Ch1.1 僕にできること
「ハァ、ハァ、ハァ!」
15分ほど走りつづけただろうか。この決死のマラソンに終わりは見えない。まだまだ彼らもあきらめないようで、後ろからまだ多くの足音が聞こえてくる。
ドヒュン、と僕の耳の横をなにかが通り抜けた。僕の目の前に大きな槍が刺さっている。
後ろを見やると、先ほどの眼帯ゴブリンが先頭で槍を投げた姿勢で止まっている。
……まずい。驚いて足が止まってしまった。
『コウキ……!』『カコメカコメ!』『ウオオオオイロジロォォォオ!』『***オイツイタ』
一瞬でまた取り囲まれた。万事休す。先ほどのように集団の隙間を走りぬけることはもう不可能だろう。
いや、まだ僕にできることはあるはずだ。考えろ、考えるんだ。
『オイツイタケド』『ドウスル』『イロジロ!イロジロダァァアア』『オマエウルサイ』
スパコーン、と一人のさっきからことさら騒いでいるゴブリンがはたかれている。色白フェチの変態なのか?ゴブリンにもいろんなやつがいるらしい。
ずい、と眼帯ゴブリンが先ほどと同じく槍を突き付けてきた。
『ナニモノダ』
コワい。……しかし1つ気づいたことがある。彼らはそこまで好戦的ではないようだ。
先ほどのやり投げも、狙おうと思えば、僕の頭を貫通できただろう。そうしないということは、彼らは少なからず対話を望んでいるということだろうか。血に飢えたモンスターではなく、比較的温厚な原住民なのかもしれない。
しかし問題なのは、僕はスキルのおかげで彼らが言っていることはわかるが、彼らには僕の言葉が伝わらないということだ。ならばどうするか。……1つだけ方法が思いついた。
フゥー、と息を吐く。これから行うことは僕がいままで人に見せたことがない最終奥義の1つだ。ついにこの奥義を見せるときが来てしまったと思うと悲しい。こんなに早い時期でこれを見せなければいけないとはまことに遺憾だ。しかしこの封印を解き放たれなければ、この状況は打開できない。
ハアアアアアア! と心の中で叫ぶ。この奥義を使うには精神を研ぎ澄まさなければいけない。精一杯気持ちを込めて行わなければいけないのだ。
ドンッ、と足に力をこめ、跳躍する。一瞬の滞空。ゴブリンたちの表情に緊張と戦慄が走るのを見る。空中で身をかがめ、脚を体の前にもっていく。
見ろ、これが僕の最終奥義だあああああ!
足の脛から着地し、手と頭を地面の砂に勢いよく振り下ろす!これが僕の、ジャンピング土下座だあああああ!
まさかこんな早い多感な時期にこの技を行わなければいけないとは……。これからの人生において僕の人間性やら社会性がねじ曲がってしまう危険性があるが、背に腹は代えられない。
『オオゥ……』『ド、ドウシタ』『イロジロキガクルッタ』『オドシスギタンダヨ、トッツォ』
ゴブリンたちが困惑しているのが伝わってくる。ま、まさか僕のこの精一杯の気持ちが伝わっていないというのか。
僕の土下座レベルが足りなかったらしい。くそう……!頭をぐりぐりと砂にこする着ける。……ん?砂?
ガバッ、と顔を上げる。そうか。この手があったか。
僕はおもむろに砂に絵を描き始めた。僕が今どういう状況にいるのかを伝えるのだ。
円を描いて、地球を描く。矢印をその下に描き、この南国風の島を描き始めた。僕は地球からこちらに飛ばされたのだと絵で伝えるのだ。
その僕の絵や動作をゴブリンたちは興味深げに観察している。槍もすでに僕には向けず下ろし始めた。
『ナンダ、ナンダ』『……コレコノシマ』『ソウナノカ?』『タブン』『ジャアコノマルイノナンダ』
地球がなんだかわかんないらしい。それもそうか。
地球の絵から上にもう一個矢印を描き、棒人間をたくさん描く。色んな人たちがいるところから来たのだと伝える。
『ソトカラキタノカ』そう聞かれてうなずく。伝わったらしい。
『……イロジロドウスル』『オレホシイ』『ダメ』『ムラツレテケ。チョウロウ、ソウダン』
……なんとかなるかもしれない。首の皮一枚、つながったのか?