Ch2.9 それぞれの願い事(5)
「――ッ」
あわてて障壁と無数の炎の槍を展開し、彼に向けて射出する。
完全に虚は突いたはず! ……身体の反応も追いつかなかったはず。
どうして、まだ生きている。
どうして、まだ私にこの炎を使わせる!
「……なんだ、それはっ」
勇者は、その炎の槍の雨をその間隙を縫うように全身を見え隠れさせながら空間を移転し避けている。
「――転移者か!」
かの本物の勇者が使ったとされる伝説の魔法をまさかこの目で見ようとは。
……クソ、このままでは埒が明かない。幸いまだ距離は離れている。一度大きな炎で目くらましをしつつ、視覚外へと逃げるか――?
いや、待て。どこかおかしい。
――炎の槍を放ち続ける。
槍を失ったやつにはもう遠距離攻撃が無いはずだ。
――しかし物の見事にひとつもかすりはしない。
ならばなぜ私の近くに転移しない?
本質的に、あの魔法は転移じゃないのか?
――まさか。
先ほど投げられた私の後方に刺さっているあの槍――。
彼からは、おそらく私の全身と私がいま断続的に放っている魔法の陰に隠れて見えていない。
まさか……、いやそんなことがあるのか。
――ありえない話ではない。
あの槍に感応して、槍にまつわるあの伝説の位置交換魔法を習得したのか――?
――有名な話だ。この槍にまつわるゴブリン族の一人が、位置交換の魔法を使えると。
あの場にとどまざるを得ないのは、近くに見えるオブジェクトがこの荒野のおかげで少ないから……? おおかた近くに見える小石か何かと位置交換しているのか。もしそうなら、あんな極限状態で最適な位置交換先へ移転し続けているとは恐れ入る。
――ッそうかならばこの槍は布石か!
油断を誘い、後方へ瞬時に回るため、わざとそこに設置したというのか。
ギラリと勇者の眼光がこちらを見て光る。
――体が震えた。この光明を以前見いだせなかった自分への悔しさに。
……フフッ。認めよう。不死身の勇者よ。そんな魔法も、知略も使えるのだったら、あの女神の打倒も夢のような話ではなかったな。
……ハハハ。
だが 今は 捨て置け。
後悔も 虚しさも ***も すべてこの炎の燃料へと変えろ。
燃やせ 燃やせ 燃やし尽くせ。
……アア、タノシイなあ。この炎を振り回すのは。
一瞬で燃え盛り、すぐに消えゆく炎に振り回されるのは。
……すべてを忘れられるこの感覚は何よりも心地良い――。
――ぉ姉ちゃんッ!
朝焼けの日差しに紛れて、***が、聞こえたような気がした。
……ッハハ――。
「――ッアア!!!」
全ての逃げ道を閉ざすように、めいっぱい周りに大波のように、しかし形を崩さず広がっていく炎上網を展開させる!!
これはすべてを閉ざす障壁と、すべてを燃やす炎の合わせ技。
これによって勇者の視界すべてを炎で覆い、逃げ道を限定する。
……そうだ勇者よ、もうこの地表に逃げ場はない。
ドン、とひと際大きい跳躍音前方で響く。
そう、ならばその位置だ。
天へと空高く、初日に見せたように高く飛びあがるは彼方の勇者。
日の光が彼を包み込んでいて、それはそれは、私には眩しすぎる。
――そこからだと、槍がはっきりと見えるのだろう?
左右を確認する。草木や石も、彼から視認できるものはなにも無い。
右手を勇者のいる前方へ、そして左手を後方の槍にひっそりと隠すように向ける。
……そうら、来い。
一瞬の閑静。
そして――。
――右手から、彼を十分に包み込める炎柱を広範囲にほとばしらせる。
一拍遅らせて、槍に向かって同じ威力の炎が放つ。
放つ。
放つ。
放ち続ける。
――勝利を確信する。邪悪な笑顔が自分の顔にべったりと張り付いていく。
「アハ、アハハハハハハハ」
「何を勘違いしているのか知らないけど、」
――あは? なんでっ。
草木も、石も、なにもなかった真横から、声がする――?
「僕にはそんな大それた魔法なんて、……使えないよ」
横を見やると、視界の端で、無傷の勇者が拳を振り上げている……!?
まずい、もう拳が、顔面に迫って――!
――いや、大丈夫だ、まだ障壁が残ってる!
『――魔法はイメージの強いほうが勝つ』
勇者の心の声が、拳が届くよりも先に――。
障壁を貫き破って、私の心に響いて――?
『もうすでにアンタの声はさっき散々聴いたんだ。……もう1回繋げるなんてわけないよ』
そして
――1つの音が ひと際 大きく響く。
――視界が 見たことないスピードで ブレて 暗転 していく。
――聞いたこともない 体の悲鳴が 辺り 一 体 に 響 き 渡 る。
……そ か、よう く これで
の 螺旋か ら
ぬけ ら た
あ り
彼女の意識は、そこで完全に消失した。