Ch3.6 異端者ども(2)
言い忘れていましたが、これからは月水金に投稿とさせていただきます。
しくよろお願いします
――わたしには高校に入る以前の記憶がない。
ある日目が覚めたら、銀行手帳とそのカードと、自分の字で書かれたと思しき指示書が、寝ていた部屋の机の上に置かれていた。
ただこの高校に行けと。あなたは解放されたから――、震える字でそう書いてあった。
だから、わたしは単純に言えば一度死んだ人間なのだ。
よく亡者が金目のものや美しいものに執着するというが、わたしの美しさへの執着もそういう理由かもしれない。
その執着心もそうだが、周りとの考え方や見識は隔絶的に合わない。
わたし自身自分が童顔であることは自覚しているが、年齢的に自分が本当に高校生(笑)の年齢なのかも正直怪しい。
自分でも思うが、達観しすぎている。
さて、そんな自らの過去が定かではないわたしを、理解したというのか。
この水晶は。
……丸い面に口もないのににやけ面が伝わってくる。
全く性格の悪いこと。
「……」
――まぁ、失ったモノなんてどうでもいいのだけど。
『――クハハ、は?』
相手の哄笑がひたと止まる。見えてくるのは驚きと、目新しいものを見る興味深さ。
「で、質問には答えてくれるの?」
『……なんだ、キサマ。気にならないのか? 自らの過去を。もう取り戻せない想いを』
ずいぶんと知的好奇心が強めね。
「――わたしは過去に囚われる女じゃないのよ。ただわたしは現在に集中して美しいものをできる限り見つけるだけ。明日の事も、過去の事もただその時考えていればいい」
そう。ただそれだけのこと。過去も未来も関係ない。わたしは人生に美しさを見出すために生きている。
『――』
はよ質問に答えろやおどれ、と眼を飛ばす。これでもにらみつけには定評があるのだ。
『――気に入った! お嬢。 マルちゃんはアンタについてくで!』
……いきなり軽いノリになった。
――そんなこんなでわたしはこの水晶、マルちゃんとやらになつかれた。
それが一日目の顛末である。
――――――――――
「――6つの種族が取り残された世界、か。……じゃあ、簡単に言うとやっぱりここは異世界なのね?」
『……まとめるとそうなる。厳密には今回のはただの再現物やがな』
「そんなこと偽物が認めちゃって大丈夫なの? ほら、アイデンティティクライシスとか」
「――んん~大丈夫や。多分同期されるからのう」
「……記憶と魂の同期、ねえ。メカニズムは理解できるけど、個人的にも複雑な話ね」
2日目も半分は過ぎただろうか。
この世界の秘密については軽いノリでだいたい聞けてしまった。
予想通り、とまではいかない。正直計りきれない話である。
こんな情報が文字通り転がっているのは、デバック不足、もといバグといっても過言ではない。
そもそも今回のイベントは、なんというか、実験的な試みが多すぎる。悪く言えば詰め込みすぎだ。
それこそもっとゆっくりと進めればいいのに。何がそんなにも性急にさせる。
プレイヤーの進化を促せるための蟲毒。なぜ、今このタイミングで――。
「……あら。……近いわね」
テレパシーで感じ取る。
接敵が近い。
『おう。お嬢も気づいたか。まあ1プレイヤーが知っていい情報ではないわな』
「……そんな情報をもっているアナタを、報酬の対象にした組織側の落ち度だと思うけどね」
クハハと水晶が嗤う。全くだ。
このタイミングと、この場所である。
多分管理者側のプレイヤーが来たのであろう。
「ところで、マルちゃん。アナタって……固いの?」
『んー水の神に直接作られとるわけやし、基本は固さでは負けんぞ。……っておいお嬢まさか』
「そのまさか、ね。いってらっしゃい」
テレパシーが反応した方向へ、最大限勢いをつけて水晶を飛ばす。
ゴーレムの外殻も吹き飛ばした威力だ。さて、この闖入者はどう対処する?
「……いきなり、ひどいね。エミリー」
銀髪がなびく。避けられた。
完璧なヘッドショットだったのだけど……当たる直前に首を逸らされた。
「わたしの顔、好きって言ってくれたのに」
「そうね。今でも好きよ。良かったわ当たらなくて。……ごきげんよう、ケイ。このイベントには出ないって言ってなかった?」
「……うん。まだ仕舞ってないコタツの中で、寝てたんだけどね。緊急だって。……だから、ごめんね。エミリー。記憶、また消させてもらうね?」
大丈夫、今回は少しだけだから――なんて。可愛い顔で言ってくれちゃって。
……癪だけど、ずいぶんとわたしを気にならせる発言をしてくれるじゃない。