Ch0.6 僕とイマイさん(2)
イマイ マイさんは僕の、俗にいうイマジナリーフレンドだ。
だが俗に言うという表現は若干おかしい。なにせ僕以外の人間に、彼女は見えないのだ。
というか親父に知られていて、そしてなぜか面識があったと言いだしたので僕の中では驚天動地だ。あの時の親父との会話のあと、僕はなにもいわないしかばねのように思考停止してしまったので、正直あまり帰りの道すがらのことを憶えていない。おおかたエミリとカケルには大分迷惑をかけたことだろう。
そして、彼女も僕以外の人間を認識することは難しいようだ。一度友達に紹介しようと彼女のところに呼んだが、双方ともにナニイッテンダコイツという風に見てきた。あの時はとても恥ずかしかった……。
それ以来、彼女のことは誰にも言ったことはない。それでも僕は彼女のことを気に入っているし、大切な友人として扱ってきた。彼女との会話はポジティブで楽しいし、いろんなことをアドバイスしてくれる。
しかしほんの一年前、僕がアメリカに留学したのをきっかけに、彼女との交信は途絶えた。ついにぼくもイマジナリーフレンドを卒業したのかと、悲しいのやら嬉しいのやら、複雑な気持ちになったのを憶えている。
そこでつい先日、なぜか親父が礼を彼女に伝えろと言ってきた。なので今日僕は実家の裏手にある雑木林へ向かって「イマイさーん!」と声を投げかけたのだ。正直、会えるとは思ってなかったが、
『なんだーい。おお、アキくんじゃないか!ひさしぶりだねえ』
と、僕を発見して嬉しそうに、イマイさんは光の粒子のように集まって現れたのだった。
――――
『――そうかい。新しいゲームをやれて嬉しいんだね。お父さんも鼻が高いだろう』
「……イマイさんは元気にしてた?」
一年ぶりの再会となったためか、僕は彼女との距離感が少しわからなくなってしまった。というよりも、彼女は本当に現実に存在するのじゃないかと、逆の意味で疑い始めている。
なにせ親父が彼女の存在を知っているのだ。三角形の頂点のように、存在が二方向から証明されてしまった。
変な意味でアイデンティティクライシスが僕の中で起きている。いやというか僕の目の前で存在している。
ちらっとこちらを見るイマイさん。そうして、混乱している僕を安心させるかように口を開いた。
『そうだね。ボクはずっと元気だよ。キミと会えたからより一層元気になった』
話しかけてくれてありがとうね、と彼女は返答した。彼女は僕のこの疑念を知ってか知らないでか、昔と変わらない底抜けに明るい笑顔を僕に向けてくれる。
そうだ思い出した、と彼女は話を続けてくれた。
『キミが一年前にいなくなってから、ボクもだいぶ暇になってしまってね。悪いと思ったのだけど、キミの部屋を漁ってしまったのだよ。そうしたら、これを見つけた』
そう言って、ごめんねと謝りながら、僕が昔使っていたノートパソコンをなにも無い空間から、よいしょと取り出した。
……んん? いまなにか黒い次元の裂けめのようなものが見えたが、一体なにが起こったんだ? そして僕のノートパソコンがそこから出てきただと?
『色々とボタンを触ってみたら、電源がついてね。ちょびっと面白そうだったから、キミが昔遊ばせてくれたゲームみたいだなって思って、いろいろと遊んでみたんだ。そうしたらインターネット、って呼ぶのかな、それを見つけてね。いやはや、楽しいね。この世界にはいろんな娯楽があるようだ』
ペラペラとイマイさんが止まらない勢いでしゃべりだすではないか。理解が、正直追いつかない。
『時々、電源が落ちるのか画面が真っ暗になってしまうんだけど、昔キミがスマホを隣で充電してたろう?それに倣ってその電圧をこの差し込み口に流してみると充電ができるんだ。いやあ、壊してしまうのではないかと心配しちゃったけど、上手にできてよかったよ。ほらみてごらんよ、上手なものだろう?』
ピロン、ピロンと充電音が、彼女がパソコンの充電口に手をかざすたびに流れる。……んんん?
『……あー、あとゴメン。キミのプライベートなものを見るつもりはなかったのだけど、この機械の中の情報を調べていくうちに、どこかボクに似た女の人の裸の絵をいっぱい見つけ』
「ごめんイマイさんちょっと待って! 一旦情報整理させて! あとパソコン返して!」
そうして、僕は彼女の早口に一旦ストップをかけたのであった。イマイさんに似た妖精の絵?そんな歴史はなかった。いいね?