Ch3.5 かくして闘争者は(1)
人が他人に良いことを行う理由とはなんだ。
そうしたら、優しくされるから? 情けは人の為ならずって言うけどさ。
……多分、違うだろ。だって全ての良いことに対して報酬は払われない。
せいぜい、3割4割の確率で他人への善い行いは自分へと還ってくる。
だったら、損じゃないか。無駄な時間の投資になる確率の方が高いんだから。
――じゃあなんで。
じゃあなんでそうしろと叫びつづけるんだ、オレの心は。
――――――
――悲鳴が聞こえた。
「――ッシ!」
助けた。
また悲鳴が聞こえた。
「――ッ」
助ける。ありがとう、とか細い声が聞こえた。
走り出す。エルフにそっくりな人影からの魔法を避けつつ、切り払い、耳をすます。
助けを呼ぶ声がそこらじゅうで上がっている。
それらの声に応じて、ただ走って、ただただ敵を打ち倒す。
「……っと。あぶねー」
そうしてたら、いつのまにか助けたプレイヤーに後ろから刺されそうになった。
ひゅるりと身をひるがえし、そのプレイヤーの後ろに回って――袈裟斬る。
「……んなァア! テメェ、どうやって! つーかなんで――」
疑問を文句と共にぶつけてくるプレイヤーが目の前で崩れ去っていく。
……まあ、こういうことは時々ある。
現実世界でも、ゲームの中でも。
それになにせ今はバトロワ中なのだ。オレの行動のほうが珍妙だ。
悪態は付かない。それこそもっと時間の無駄だから。
人に褒められるからと、良い行動を続けようとしたらいつしか袋小路に入ったのを憶えている。
世界は、そこまで単純ではない。
もしかしたら、それぞれの思う正義は多少違うところがあるのかもしれない。
――じゃあなんで。
なんでまた始めたんだよ? 人助け。
「わっかんねえ。けどまあ得意だし、続けようかなって――」
そう思った。そんだけ。
「――やるな」
斬撃が、突然飛んできた。というかもう切り払った。
はっや。半ば反射で防いだ。
けど次は防げるか――?
ギアを上げる。世界を、遅らせる。
「――マジか」
横一文字の飛ぶ斬撃と共に、鬼人が空中から縦に斬りかかってくる。
「――ッフ」
全身の力を抜く。
地面に次元刀を置くように刺し、身体をひねらせ相手の縦の斬撃を半ば避け――力を込めた渾身の蹴りを胴体に入れ――る。
5メートルほどふき飛ばしただろうか。敵の斬撃を弾き、たわんだ、飛ばされそうになる次元刀をキャッチする。
「……ハハ、ハ。――血沸く、血沸く」
笑って、やがる。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
そうして唐突に鬼人の右半身が爆発した。
「……うおお」
肩は焼け落ち、顔がただれている。
「――ラストサムライさんもさぁ、ポイント多いんだから。そりゃあアンタも漁夫られるって。気を付けないと。ひはは」
ひょっこりと場に姿を現すのは、低身長の男性プレイヤー。
「そっちのお兄さんには避けられそうだったけど……アンタは隙丸出しだったしね」
ニタニタと、口角を上げて気持ちよさそうに笑っている。
「ほんとは土の世界に直行しようと思ってたけど……なんかポイント奪えそうだったから。いひひ――ひ?」
ん? 彼の口角がどんどん下がって……。下がりすぎ、というか口が縦に割れて、横にどんどん広がって――。
ああそっか。全身が縦に真っ二つにされたのか。
おしゃべりそうな彼のプレイヤーは言葉失く空に溶けていく。
……まずい。
太刀筋がさっきより倍は早くないか?
「――無粋だぞ。小僧。これは仕置きだ。常在戦場の意図を知れ」
刀を切り払い、こちらを見据えてくるは鬼人。
これはまずい。
まさに鬼が、そこにいる。
他人から受ける痛みを全て力に変えるような、理解できない化物だ。