関の鍵穴に差し込み鍵を開けドアを開けて家の中に入る。


「ただいまー」


 やはり誰もいないようだ。

 玄関は家で嗅ぐ匂いとは違う匂いが漂っていた。

 ここは他人の家ということを視覚だけでなく嗅覚でも感じてしまう。

 僕はローファーを脱ぐと揃えて上がった。


『帰り着きました。色々相談したいです』


 僕は玄関口で四枝さんに連絡を入れる。返信はすぐに返ってきた。


『まだ帰り着いてません。家に帰ったら連絡します』


 四枝さんはまだ帰り着いてないらしい。うちはバスに乗らなきゃいけないので、バスを逃すとこういうこともある。


「ふう……」


 玄関口脇の階段を昇り、四枝さんの部屋の前に立つ。

 確かに今朝ここから出たけど、異性を意識してから女の子の部屋に入るのはこれが初めてだ。

 今日はたくさんの初めてを体験したけど、そのほとんどは女の子になるという有り得ないハプニングで体験したものだった。

 ……女子トイレに入ることや女子の制服を着ることは男でも出来ることだけどしたいとは思わない。

 僕はそっとドアノブを回して部屋の中に足を踏み入れた。

 見る角度が変われば景色も変わる。

 朝はドタバタしていたから心の余裕なんてなかった。


「おお……」


 部屋は白色で統一されていて、ドアの反対側には大きな窓が、窓を挟んで右にベッド、左に机やタンスが置いてある。

 朝目を覚まして見渡した時に感じたように、あまり女の子の部屋という感じはしない。

 壁に貼ってある大きなポスターはどうやらサッカー選手のようだった。僕はあまりサッカー選手に詳しくはないけど、この人は僕でも知ってるくらい有名な選手だ。

 ベッドにはサッカーボール模様の丸いクッションが二つ。

 ポスターといいクッションといい、四枝さんがサッカー好きなのは間違いないだろう。

 身体を動かすことはどうなんだろう? 入っていたら四枝さんから連絡があるはずだから帰宅部でスポーツは見る専門なのかもしれない。


「さて」


 いつまでも制服姿のままでいるわけにもいかない。

 僕はクーラーを入れ、朝着たのとは逆の順番で制服を脱ぎ始める。

 ブレザーを脱いで壁際にあるハンガーにかけ、スカートのホックを外しチャックを下ろして下に落とす。

 ちゃんと吊るさないとスカートのひだひだの部分、プリーツ?がしわになるそうなので、クリップが付いているハンガーに吊るしてプリーツを整える。

 着るのには苦労したけど、脱ぐのは容易い。

 そこでふと、姿見に映った身体が目に入った。

 そこには白のブラウスだけを着て下は下着のみ、といった美少女がいた。

 ブラウスはアニメやイラストでよく見る胸を強調するような形ではなく、大きな胸からなだらかに下に流れている。スカートを履いていないためブラウスは身体のラインを隠している。

 白いブラウスと白い下着、そして白い肌。

 僕が身体を動かすと鏡の向こうの四枝さんも同じように姿勢を変える。


「絵……描こうかな」


 普通ならこんな夢のような資料は手に入らない。

 僕は四枝さんのスマホを開いて、いつも使っている無料のお絵描きアプリをインストールする。

 スマホは個人情報の塊だ。だから必要最低限の操作だけ行う。

 もちろん僕のスマホにも誰にも知られたくない秘密のお宝画像が眠っている。そのフォルダにはちゃんとパスワードで鍵を掛けてあるので、こんな突拍子もない状況になってもバレる心配はない。

