Ch3.5 そんなこんなで逃亡者は(1)
エルフのミイラが あらわれた !
……アキヒトは 逃げ出した !
土塊人形が あらわれた !
……アキヒトは 逃げ出した !
全身スライム男が あらわれた !
……アキヒトは 逃げ出した !
いやあ、なんて平和な一日だ。
薄暗い洞窟をかがり火を頼りに強歩で進んでいく。
ポイント稼ぎ? いらんいらん。
まずはどんどん進んでいこう。
そうしたら他のプレイヤーに追いつかれなくなるからね。
奥へ。奥へ。誰も追ってこれないような場所へと向かっていこう。
敵性存在が他のプレイヤーの壁になり、またはおとりになっている間に僕はどんどん先に進む。それが今回の僕なりの戦略だ。
……ただこわくて逃げているわけじゃないよ? ほんとだよ?
そんな、誰にも聞かれないような言い訳を脳内でつぶやきながらひたすら歩む。
時折、足元や壁際にトラップを感じる。
残留思念、とでも言うのだろうか。薄いがもやのように時折視界に引っかかる。
それらをひょいと飛び越え、または半歩ほど避けて通りすぎていく。
現在の到達地点としては-5Fくらいだろうか。たぶん。
逃げに徹していれば、RTAさながらにどんどん進んでいける。
……。っとと。またエネミーだ。
コウモリおんなが あらわれた !
……しかし まだこちらに きづいていない。
でかい。人と変わらぬ大きさのコウモリだ。そして風に揺れる長髪が無駄にたおやかだ。
翼を持つ性質上、僕よりAGIが早いかも?
……逃げても追いつかれるかもしれない。
しゃーない。こーゆうときは。
素早く身を潜め近づく。
レールガンを、ぶっ放す。
……いやまて。そういうわけにもいかないか? アレ音がバカでかいから、他の生物に気づかれてしまうし――。
――銃口をかざしながら僕はそこで、迷ってしまった。
『――QUE?』
振り向くコウモリおんなさん。
大型犬のような黒く大きな瞳だ。かわいい。
目と目が合う。
瞬間。
まずいと気づいた――!
『QAAAAAQUEEEEAAAAA!!!』
口から超音波が飛んでくる――!
壁を蹴る。片耳がイカれる。
目と鼻から血が流れ出る。
直撃は避けたが、視界と聴覚が削られた。
……無問題。
先ほどから進むべき悪意の位置は感じている。
そうして僕は壁にかかっている黒いもやに触れた。
頭上で、トラップが爆発的に展開されるのを感じる。見上げるとおぼろに見えるは細い砲身群。
――降りかかる無数の水の槍。直感的にその様を予見する。
高圧すぎる水圧が、辺り一帯に今にも降ってくる!
コウモリおんなも異変に気づいたのか、慌てふためき、逃げる方向へと目を向ける。
しかし僕の方が動き出しは早い。
視界はおぼろ。三半規管もだいぶやられてる――。
しかし一歩。僕の場合は最初の一歩の踏み出しさえ正確であれば――。
――この通路から抜けられる。
「――っそぉい!」
よし。足元の力場の発生方向、もとい僕の進行方向は、だいたい間違っていない。
途中で一度壁にぶつかる。バゴンと、左肩が外れたのか音がした。
一拍遅れて痛みが全身に走る――が。
それを気付けにし、そのままの勢いで左腕を壁際にこすりながら走り続ける。
「っぉおおおおお!」
『QUEEEEEAAAAA!』
僕たちもう、同士だ。後ろからどんどん降りかかる高圧水から同じ早さで駆け抜けていく。
「――」
『QUA』
また一度、目が合った。
僕は両足をしっかり踏み込んで走り、彼女は両翼を羽ばたき突き進む。
――おお同士よ。そうだ。がんばれ。一緒にここから抜け出そう。
……。
なんてなあああああ! てめえこのやろうぅおお!!
まだ無事な右腕で、彼女の翼をつかんで、引きずり落とす――!
『QUEEEEEEEEE!?』
無情にも彼女の全身が貫かれていくさざめきが後ろから聞こえた。
いやすまない。僕も幾ばくか友情を感じてしまった。
罪悪感がチクりとする。
しかしおかげでトラップは止まったようだ。
……なるほど。一人処すると止まるのか。
勉強になった。なむ。
――君の犠牲は忘れない。
そう気持ちを新たに、アキヒトは進んでいくのであった……。