Ch3.6 異端者ども(3)
今更ながら考える。
テレパシーをスキルとして取った僕は異端ですか?
……いやいや。
そんなことはない。
というか――。
――僕たち全員が異端だ。
みんな変で、異常で、奇妙である。……そんなことをテレパシーを通して気付いた。
というのも、人の心とはまるで異世界のようなのだ。そのありさまは、まるで幻想の異世界のように絶えず移ろい、ドラマチックに変化する。
だからもし誰かが異世界を冒険したいと思ったら、他人の考えや心に触れるのが手っ取り早いと僕は思う。
それこそ危険だってあるし、アドベンチャーやロマンスなどは混在し、なんて波乱万丈な世界がそこには広がっているのだろうか。
だからこそ。
面白い。
……いや面白かったが正しい。
最近はもうその異世界の冒険も飽きてきてしまっている。
それだからであろうか、親父がこの世界は楽しさにあふれているなんて、ませた僕に伝えたのは。
争いも避けた理由は単純に飽きたから。
一様に場の雰囲気にのまれ、怒りや功名心に駆られた心など、見ていて単純すぎてつまらない。
同じ心象風景は前回すでにじっくり見させてもらった。
それに僕は誓ったのだ。暴虐姫のようにはならないと。
だけど僕も普通に異端な人間なのだ。周りの人に影響されて、すぐにそんなしょっぱい誓いを忘れてしまいそうになる。
だからそんな有象無象の怒りに飲みこまれないように、僕は逃げ出した。
――のに。
追いつかれた。
めちゃくちゃつまらなそうな人間に。
「……ええ~なんだよもう。わざと地上で負けて、ゴーストモードで地下ダンジョン突っ切ってきたっていうのに」
なんで先行プレイヤーがいるのさ――なんてぼやくのは、地下ダンジョンの暗がりの中、かがり火に照らされ目を蘭々とさせる低身長の男性。
……負け惜しみのせいか危険思想が割増で体中からにじみ出ている。
危険思想を持っているなんて決めつけは良くない?
……いやいや。僕の脳内よ、その考えは分かるけど……見てみろよ。
ここら一帯はすでに彼の空想上のダイナマイトで埋め尽くされているよ?
話しかけられると同時に魔法を展開されたのだ。
確実に悪意の塊のような人間である。
つーか発言から察するに、ゴーストモードで突っ切るなんて、バグ抜けじゃねえか。ずる賢くてえらいな。おい。
「……所長」
「はいはい。すぐに修正しとくわ。――地面には侵入できないようにっと。でも――」
所長が無表情で言葉を続ける。
「その修正、アナタも困るんじゃない? 転移魔法無しで、アイツに勝てるの?」
うーんその通り。
ここで負ければすべてがおじゃんだ。
所長の発言から分かる通り、死亡すればすぐに地上に戻されるのだろう。
いやあ、まさか追いつかれるなんて。思ってもない事態だ。
「所長、少し離れていてもらっても大丈夫ですか」
「あら。てっきりヘルプユニットを盾にして攻略するのかと思ってたわ」
……あー。そんな発想もあったか。
「女性といのちはたいじに、って教わっているので」
「へえ。意外。……他にも考えがありそうね」
所長の無表情が多少変化した。口にしわを寄せながら、こちらを見つめながら離れていく。
そのまま完全に所長の姿が視界から消える。……良かった。少しはかっこつけられたみたいだ。
……さて。
相対する敵性存在を見据える。
策? ……策だって?
そんなもの……。
まあ無いこともない。
「……おろ? ひひ、ずいぶんと紳士的だね。じゃあ僕もフェアに行こうかな」
おもむろに彼は一枚のコインを懐から取り出す。……ああ、ポイントをコインに変換したのか。面白そうだ僕も後でやってみよう。
「本当は問答無用でぶち殺そうと思っていたんだけど、気が変わったよ。このコインを投げて、地面に落ちたら殺し合いを開始ね? そうしたら、フェアだろう? ……じゃあいくよ」
コインが空中に放り投げられる。
短い放物線を描き、かのコインは地面に吸い込まれるように落ちていき――。
地面に当たり、乾いた音を鳴らす、その直前。
僕の左右のダイナマイトが爆発する。
「――」
読めている。力場と共に、僕の体を発射させておいた。
連鎖的にダイナマイトが起爆していくなか、紙一重に爆風を突き抜けていく。
スキル【踏み込み強化】のおかげか、パワースーツの力場とも相まって僕の一歩目の飛び出しは早く、長い。
そのままの勢いで駆け抜ける。
拳を握りしめ、相手の顔面を視界におさめ――。
面食らった表情の爆発魔がシールドを展開するのを確認――よし。
体は固めさせた。
その豪速のなか、相手に拳を振り上げ、――直前で強く踏み込む。
そのまま飛び越える。
体をひねりながら空中で目が合い、互いに思考が交錯する。
――うん。
最後の爆発がひと際鈍く轟く中、思考の錯綜が完了する。
――やっぱりパリィ持ちだったか。
彼も僕と目が合った瞬間に、僕の思惑には気づいた様子であった。
そう。僕が目指していたのは魔法が唯一展開されていない彼の背面。
あのままぶん殴っていたら、良くて相打ち。
もしタイミングを合わされパリィされていたら、そのまま弾き飛ばされ爆発の餌食になり、十中八九あいての完全勝利で終わったであろう。
……魔法とは、便利なものだ。
一瞬で展開できるその速度と規模性に加え、隠密性と殺傷力。
以心伝心があったから対策できたが、見えない爆弾なんて初見では確実に一発食わされる。
そしてその一発の威力がデカすぎる。被害をもろに受けたダンジョンなんて、見るからにひび割れ崩壊寸前だ。
――スキル【喜爆溌剌】:視界の映る範囲に不可視の爆発物を展開させ任意に起爆できる。自身の喜怒の度合いに応じてその威力がUPする、らしい。
一瞬の以心伝心で読み取った情報であったが……、ああ、怖い怖い。
魔法とは、便利なものだ。
「……終わったみたいね」
何処から所長が現れ出る。変化魔法で、遠くにいったと見せかけて近くから観察していたのか。
「……まぁ、はい」
眼下に見るは、爆発によってボロボロになったダンジョンと、手前に炭化して転がっている先ほどの爆発魔。
「一体、どういった手口なの」
「……簡単ですよ。ただ、自分の理解を相手の魔法に付け加えただけです」
――スキル【喜爆溌剌】:視界の映る範囲に不可視の爆発物を展開させ任意に自身と共に起爆できる。自身の喜怒の度合いに応じて威力UP。
先ほどの一瞬の思考の交錯の途中に、自らも爆発するように仕込んだ。ただそれだけ。
「……」
「いやいや。所長。洗脳ではないですよ。限定的に付け加えるだけですから。元からある理解を変えることはできないですから」
口から出る言葉と一緒だと思う。
変えることはできないけど、心や考えに切り込んで追加することはできる。ただそれだけの魔法。
……少し鋭さは違うかもしれないけどね。
――――――
「……まったくもってねらい通りね。気味が悪いわ。……異端者どもめ」