 それに、今から見るものはそんなフォルダの中身よりすごくすごいものだ。

 僕は念のためドアに付いていた鍵をかけ、冷静になれるようゆっくりとブラウスを脱ぐ。

 自分の下着姿をデッサンしている様子は誰かに見られたら怪しすぎる。

 僕は湧き出る下心を抑えながら深呼吸してベッドに腰掛け、近くまで持ってきた大きな姿見を前にして四枝さんのあられもない姿をポーズを取りながらデッサンしていく。

 ブラジャーに包まれた大きな胸と身体のラインがどうつながってどう見えるか。腕と脇のつながり、身体と胸のライン。くびれた腰と太ももまでのなめらかなライン。腰とおへそと下着の位置関係。下着と太もも、下着の……下に流れていくライン。

 見えない箇所はスマホのカメラで撮影して確認する。大きなお尻とそれを包み込む下着、両太ももを広げて露わになった股間……。

 鏡ではなく下を見れば大きな白い胸がブラジャーに支えられて視界いっぱいに広がる。足元はもちろんおへそも下着すら見えない。

 どれもこれも今まで知りたくても知ることの出来なかった、妄想や謎の光の向こうの光景。


「はぁ……」


 僕は何枚か描くと、手を止め姿見を見る。

 四枝さんは顔を耳まで真っ赤にして普段見せない表情とポーズでこちらを見つめている。

 先ほどから下腹部が疼く。今まで体験したことのない感覚。下着には小さくだけど確かに染みが出来ているのが見て分かる。

 朝はバタバタしていて混乱していたけど、誰に急かされることもないこの状況は四枝さんには悪いけどどうしようもなく心が揺れる。

 僕の、四枝さんが吐く息すらも今の僕には淫らに聞こえる。

 さすがに事情を何も知らない上浜さんには申し訳なくて逃げ出したけど、僕と四枝さんの間に限って言えばすでに取り交わしはしてある。

 教室で見たあの様子だと四枝さんも興味津々で僕の体をいじっているに違いない。

 でもしょうがない。僕らは思春期だもの。異性の身体に興味ないほうがおかしい。

 僕は心の中でそう言い訳をする。



「……ん」


 意を決して僕はブラジャーを外した。









『遅くなりました』


『お帰りなさい』


 四枝さんからのメールに気付いた僕は身体を弄っていた手を意志の力で止めて連絡を返す。


『僕の体であんまり無茶しないでね?』


 まさに今僕が四枝さんの身体で色々やっておきながらなんて言い草だと我ながら思うけど、放課後の四枝さんは本当の意味で無茶苦茶だったから。


『心配をおかけします』


 神妙な返信が返ってきた。やっぱり今の状況は後ろめたい……。


『そっちは大丈夫?やっていけそう?』


 僕の現状を知っている唯一の人間からの優しい言葉に言葉が溢れ出す。


『女の子って大変だね』


『胸はとても重いし、男のいやらしい視線がとても気持ち悪かった。身長も縮んで見る世界が変わって怖かった。女の子のあられもない姿をマンガやアニメで見るのは好きだけど、自分がなってみてキツかった』


 朝感じたこと。


『朝はまだ平静を保てたけどなんかすごく不安ですぐ泣きたくなってくる。朝は上浜さんに上手く話しかけられなくて、四枝さんに声かけてもらえて本当に嬉しかった。上浜さんに抱きしめられて嬉しかったけど申し訳なかった。中身は僕なのに』


 昼感じたこと。


『マンガやライトノベルだと女体化っていうジャンルがあってニッチな人気があるらしいけど、僕には合わなかったみたい』


 思いの丈を四枝さんにぶつける。ぶつけてしまう。

 先ほどこそ、自分の身体として四枝さんの身体を愉しんでしまったけど、だからと言ってこれから先女として生きていける気は全くしない。この先女のままだと仮定して男と恋愛して結婚して妊娠して……絶対無理!!!

