Ch0.6 僕とイマイさん(3)
イマイさんの現実での存在証明は僕の中でなされた。なにせ彼女は僕のパソコンを使って色々な足跡をインターネットに残している。思い返せば、なぜか調べたことのない検索履歴は過去に多く残っていた。
……だから僕のYo!Tubeは一時期動物系の可愛い動画で支配されていたのか!カワウソは可愛かったけども!
またある時期は宇宙の天体系の動画であふれかえっていた。興味がまったくないし、検索した覚えがないから不思議に思っていたのだ。それはすべて彼女の犯行だったのだろう。
そんなことを邪推しながら僕は今、彼女からパソコンを取り返そうと雑木林の奥にてイマイさんを全速力で追っている。
『そんなすごい剣幕で追ってこなくてもいいじゃないか~! 黙って使ったのは悪かったよ』
「そこは別に怒ってないけど、一旦、返して!」 ゼーハーゼーハー言いながら追いかける。くそ翅がずるい!
しかし彼女はそこまで高くは飛べない、せいぜい手が届く距離までしか飛べないと昔聞いたことがある。ならばパソコンを彼女の手から直接奪えるチャンスはあるはずだ!
『えー、やだあああ!そうやってだまして一生使わせないつもりだろお。ボクは騙されないぞお』
思いのほか、イマイさんはパソコンに執着している。めんどうくさいなあ!よっぽどこの一年のインターネット体験が楽しかったのだろう。こんなわがままをいうイマイさんは初めて見る。
イマイさんは昔から、すごく優しいおねえさんと、近所のとてもかわいがってくれるおばあさんが混ざったような性格の人だった。しかし今はその容姿に近い、思春期の子供のようにわがままを言っている。
イマイさんは、長い丈のワンピースを翻しながら、森林のなかをひょうひょいと危なげなく進んでいく。時折枝にぶつかりそうにはなるが、なぜか枝がイマイさんに当たる前に折れてひゅーっと地面に落ちていく。
普段の彼女はそのショートカットの髪形に似合う涼しげな笑顔をいつもたたえていて、クールかつとても温かい人物だ。ときおり見せる太陽のような笑顔とのギャップも、彼女の魅力の1つである。
そんな彼女が今は大人げなく必死に僕から逃げている。うぎゃああやだああああああ、とか叫んでいる。……パソコンが自分の生活からなくなるのがそんなに嫌か! そんな普段とは違うギャップ萌えを今見せられても、困るよ!
ただ、視界から完全に逃れないようにしているのは、僕がこの森林ではぐれないようにするため、慮っているのかもしれない。本気を出せばすぐに目をくらませることなんて簡単だろう。
「はぁ、はぁ」僕の足が止まった。走るのが限界だ。視界の奥で、彼女の逃げ翅も止まった。地面にすれすれまで降りてくる。
彼女は声の届く、しかし僕が手を出せばすぐに逃げられるであろう距離を保ちつつ、こちらまで近づいてきた。
少し、反省した顔をしている。
「ん」と僕は息を整えつつ手の平をイマイさんに差し出す。「ちゃんと使える状態で返す、から。約束する」
イマイさんは難しい表情をしながらパソコンをボクに渡した。
「ゴメンなさい、すこしはしゃぎすぎました。許してくれるかい、アキくん」
「うん。許すよ。ちょっと待ってね」
僕はそう言って、僕のパソコンの歴史に介入すべく、多くの肌色の画像を速やかに消していった。すまない、我が青春。またいつの日か会おう……。
「はい」
「うん?それだけかい?一体なにを……、…………ああそういうこと。いやあ、悪かったねアキくん。キミの趣味まで知ろうとは思ってなかったよ」
アハハーと、苦笑いしながらパソコンを腕に抱えるイマイさん。受け取った瞬間何を感じ取ったのか、僕がいましがた行ったことをどうやってか察したのかまた謝ってきた。
「いやあ、でも世界は広いね。あんなにボクにそっくりな裸の絵があるなんて、初めて見たときは信じられなかったなあ。偶然の一致だなんて信じられないね」
イマイさん、ほんとに悪いと思ってる? とどめを刺しにきてない?
……やはり歴史を修正するなんで無理なことらしい。起こったことは、やり直しはきかないのだ……。