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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

妖怪坂

作者: 狭間閉間

 七月。とある大学の構内。歴史を感じさせるレンガ造りの校舎から学生たちがぞろぞろと出てくる。4限が終わったのだ。

 蝉がシャワシャワ鳴いている。一日の暑さのピークを過ぎているとはいえ、冷房の効いた屋内から出てきた若人(わこうど)たちが閉口するのは無理もない。それは一際遅く出てきた二人組も例外ではない。


「ユウキ」


「何?」


「暑い……ほんま暑いわ」


「言うな、アスカ。言うたら余計暑いやろ」


「いや、でもなぁほんまに暑いしなぁ」


 ユウキは黒い服を着たアスカに、そんな売れないバンドマンみたいな格好をしているから余計暑いのだと突っ込もうかとしたが、実際バンドを組んでいる人間に言うことではないと考えた。代わりに最近聞いた面白い話を聞かせてやろうと口を開いた。


「アスカ、涼ししたろか?」


「何? アイスでも奢ってくれんの?」


「んなわけないやん。貧乏学生ナメんなよ」


「じゃあ何?」


「あー、おほん。これは噂で聞いた話なんやが」


 アスカはわざとらしく咳をするユウキの黒髪を見ながら自分の金髪と比べて余計に暑いのだろうかと聞きたくなったが、話の腰を折るほどでもないと思い続きを待った。


「大学来るとき坂登るやろ?」


「あのやたらキツい坂な。正門前まで続いてる」


「そう、その坂。あの坂な、別名あんねん。なんて言われてるか知っとるか?」


「いや知らへん。なんなら正式名称も知らへん」


「妖怪坂」


「妖怪?」


「妖怪」


「ひゅ〜どろどろの?」


「そう、その妖怪」


「ふうん。何でなん」


「妖怪が出るから」


「まんまやな。妖怪ってどんなん?」


「それは知らん。ぬらりひょんとか雪女とかちゃう」


「このくそ暑いのに雪女は出えへんやろ」


「うん、まぁ、今のは適当に言うただけやから」


「てか俺ら何べんも通ってるけど一回もそんなことないけどな」


「それがある条件を満たすと、妖怪が出てくんねん」


「何ある条件って」


「それはな」


「うん」


「知らんわ」


「何やそれ。さっきからそればっかしやな」


「噂や言うたやん。俺もそんな知らんねん。それに分かっとったらいくらでも回避できてまうやん。分からんから怖いんやろ。会わんで済むんかな、それとも()うてまうんかな、どっちやろなって。な、な、怖なったやろ?」


「あほくさ。そんなんで怖がるかい、小学生やあるまいし」


 アスカとユウキはだべりながらだらだら進み、やがてT字路に差し掛かった。真っ直ぐ進めば正門、右に折れればサークル棟がある。

 校舎内で浴びた涼の貯金がなくなりつつあるのか、ユウキはじわりと汗ばんだ額を拭いながらアスカに問いかける。


「俺バイトあるから行くわ。アスカどうする?」


「サークルにちょっと顔出してから図書館でレポート書くわ」


「お前意外と真面目やんな。そんな()金々(きんきん)の頭して」


「ほっとけ。髪は関係ないやろ。つーかあれ出さな単位取れへんで」


「わーっとるわそんくらい。誰かの適当に写させてもらうわ。じゃ、また明日な」


「おう」


 アスカは友人を見送り、宣言した通り、サークル棟に向かった。

 アスカはバンド仲間と少し会話して切り上げようとしたが、せっかくなのでとセッションを1度2度合わせると、一部のメンバーに火がついてしまい結局幾度も合わせることになった。