 これがただ自分だけが女体化して、世界に自分一人だったら何とかなったのかもしれない。誰に見られることもない世界なら。

 今は恋愛も男女だけではないとか性自認も色々とか習っているけど、四枝さんの身体、人生に責任が持てないし、僕の意志も至ってノーマルだ。

 もう本当に今すぐ元の体に戻ってくれても全く問題ない。


『とりあえずベッドにサッカーボール型のクッションがあるでしょ?それを思いっきり抱きしめてみて』


『うん』


 そんな情けない心情を垂れ流した僕に四枝さんはアドバイスをくれる。

 クッションを抱き締めるなんて女の子っぽいという考えがちらりと脳裏をよぎったけど、僕は言われた通りベッドに置いてあるサッカーボール型のクッションを手を伸ばして掴むと胸元に持ってきて抱きしめる。

 火照った身体に冷たい布地のクッションがひんやりとして気持ちいい。

 クッションを抱く腕に力を入れる。そうすると少しだけ固かった心が柔らかさに抱きとめられる。

 抱き締めるのって気持ちいい。僕は素直に認めた。

 一通り今抱えている不安を聞いてもらえたこと、一人でしていて心地よい気怠さを覚えていたこと、そこに優しいクッションが加わり、目を閉じた僕はそのまま寝入ってしまった。





「圭織ー、ご飯だって。早く出ておいで」


 女性の声とノック音で僕はようやく目を覚ます。

 辺りはすでに薄暗くなっていて一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。

 でも身体を起こした際に大きく揺れる胸が今の自分の状況を否応なく思い出させてくれた。依織さんが声をかけてくれたようだ。

 慌ててスマホを確認すると四枝さんもあれから何も連絡をしていない。

 僕を気遣ってくれたんだろうか。

 四枝さんは優しいなぁ……なのに僕はそんな四枝さんの身体を……。

 また後悔に苛まれそうになるけど、まずはご飯。それにあたって服を着なきゃいけない。

 僕はベッド下に落ちていたブラジャーと下着をすぐさま拾い上げ、身に付ける。

 部屋着は……見ると壁に制服でもパジャマでもないスウェットが上下かけられていた。

 なるほどこれを着たらいいのか。というか今朝パジャマ脱ぎっぱなしだった……。お母さんがかけてくれたのかな。

 そして部屋を出て階段を降りる。

 リビングとつながっているキッチンでは依織さんとお母さんが夕食の準備をしていた。キッチンに入るなりデミグラスのいい匂いが香る。


「ごめん、寝てた」


「いいから手伝ってね」


 今日はスパゲティらしい。依織さんが茹で終わったパスタにソースをかけて僕に手渡す。僕はそれをリビングに持っていく。

 それを数回繰り返して僕たち三人は席に着く。僕は朝座った場所を思い出して座る。


「いただきまーす」


 早速スパゲティを口に運ぶ。家では普段ナポリタンやミートソースでデミグラスソースはあまりない。うちではあまり出ないメニューに僕は舌鼓を打つ。

 ゆっくり食べていたつもりだったけどお皿はすぐに空になってしまった。


「おかわりいい?」


 僕は思い切ってお母さんに言ってみる。遠慮するのは大事、四枝さんのふりをするのも大事、だけどお腹が空いては元気も出ない。


「自分でしなさい。お父さんの分のソースは残しておいてね」


「はーい」


 許可が出たので僕はキッチンに行きお湯を沸かしてパスタを少量茹で始める。


「あんたが食べると私も食べたくなるわね……」


「お姉ちゃんも食べる?」


「あんたの少し分けて。それでいい」


「はーい」


 僕の返事に依織さんは僕の顔を見つめる。


「ん? なに?」


 僕は内心の動揺を抑えつつ依織さんに声をかける。


「いや、今日のあんたはやけに素直だなって。いいことだけどさ少し不気味」


「不気味とかひどい。パスタ分けないよ?」


「ごめんごめん」


 さすがに家族との空気感を誤魔化し切るには時間がまだ足りない。この依織さんにはできるだけ隙を見せないようにしないといけない。

 ちゃっちゃとパスタをゆで終えるとソースをかけテーブルに持って行く。


「先取って」


「ありがと」


 依織さんは本当に少しだけ僕の皿から取っていった。もう少し持っていっても良かったのに。多いかな?

