Ch0.6 僕とイマイさん(1)
これから語ることは僕があえて他の人に伝えようと思ったことのない、僕の考えと価値観だ。
僕は色んな種類の人から話を聞くのが大好きだ。たとえそれがどんな相手だろうと、必ずなにかその人から学べると僕は信じている。
彼らが持っている物事の見方や価値観、言動は彼らが各々持っている世界が反映されている。僕にとってその直接には見えない世界を想像するのはとても勉強になる行為だと思うし、単純に楽しいと感じられるのだ。
だから僕は色んな人の話を聞くようにしてきた。
たとえそれが僕の想像のなかでしか存在しない人物だとしても。
――――
「アキヒト、忘れ物はないか?」
アメリカを発つ日、荷物をまとめていると、間借りしている部屋の入り口のドアフレームに体重を預けている親父が話しかけてきた。
荷物はすべて入れおわっている。部屋を見渡しても自分のものらしき物は見当たらない。
「ないかな。色々とありがとうな親父」
親父はこの一週間、いそがしいのだろうに、たびたび僕たちの小旅行に付き合ってくれた。食事をしたり、テーマパークにいったり、友達も一緒だったが、久しぶりに家族らしいことはできたように思える。
「ああ。またいつでもこいよ。本当はもうゲームが完成していて、先行プレイも終わってる頃だったろうに。楽しみにしてたとこ、悪かったな。完成が遅れて」
「大丈夫。2か月後を楽しみしてる」
そう。こちらに来る一週間前、このゲームのリリース日は延期されたことが発表された。本来存在するのがありえないバグのようなものが、ゲームの第1章で発見されたらしい。その調整のために、余儀なく先行プレイはまたの機会となった。
また、本来ならゲーム先行体験者はこちらの本社にきて、説明を受けてから全員で一斉にゲームをプレイする予定だったが、2か月後の先行体験では購入者と同じように自宅で専用のインターネット線を通してゲームを始めることとなる。そして急な変更のため、飛行機のチケット代などが無駄になってしまったであろう全員の先行体験者は、無償でこのゲームが支給されることも発表された。これはものすごく太っ腹だ。
これには、カケルとエミリが喜んでいた。なぜならこのゲーム、高すぎるのだ。普通にウン十万円はする。専用の工事費などもつけると100万円は超える。工事費なども親父が負担すると言っていたので、あとは彼らが親御さんを説得できれば、プレイは可能になるだろう。
「親父は空港まではこないだろ?」
「そうだな、さすがにそろそろ仕事に戻らないと。悪いな」
「ううん。ゲームの出来、期待してる」
ああ、と親父が返した。僕は玄関に荷物を持っていこうと、親父の前を通り過ぎ、荷物を運んでいく。
「あとそうだ。これはいうか迷ったんだが、」
親父が言葉を選ぶかように少し考えたあと、こう言った。
「イマイさんに、ありがとうと伝えておいてくれ。アンタのおかげでこのゲームは作れたから、なにがどうあれ感謝してるって」
そんなことを親父は言い放った。
――――1日後。
『アハハハ!そんなことを彼は言ったのかい。いやはや、君のお父さんは立派だね。とっても大人な対応だ』
ボクも見習いたいものだよ、と彼女は涙をこぼすほど笑いながら、嬉しそうにそう言った。あいかわらずとても感情表現が豊かだ。
「……嬉しそうだね、イマイさん」僕は苦笑いしながらそう返した。
『そうかい?うん、そうだね嬉しいよ。キミのお父さんの言葉もそうだが、キミとも久しぶりの再会だからね。また会えてうれしいよ、アキくん』
そういって彼女は妖精のように翅を広げ、空を舞いながら、僕との会話を楽しんでいた。