 そこから更にレポートを書いたおかげで、アスカが大学を出るのは日付も変わるかという時刻になっていた。


 蝉の声はとんと聞こえない。代わりに蛙が大合唱している。この日の真夏のコンサートは、昼の部が終わり既に夜の部が始まっていた。


「はぁ〜、こんな時間までレポートとか真面目か」


 アスカは独り()ちた。それを聞く人間は一人もいない。正門の守衛はどこに行ったのか、守衛所はもぬけの殻であった。

 大学の正門を抜けるとそこは坂。



 何やったっけ……そうや、妖怪坂や



 アスカは(にわか)にユウキの噂話を思い出した。夕方に聞いたときは恐ろしさの欠片も感じなかった。内容は曖昧で何の根拠もないでたらめだった。


 それが今はどうだろう、雰囲気だけで真実味を帯びた。

 街灯は普段よりも明かりが乏しく感じられた。

 急勾配の坂。下るとそのまま闇に落ちるのではないかと思われた。



 いや、流石にないわ……



 アスカはじわじわ膨らんでくる恐怖心を抑えて下り坂を進んだ。しかし何かがおかしい。ほぼ毎日通っているアスカはすぐに気が付いた。



 とっくに坂を下りきっているはずや……



 夜の(とばり)が一層濃くなり、心なしか街灯は明かりが弱いだけでなく数も減っているとアスカは感じた。

 こんなことでというプライドと言いようのない不安。天秤にかけられた二つ。後者に傾いたのは賢明と言えた。


 アスカは親しくしている友人たちに携帯でメッセージを送った。普段なら何人かは即座に返事がある。しかし一向に返ってくる気配が感じられなかった。



 何で誰も気付かへんねん……



 耐えかねたアスカは電話をかけた。相手はユウキである。



 頼む出てくれ……



「ぁい」


「ユウキか!? ユウキ! ユウキ! もしもし!」


「そんな言わんでも聞こえとる。こんな時間にどしたん?」


「何か、何か分からんけどヤバい」


「いや語彙力」


 緊張感のないユウキにアスカは焦りと苛立ちを感じた。


「ほんまにヤバいんやって」


「ごめん、何か聞こえづらいわ。もしも〜し」


「ユウキ! 聞こえるか!? ユウキ!」


 返事はなかった。


 呆然とするアスカの周りを仄かな明かりが円状に囲っていた。それらはアスカが街灯だと思っていたものだった。

 明かりは徐々に回転し出した。それからみるみるうちに円の半径を絞りながら速度を上げていった。

 アスカは全身に悪寒が走るのを感じた。



 あかん、寒すぎや……どないなってんねん



 アスカは遂には歯の根が合わなくなってきた。真冬でもここまで寒くはならないであろうとアスカは思った。それもそのはず。それは人類が根源的に克服することのできない寒さであった。


 アスカは意識が朦朧としていたが、突然覚醒した。そして理解した。


 アスカは自分が生きてきた中で最上級の速度で駆けた。心臓が痛いくらいに跳ねたのは高校生以来の全力疾走からか恐怖からか。


 アスカは絶叫していた。目やら鼻やらありとあらゆる穴から体液を出しながら、坂を全力で下り転び回った。それを何度も繰り返した。


 何度も繰り返すうち、叫びはいつからか哄笑(こうしょう)に変わっていた。


 どれほどの時間が経ったか、アスカは落ち着き、心は平常心そのものであった。


「ん? 電話や。ユウキからや

 もし」


「アスカ!?」


「おー、アスカやけど」


「ほ、ほんまにアスカか」


「俺がアスカやなかったら誰がアスカやねん」


「今どこ!? ってか無事なん」


「無事やで。何なら力有り余ってるくらいや」


「良かった。ほんで、どこおるん。皆心配しとるで」


「どこって。妖怪坂や」


「え? いやいや、こんなときに何冗談言うてるん」


「冗談ちゃう。真面目に言うとる。あぁ、そうや、妖怪坂では妖怪に()うてまういうやつな、あれ嘘やったわ。なんやと思う? あれ? 切れとる? もし?」


 アスカはうんと伸びをした。それから自分が確かに白い肌をしていることを確認してこう呟いた。


「電波悪いんかな。教えたろ思ったのに

 妖怪坂では妖怪になってまうて」




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