Ch3.6 異端者ども(1)
2週間遅れですが再開します。
……みんなも夏風邪には気をつけようね!
夢から目を醒ます。スリープモードはもう終わりだ。
目を閉じ、耳を伏せ、独りでに砂漠を踏みしめ歩き出す。
歩くたびに足が砂に埋もれる。埋もれる足を地中から引き抜き歩きながら考える。
こんなにもオレの体は、ずっしりと、鈍く、重かっただろうか。
体も心もまるで体重が、いや密度が倍になったみたいだ。
軽やかに空中など、いまや駆けられない。昔とはもう決定的に違うことを自覚してしまう。
昔のオレは、人助けをするのが得意だった。ヒーローノートなんていつまでも埋められると思っていた。
それが当たり前で正しいことだと信じられたから。見返りがなくとも、いつまでも、どこまでも続く空のように、無限にソレを行えた。
ただそれは虚像であったと、鬼人の言葉で気づかされた。
見返りを期待せずとも、せいぜい3割4割の確率で他人への善い行いは自分へと還ってくる。
そんな風に、損得を気にしてしまってからは、空虚で、軽やかな気持ちを保つのが難しくなっていった。
……ならば人を傷つけることは? どれくらいの確率でその業は自分へと還元される?
――。
その答えはもう知っている。
「……アハハ、魔法耐性は低いね。成績トップタイのアイツ限定で油断させているから、みんなやっちゃって? 早い者勝ちだよぉ」
……まだ起きたばかりで感覚が鈍くなっているのか。
50人は超えるだろう大量のプレイヤーに囲まれていることにいまさらながら気づく。
先導しているのは兎耳フードを被って底意地悪そうにニヤニヤしている女プレイヤー。その彼女は一仕事終えたのか、集団から離れていく。
集団に囲まれるなど、普段ならこんな油断は絶対にしないのだが。
「……」
――言い訳をしていた。
思考が止まらない。どうしてかこれから始まるであろう戦闘に集中できない。
――環境のせいにして、オレの意思とは関係ないと、ずっと言い訳をしていた。
でももうできない。してはいけない。
集団の目はギラギラと獲物を見定め、今にも襲撃してくるのが伺える。
しかし思考はどんどん乱される。現在という焦点を見失う。
――オレはその空虚の奥にあるものを、覗いてしまった。乾いた願望を自覚してしまった。
――だから。
おぼろげに周りを見据える――50人を超える集団の半数ほどだろうか――それぞれ炎や風刃など多種多様な魔法を展開させ、力場を発生させ、刀を握り、身体に力を凝縮させて――。
オレへと躍りかかる――その寸前。
呆然とするオレは次元刀を持った片手をただ、振るった。
一閃。
……いや、一掃と言い換えようか。
近くにいたのプレイヤーの首が――ずるりと落ちていく。
暗殺なんてもう慣れた行為だ。
……正面戦闘なんて最近はあまりしないが、油断していようと、まず失敗しない。
しかし油断しているおかげで、自制心が緩み自覚する。
――オレは、血に飢えている。
「――は? みんな死んで消えていってる……え?」
残る獲物は、周囲の被害におののいている残りの20数名と、奥にいる先ほどの兎耳フードの女。
とてもとても美味そうだ。
『スキル:空の英雄(変化)に新しい変化先が登録されました』
思考は止まらない。
しかし長い夢から醒めた気分だ。
……オレはずっとつまらない、取るにたらない、空っぽの人間であった。
英雄を志したのも、それを隠すためだったのかもしれない。
親の言うことを聞く。社会性を守る。
目に見えて困っている人を助ける。
なぜ? 分からない。理由なんて伴っていない。
オレはつまらない人なのだ。
だからだろうか。
オレは必要以上に深く人との関係は作れない。
それにオレことセラ カケルの風貌を憶えている者はあまりいない。
……よく人は名前と顔が一致しない、というが――。
オレの風貌を憶えている人はほとんどいない。
仕事に支障を来たすからだ。
「そうだろう。なんたって私は――」
――**者なのだから。
『スキル:実の堕狩人(変化)が発現しました。
――効果として、今まで行ってきた悪事を自覚すればするほど、自信の重さを増すことができます』
空はもう飛べない。地に足つけて、腕を振るう。
――勇者は15歳で魔王を倒せと命じられた。
――暗殺者は15歳で人を殺せと命じられた。
どす黒い血痕が身体中に浮かび上がった。
それと同時に、迷いも自制心も、英雄願望も全てが消える。
「え……ちょっと待ってよ! ヤバいヤバいこうなったらもう、奥の手を……」
重さを増したので、強化した腕に体を引っ張られることがなくなった。
マシンガンのように次元刀を縦横無尽に振り放ち、寸分違わずプレイヤーたちを狩り続ける。
「「――魔法、展……開! 発射ァッ!」」
ああ。やはり思考は止まらない。最初に打ち漏らした数名が魔法の展開を完成させ、発射させてくる。
迫るは無数の風刃と炎弾。
……ただ。
魔法は正直、銃弾より怖くない。
目に見える速さでしか、私を追ってこれないからだ。
「――震脚」
避けながら踏み込み、砂が舞い、大地が揺れる。
たたらを踏み、動けない彼らを次元刀で魔法ごと叩き切っていく。
近くにいた最後の生き残りが、必死の形相で私を見ている。
「……異形かよ。……誰かァ! 助けてくれッ!」
……助けてくれ、だって?
おいおい。
そいつは私のセリフだろう。
次元刀もといライト正宗。
機能としては次元生成と吸着。
異世界での戦闘、そして切断した物体の送信と研究調査のための試作開発デバイス。
切断物は疑似人口魔次元を通して送り、研究所にて成分表や新たな元素の発見、そして魔法の現実での応用化のために使われる。