 でも今日ようやく食べたい量を食べることが出来てホッとした。

 食べ過ぎは良くないけど食べないのも良くないと思うんだよね。






『ごめん、あのあとすっかり寝てた』


 ご飯を食べたあと、僕はベッドに腰掛けてそうSNSに書き込んだ。

 この時間ならうちの晩御飯もちょうど終わった頃だろう。

 四枝さんがお風呂に入る時間は遅いようでまだしばらく時間がある。


『落ち着けたんならいいんじゃない?』


 四枝さんも時間があったようですぐに返信が来た。


『すごくよく眠れた』


『お疲れ様』


 う……お疲れ様、と言われると気疲れ以外の心地よいあの背徳感のある気怠さを思い出してしまいそうだ。だから僕は


『ありがとう』


 とだけ返した。


『これから注意しないといけないことなんだけど』


『明日はプールがあります』


 四枝さんの打ち込んだ文字列に身体が硬直する。そういえば明日は体育だった。男女ともにプールだ。


『合法的にクラスの女子のハダカが見られるイベントは楽しめそう?』


 そう書かれて今日の上浜さんを思い出す。

 上浜さんの部屋で見た彼女の淡いピンクの下着のその向こう。それを想像してしまう。もうさっきさんざん自分の身体を見たのにまだ心が揺れる。


『正直に言うとドキドキするけど、やっぱり申し訳ないよ』


『男の子なら楽しめ!』


 相変わらず四枝さんの発言はぶっ飛んでいる。女の子とは思えない発言だ。四枝さんの身体を見るのはお互い様だからともかく、僕を四枝さんだと思ってる女子のみんなのあられもない姿を一方的に見るのはズルいと思うし平常心でいられる自信は全くない。楽しむというより胸が痛い。


『四枝さんはホント潔いというかなんていうか…』


『でもみりあのハダカ見たら許さない』


『努力します』


 ここだけはすぐに打ち込む。上浜さんの胸に関する話題と同じくらい、四枝さんにとって上浜さんのことはナイーブな話題だ。


『みりあの胸小さいって言ったら胸もがれるから気をつけて』


『言わないよ』


 訂正。『もう』言わない。あの痛みはもう勘弁だ。


『あと』


 前置きで嫌な予感がする。まだ何かあるの?


『アタシもうすぐ生理が始まるかも』


 生理。

 女性に毎月訪れる月のもの。

 それがこの身体でもうすぐ始まるという。保健体育の授業でまさに他人事のように聞いていた男の僕がそれを体験するかもしれないという。

 頭が真っ白になる。


『机の横にポーチがあって、そこに一式入ってるよ』


『アタシすごく重いから辛くなったら一緒に入ってる薬飲んでね。あとみりあはアタシが重いの知ってるから助けてもらって』


『保健室の山下はアタシの症状知ってるから任せていい』


『生理用品の使い方分かる?分からないよね』


『今とりあえずポーチの中身机に出しちゃおう。部屋に鍵かけて?』


 四枝さんの書き込みは淡々と続く。

 思春期真っ只中の男の子には生理とかそういう生々しい言葉は刺激が強い。おっぱいとかブラジャーとかお尻とかパンツとかそういう性的なワードとは違う、男には触れ難い禁忌の言葉。


 それでも。

 今の四枝さんの身体の持ち主は、僕だ。

 僕がこの身体の世話をせずに誰に出来るのか。

 世の中の半分は女だ。

 人類の二分の一が日常的に体験していることなんだから、しっかりしろ僕。

 ちゃんと教えてくれる人が僕にはいる。彼女を信じろ。

 そう自分を鼓舞して机の横を見る。そこには言われた通り、ポシェットのような可愛らしいポーチがかかっている。

 僕は部屋の鍵をかけると椅子に座りポーチを取り中身を広げる。

 ポーチには手の平サイズの不透明の袋に包まれたものがいくつか入っていた。あと明らかに厚手の灰色の下着。そして僕でも知っている市販の痛み止め。ピンク色のパッケージに大きく『生理痛に』と書いてある。


