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Ch1.0 ゴブリン島

 穏やかな波の音が後ろから聞こえる。視界が真っ暗で下手に体を動かせないが、その暗闇も徐々に晴れてくる。ぼやけた視界には2つの色が目に入ってきた。

 正面に緑。そして灰色のかかった黄色が足元に見える。足を動かすと、サクサクと足が地面に沈む。これは砂だ。


 そしてまた正面に目を戻すと、生い茂っているのは南国風の樹木たち。

 

 ここは……島だ。それも南国のリゾート地のような気持ちのいい島。


 強い海風が時折体を吹き抜けていくが、気温が程よく温かいので、気持ちがいい。


「これは……クオリティが、半端じゃない」


 なんということでしょう。匠の技で、ものの数秒で先ほどの集会所からリゾート地に景色が様変わり。五感に訴えてくるこの世界の美しさはまるで経験したことがないような感動を僕に与えてくる。

 あたりのどこを見渡してもまるで現実とは思えない贅沢な景色が広がっている。ああいやそうだ、ここはVR空間だった。この空間を作り出すのは相当の労力が必要だっただろう。


 しかしこんなきれいなところで2週間も無料でバカンスしろだと?現実に帰れなくなってしまうわ!


「……すっげえな。親父たち。大したもんを作ったもんだなあ」


 感心しながら、地面に座りこむ。砂のクッションが心地よい。このまま波の音を聞きながら、海をながめていよう……。


 南国の魔力に取り込まれた僕はそのままうっとりと気持ちのいい時間をすごしていた。




 ――そんなこんなでボーっとしていたら、ゴブリンたちに取り囲まれていた。


『**コイツ』『イロジロ*、イロジロ*』『メズラシイ、メズラシイ』


 これは、……どういう状況だ? ちょっと、いやかなりまずいかな? うーん、どうしてこうなった?


 気づくと、一人のゴブリンが僕に向かってきた。


『――オマエ、**ダ?』


 一人の眼帯を付けた凄みのあるゴブリンが槍を突き付けて、なにか問いかけてきた。ギラリと槍の穂先に光が反射する。


 僕はおもむろに立ち上がった。お尻についた砂をパン、パンと落ち着いて払う。そうして、いきなりの行動だったためか少しうろたえているゴブリン集団の隙間へと目を向ける。


 ……見えた、隙の糸ぉおおおおおおおおお!


 おおおおあああああうぎゃあああああああ、と僕はさけびながらゴブリンたちの隙間をぬけて、砂浜を走り出した!


 ゴブリン島、とアナウンスが言っていたのを思い出した。そりゃあ、ゲームなんだし、敵性生物もいらっしゃるよね!ただのリゾート地のわけがあるかあ!なにを僕はボーっとしていたんだ!


「ちくしょう、ツイてない!」


 いや自業自得だろ、と自分でも突っ込めるが、そんな考えは捨てて走りに集中する……!


 足は僕のほうが長いのだ。さあ、ついてこれるかこのスピードに!おらおらおらおらあああああ!



――――


「さぁて、プレイヤーたちはどう対応するかな……?」


 森教授は目の前の数百に及ぶモニターを見ながら、楽しそうにそうつぶやく。場所は先ほどの会場の奥のVR空間。周りにも20人ほどのスタッフが常勤してモニタリングしている。なにか不測の事態があった場合に、すぐにプレイヤーをログアウトなり心理的サポートをできるようにするためだ。


  一章に関しては、一人用のゲーム体験となっているので、プレイヤー同士で協力はできない。なにかトラブルがあった場合でも一人で対処しなければならないのだ。この先行組プレイヤーが精神的にゲームの継続が不可能と判断されたなら速やかにログアウトさせてサポートできる体制は整えている。


 そのためプレイヤーの感情の振れ幅に応じて、各プレイヤーのモニターは大きさを切り替える。言い換えるとなにかトラブルや興味深い事態にあっている場合、優先的にモニター表示が大きくなるのだ。

 

 現在は全プレイヤーが平均して高く興奮しているため、すべてのモニターは並んで比較的大きな表示になっている。一部のプレイヤーを覗いて。


 それらのプレイヤーの中に我が愛すべく息子もいた。なぜか砂浜で禅のポーズをとって瞑想、いや迷走している。


「なにやってんだ、コイツは……」


 ハッと笑いが口から洩れる。そうしてみていると、しばらくしてなんとゴブリンの集団に囲まれだした。


 見るからに絶体絶命だ。それなのにアキヒトはまだボーっとしている。画面表示もまだとても小さい。


 無反応のアキヒトにしびれを切らしたのか一匹のゴブリンが槍を息子に突き付けた。そうすると徐々に画面が大きくなっていく。


「コイツは……、もしかしたら最初の脱落者(ログアウト)は俺の息子になるかもなあ」


 息子の仏のような禅の表情からどんどんパニックの表情になっていく様を苦笑いしながら俺は見ていてそうつぶやく。気づけば画面の表示もマックスの大きさになっている。……おお、走り出したぞ。


「頑張れ、頑張れ。期待してるぞ! アキヒト」


 ガハハッと笑って、スタッフからの注目度もマックスになった俺の息子を応援する。まーなんとかなるだろ。俺の息子だし。


「……アイツのスキル、テレパシーか。いいチョイスしてるじゃねえか」


 この状況を、戦闘系スキルなしで活路をひらけるか。それがアキヒトにとって、もしくはすべてのプレイヤーにとっても大きな分水嶺になるかもしれない。


――――――



 僕のテレパシーが火を噴くぜ!なんて、思っている時期もありました。全然火を噴かねえこのテレパシーっていう力ぁ!


「ご、ごめんなさいいい!」

 

 ゴブリンに追われている僕は、自分でも聞いたことがないような情けない声を叫びながら、海岸の砂浜を爆走している。

 

『オエ、オエ!』『イロジロ*、イロジロ*』『メズラシイ、メズラシイ』


 ゴブリンたちの背丈は僕の半分くらいしかないのに、しっかりとした足取りで僕との距離を詰めてくる。砂浜での走り方をよく知っているのであろう。しかし背丈の2倍くらいな長さの槍をもっているのに、なんであんなに速いんだ!


 「くそ、これはアレか!ゲーム開始早々の戦闘チュートリアルってやつか!」


 思い出すのは過去の自分の決断。ゲーム開始前に選べる6つのユニークスキル。


 「やっぱり戦闘系スキルを選択しておくんだったあ!」


 そんな怒号のような悲鳴はゴブリン島に響き渡った。

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