Ch1.9 女神(2)
――――同刻、集会所奥のモニタールームにて。
「……ついに出てきたか。この世界の女神が」
最終テストプレイ中に発見された未曾有かつ特別危険な存在。自らを神と名乗る、次元を超越した存在たち。
何度か試してみてわかったことは、このチャプターにおいての引き金は長老の死だ。もし彼の命を救うことができれば、この女神は現れない。
しかし現段階でそんなことができているのはプレイヤーの中で一人だけ。スクリーン上で、いままでどうにか生き残ってきた多くのプレイヤーたちの画面が一瞬で大きくなり、そして消えていく。怒涛の勢いでプレイヤーたちが脱落していっている。
その原因がまさにこのゴブリン島の女神。この島の信仰は正しかったが、その神は決して正しい存在ではない。まさに今、阿鼻叫喚の嵐が画面に表示されている。
「ワオ。スプラッタ映画も顔負けね」 所長は無表情で、平気そうな顔をしている一方、スタッフの多くは顔をしかめ、また数人はえずいている。おいおい、お前らはこれから多くのメンタルケアをするのだろうが。しっかりしろよ。
……仕方ないか。初見は、それが正常な反応だよな。
「今日はさすがにハンバーグは食べたくないわね。ミンチ料理はこの映像だけで十分よ」
おいそこの所長。そういうとこだぞ。追い打ちをかけてやるな。いや同感だけどよ。
しかしさすがの俺も息子がミンチになる映像は見たくない。
「……アキヒト」
息子の奮闘している姿がひときわ大きな画面で映し出されている。
――――――――
『アラート アラート。ストレス度が正常値を超えています。今すぐログアウトをしますか?』
同じ文言のシステムアラートが僕の脳内に再三なく響くなか、強制的に開かれたステータス画面にそう表示されている。
僕が今抱いている感情は、恐怖、なのだろうか。アドレナリンが出てきたのか、腕だけでなく頭も熱い。脳が今の状況を対処しようとしているのか、そのストレスの原因となっている要因の一挙一動すべてに囚われている。目が、離せない。
一体、この女は、何なんだ。見れば見るほど、蛇ににらまれた蛙のように体がこわばっていく。脂汗が、止まらない。
『アラート アラート。ストレス度が限界値に近づいています。今すぐログアウトをしますか?』
システムアラートが僕の脳内に再び響いているなか、僕は努めて冷静になろうとする。……無理だ。状況を理解できない。理解、したくない。――いや、そうか。
理解すべきは、目の前に突然このいかだの上に出現した半透明の女性がそこにいること。ならば僕の状態は一旦思考の外においておけ。状況をすべて把握するべきではない。
今僕が何をするべきか、それを見つけるためだけに集中しろ。
『スキル:恐怖耐性 E を習得しました』 そのアナウンスを最後に、ステータスウィンドウを閉じる。
『トッツォ! ナッチョ! アレをやるぞ!』
僕は、同じように放心していた二人を覚醒させる。
『……ウ、ウオオオオオオ!』 『り、了解!』
トッツォの姿勢がやり投げのフォームへと移行する。その手に持つ槍は3本。ナッチョも魔法の準備をするべく、トッツォの動きに合わせて集中し始める。
彼らの動きをみて、目を見開く半透明の女性。
『ほう。家畜が我に盾突くか。……フフフ、やってみろ! キサマらとの次元の違いを見せつけてやろう』
そう言って彼女は余裕な表情で腕を大きく広げた。二人の攻撃を待ち構えている。
二人が放つ槍や魔法など意味がないと示し、僕たちをもっと恐怖のどん底に陥れたいのか。
……そんな期待はするなよ、スライム女。ゲームに出てくる雑魚スライムと違って、アンタは強キャラなんだろう?
だったら、僕たちができることは1つだ。
『――オオオ!』
トッツォが手にまとめた3本の槍を、海と平行にして同時に彼方へと投擲する。
『あぁ?』 スライム女は彼の行動の意図が分からず、放心している。
『……いくよ!』
ナッチョが叫んだ瞬間、僕たちの身体がブレる。そして一瞬後、僕たちは空を飛んでいた。
風の中を突き抜けるように僕たちはどんどん突き進んでいく。トッツォも、全力で槍を投げたのだろう。推進力が止まることを知らない。
ナッチョがいま使った魔法はテレポート。というよりかは位置交換《スイッチ》。
ゴブリンたちから逃げるためについ先日考案した緊急用の手立て。槍をトッツォが投げ、その槍と僕たちの位置を交換するという離れ業。どういうわけか推進力も失わないので、危険だが、逃げる場合などにとても都合がいい。
僕が2回目に気を失っていた5日間のうちに、ナッチョはその魔法を使えるようになったらしい。その魔法の効果を聞いた時に、実験としてゴブリンから逃げる場合に使えるか試したら、案外上手くいったのだ。
「…………アバババババ、ぱぜがづよい」
計画もなしに、あらぬ方向へと飛んで行ってしまっている。いかだもおいて行ってしまっているので、ゴブリン島からの脱出は一気にハードになってしまった。しかし命あっての物種。まずは危機的状況からの脱出が最優先だ。
しかし、あの女は一体なにものだったのだろう。……ちくしょう、うでがいたくなってきた。泣きそうだ。
――――――――――
『ほほう。面白い! この島で育ったモノならではの魔法じゃのう。誰かをいけにえに捧げて生きながらえたものが、今度は遠くに行きたいとイメージしたのか』
あごに手をあて興味深そうに思案する女神。
『じゃがその程度の魔法で、このワレから逃げられると思っているのかぁ?』
ニチャリ、とよだれがとまらないまま女神は笑みをさらに深めるのだった。