『鍵かけた。ポーチの中身広げた』


 そしてようやく僕は返信を返す。


『うん。まずナプキンね。不透明の袋に包まれたやつ』


『四個あった』


 僕は数を数えて返信をする。


『付け方は……まずは一つ広げてみよう』


 僕は無心で言われたまま袋を開ける。それを開くとふっくらとした手触りの良い白いものが縦に折りたたまれて入っていた。

 テープで止められていたのでテープを剥がしてそれを広げる。


『広げた? 内側になってた方が身体に付く方。反対側が下着につける方ね』


『前後はナプキンの袋にテープが付いてる方が前ね』


『下着持ってきて当ててみよう』


 僕は言われるままタンスから下着を取り出してナプキンを置いて写真を撮る。そして四枝さんの、自分のスマホに送る。


『こんな感じ?』


『うんうん。あと横に飛び出てるの羽って言うんだけど、これは外に折り畳んでね。これはナプキンがずれないようにするんだよ』


 黙って羽を折り畳みまた写真を撮って送る。


『バッチリ!もらった写真はすぐ削除するから安心してね』


『当たり前だよ!!!』


 四枝さんの軽口につい文字を打ってしまう。

 女の子の下着写真、しかもナプキン付きとか、そんな写真を持っていることが誰かにバレた日にはもう恥ずかしくて情けなくて外を歩けなくなる。


『交換タイミングは初日と二日目、三日目までは二時限ごとかな。だから四個は学校分。補充する時は洗面台の下に全員分まとめて置いてあるからそこから持ってって。アタシのは◯◯っていうメーカーの□□っていうのだから。足りなくなりそうになったらお母さんに頼んで』


『重い、って言うのは痛い、ってこと。アタシの生理はかなり痛いから薬飲んでも我慢出来なかったら保健室の先生、山下さんに言って。アタシの生理のこと知ってるから力になってくれるよ』


 僕は疑問点を書き込む。


『これっていつ始まるか分からないものなの?』


 ここまでやっても生理、とは打てない。


『分からないんだよね。一応アタシもアプリで記録はしてて多分この日かなー?って周期が分かる程度。△△ってアプリ起動してみて』


 言われて僕はアプリを起動してみる。ピンクやら可愛らしいマスコットやらでいかにも女の子向け、って感じのアプリが立ち上がる。この見た目、普段の僕なら即逃げ出している。


『生理日予測って項目あるでしょ。もうすぐなんだよね』


 言われてその項目を見ると確かに今週に印がついている。


『もしかしてもう明日から付けてたほうがいいの?』


 生理は血が出る。それくらいは知っている。でも股間から血を垂れ流す女の子は見たことがない。僕はそれも含めて伝えてみると


『そうだね、付け心地に慣れるためにも付けて行ってもいいかも。ごわごわするよー。あとやっぱり生理は男子に知られると恥ずかしいから女子で隠したり守ったりしてるよ。いるよ、急に生理来る子』


『秘密を知った倉崎くんもこれで女子の仲間だね♡』


 四枝さんは真面目な話を続けるのが苦手なのかこうやって時折冗談を挟んでくる。

 男子のまま女子の仲間になるのと、女子になって女子の仲間になるのでは、同じ仲間になるのでも全然意味合いが違ってくる。ハーレムと言わないまでも男として女の子と仲良くなりたい。


『この分厚い下着は何?』


 口では四枝さんには敵わないし、今は四枝さんに教えを乞う立場だ。僕は質問を淡々と続ける。


『それは血が多い時に穿くパンツだよ。漏れても周りに分かりにくいの。まあいつ穿けばいいかはやっぱり分からないんだけど』


『そうそう、ポーチ持って女子トイレ入ったらみんな優先して入れてくれるよ。あ、女子トイレどうだった? ドキドキした?』


『いや、入る前はドキドキしたけど、入ってみたらトイレはトイレ、だったかな。そっちは?』


『おちんちん出すだけでトイレ出来るの楽ちんだね! 倉崎くんのって大きいの?』


『女子から男子へのセクハラもあるんだよ。普通じゃない? あとごめん、スカート下着に巻き込んで廊下に出ちゃった』


 四枝さんの軽口に合わせてこっそり失敗を告白してみる。


『うわ、やっちゃったねえ。まあスカートでトイレなんて初めてなんだから仕方ない。恥ずかしかったのはアタシじゃないし、気にしないで次から頑張ろう!』


 強いなぁ。見られたのは『四枝圭織』さんの下着なのは間違いないんだけど。

 普段男友達とすらしない下ネタトークを女の子としている。本当に倒錯的だ。


『他に何か失敗した?』


 そう言われて思い出す。

 失敗ではないけど……。


『上浜さんの家に招かれて、下着見ちゃったのと心配されて抱きつかれた。あともがれかけた』


『ぶっ』


 あ、四枝さんの余裕が崩れた。やっぱり上浜さんの話題はナイーブのようだ。


『うーん……みりあにとって倉崎くんはアタシだし、いつもアタシの目の前で着替えてるし。今日のアタシ変だったからみりあが心配するのも当然。でも抱きついたかあ……ドキドキした?』


 この問いに答えるのは正直怖いけど僕は素直に書き込む。


『とてもドキドキしました』


『正直でよろしい。許すしかないよね。誰も悪くないし』


 僕が胸を撫で下ろすのと四枝さんの書き込みは同時だった。


『で、もがれかけたって何?』


 ですよねー。


『抱きついてきた上浜さんに対して変な気持ちになったから敢えて上浜さんの胸のことしゃべった。そうしたら上浜さんが豹変して』


『みりあにえっちなことしてたらアタシたちの仲ギクシャクしてただろうし、痛みは倉崎くんが受けたんだし。倉崎くんホント我慢強いというか理性的だね。ありがとう』


 ……その分四枝さんの身体で色々発散してます、だなんて絶対言えない。


『で、四枝さんのほうはどうだったの? あのケンカは本当に大丈夫だったの? 他に何かしてない?』


 話を四枝さんに振ってみると軽快に流れていた文章が止まる。

 四枝さん??


『あのケンカはアタシも我慢出来なかったんだ。男らしくするにはどうしたらいいかって考えたら体が動いちゃった。体は全然平気だよ。男の子って頑丈だよね、いいよねえ』


 男らしく、か。

 男だった僕はあの時色々言われて手を出せただろうか?

 答えはノー。

 僕にはそんな勇気はない。やっぱり四枝さんは思い切りがいい。強い。


『他には何もなかった?』


『ちょっとサッカー部とじゃれあってた。懐かしくってつい』


『やっぱり四枝さんサッカー好きなんだね。どうだった?』


『楽しかった!!! 久し振りに思う存分ボール蹴れたよ』


 四枝さんの笑顔が目の前にいるかのように浮かぶ。もちろん四枝さんの顔で。

 開けっぴろげな四枝さんから後ろめたい報告はない。だから僕も一人でしたことは秘密にする。


『あとはプールなんだけど』


 まだ大事な話題があった。いつ来るか分からない生理も大事だけど明日必ずあるプールの授業はもっと大事だ。


 僕がお風呂で呼ばれるまで僕らはSNSで秘密の会話を続けたのだった。

 もちろん終わればお互い即内容を消したのは言うまでもない。






 お風呂の時間。

 脱いだ下着類はSNSで四枝さんに言われた通り下着用のカゴに入れた。先に入った依織さんの下着がすでにカゴに入っていたが気にならなかった。だってもう自分でも身に付けているものだし……。


 シャワーを出して髪から洗い始める。

 四枝さんの髪は長くない。肩にかからない程度。ショートカットなのだろうか。

 四枝さんに指定されたシャンプーで髪を洗い、言われたままにコンディショナーを使う。


「ふう……ん」


 僕はかけ湯をすると今度は身体を洗い始める。

 強く擦らなくていいから全身くまなく洗って、と言われている。たっぷりのボディソープをしっかりと泡立たせて身体を磨いていく。

 背中のような届かない場所には壁にかかっているボディブラシの出番。

 腕、肩、背中と順番に洗っていって。


『胸は手で洗ってね。特に胸の下。汗かくからしっかりとね』


 四枝さんの言葉を思い出して躊躇する。

 初めから女だったら自分の身体だから何も思わないだろう。自分の身体は自分で洗うのは当たり前だから。だけど僕は女の子一日目、しかも他人の身体ときている。

 僕は意を決して泡だらけの手をふるふる揺れる胸に添え、ゆっくりと撫で回す。触る感覚と触られる感覚。まだまだ慣れそうにもない。


「んんっ……」


 くすぐったさに声が出る。決してえっちな気分でないのに僕に聞こえる声はどこか妖艶さがある。

 普通に出る女の子の声にえっちさを見出す男と、そもそもえっちな声を出す女の子。

 どちらが悪いのかとどうでもいいことを考えながら、大きな胸を持ち上げて胸の下も洗っていく。

 そしてお腹、脇腹と洗い。


「ここは普通に……んふ」


 女の子の大事な部分に沿って指を這わせ、太ももと身体の間を洗っていく。

 そしてお尻と足もしっかり洗い、シャワーで流して湯船に身体を沈めた。


「あ……」


 違和感を覚えて胸を見るとおっぱいが浮いていた。

 大きな丸い胸が二つ、寛ぐように湯船に浮かんでいる。

 そして浮力で胸が浮いた結果、胸にかかる重さが軽減されている。これが違和感の正体だった。

 本当に巨乳は浮くんだ……ライトノベルに書いてあったことは本当だったんだ……とどこか他人事のように考える。違和感が解消されて身体が軽くなったことそのものに安堵感を覚えていた。


「……」


 ふと思い付いて、アニメの女キャラがお風呂に入ってするように片足を湯船から出し、両腕を上げて頭の後ろで組んでみる。そして片目を閉じて。


「うっふーん」


 ……。

 は、恥ずかしいっ!!!

 僕は頭を振って全身を湯船に浸ける。

 似合う似合わないの話ではない。これ見る側はともかくやる側はとてつもなく恥ずかしい。

 それでも、女性の中にはグラビアアイドルのように多くの人に見られる仕事についている人もいる。

 男にも見られる仕事はあるが、女性の方が多いのは事実だろう。

 自身の身体に自信を持てるなんて、すごい、素直にそう思う。

 思えばライトノベルに限らず、ゲームとかでも女性は露出が多い服が多い。

 それだけ需要もあるし、それだけ自信もあるということなんだろうな。そう考える。

 四枝さんの身体は間違いなく鑑賞に耐えうる。背が低いのも可愛らしさにプラスだ。

 自らの行いの恥ずかしさにここまで素早く考えて。


「あー……」


 ふいに『せか恋』の一女性キャラクター、リリーナが脳裏に思い浮かんだ。

 四枝さんの背格好はまさにリリーナぴったりだ。

 女の子だったら女性キャラクターのコスプレ出来るんだよなぁ……。

 四枝さんがリリーナのコスプレをした姿を妄想する。その姿はとても似合っていた。

 まああの破廉恥な衣装は手に入らないのでどうしようもないんだけど……。

 少しだけこの身体でコスプレをやってみたいなと思った。






「さて……」


 湯船から上がった僕はお風呂場で軽く湿り気を取り、僕は洗面所兼脱衣所に出る。

 念のため着替えも持ってきているが僕はあるスタイルを試すことにした。

 それはもちろん、バスタオルで身体を巻く、だ。

 これもアニメやライトノベルでは女の子キャラクターの定番のお風呂上がり姿。

 さっきは初めての『せくしー』に失敗してしまったけど、これは普通、のはず。

 僕はバスタオルを背中に当て、身体に巻いていく。がこれは失敗だった。

 合わせ目が身体の正面近くだとバスタオルの隙間から股間が見えてしまう。

 一旦はだけたあと、僕は斜めから巻き始めるようにする。すると今度は上手くいった。

 合わせ目は太ももに行き、少しはだけても大事なところは見えない。

 僕は洗面所の鏡でそれを確かめると意気揚々と洗面所の扉を開けて廊下を歩く。


「色気付いたー?」


「ひゃああ!?」


 背中越しに依織さんに声を掛けられてしまった。驚いた拍子にバスタオルがほどけ、僕は廊下で全裸になってしまう。


「い、いきなり驚かさないでよ!!」


 とっさにしては良く女の子らしく言葉が出たと思う。

 僕は落としてしまった着替えとバスタオルをさっと拾うとそのまま階段を駆け上がった。






「またやらかした……」


 パジャマを着込んだ僕はベッドの前でうつ伏せになって呻いていた。

 依織さんの前での失敗は控えるべきだったのに。

 あの言い方からすると普段の四枝さんはパジャマを着て出るようだ。

 そしてこうやってまた一つ四枝さんの私生活を知ってしまうのも心苦しい。


 コンコン。


「さっきはごめんね。ちょっといい?」


 ノック音とともに依織さんが声をかけてきた。

 よくない。断るしかない。


「今よくないー」


「あんた勉強しないしもう寝るだけでしょ」


 そう言って有無を言わさず依織さんが入ってくる。

 え、なんで? どうして??


「あんた胸は大きいのにちっとも色気付かない。だけどあんな格好してたからついからかっちゃった、ごめんね」


 そう言って依織さんは頭を下げる。


「もう怒ってないからいいよ」


「あんたが使いたがってたこれ、化粧水と乳液。これからは使っていいからさ」


 そう言って依織さんは僕の胸元をちらりと見やるとそう言ってベッドのヘットボードに細長い液体の入ったボトルを二本置く。


 ええ???

『色気付かない』妹が『化粧品』を使いたがる???

 これはおかしい気がする。具体的には依織さんが罠を仕掛けているような。これは失敗を繰り返した僕が勝手に疑っているだけだけど。

 依織さんとの何気ない会話。そんなことまで僕は四枝さんから答えを聞いていない。

 考えろ。

 四枝さんは校内でも有数の美少女だ。

 性格は竹を割ったように朗らかだけど、生理用品を入れているポーチなんかは可愛らしいものを使っているし身体の洗い方も指導してきた。

 ……。

 四枝さんは考え方はともかく身体のケアは怠らない女子だ。

 僕はここまで素早く考えたあと、答えた。


「ホントに怒ってないのに。でもありがたく使わせてもらうね」


 これでいい、はず。

 自分から使いたがったかどうかは明確にせず、あくまでお詫びとして使う。

 これならどうとでもとれるから問題ない、はず。


「んじゃ洗面所に置いとくから。おやすみ」


 そう言って依織さんは出て行く。

 今度はなんとかなった。


「おやすみなさいー」


 そう言って僕は手を振った。

 そしてドアが閉まったことを確認すると僕は大きなため息をついたのだった。

お姉ちゃん・お兄ちゃんという存在は理不尽なものです。


いつか倉崎くんの秘め事をノクターンで書きたいです。

(えっちなものは書いたことありません!)

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