九話
ガルーシアにも季節の移り変わりというものはあり、少しずつ季節は夏へと移り変わろうとしていた。
私もここでの生活にだいぶ慣れ、城の中で耳の生えた人や尻尾の生えた人にあっても動じなくなった。
ユイン様は私が慣れてきたことに安心したようであった。
使用人達がだいぶ増えたことでルルも仕事が楽になったようである。これまで頑張らせてしまって申し訳ない気持ちを私は抱くが、気にしないでくださいと言われてしまった。
完璧に人の姿の者もいれば、耳や尻尾が出ている者もいるが、どうしてなのだろうかと理由を聞くと、魔物の特性であったり、几帳面やずぼらなど性格にもよるのだとユイン様が言っていた。
これまで王城内で基本的な作法や勉強、ガルーシアの歴史を勉強してきた私は、未だに王城の外へは出たことがなかった。
学べば学ぶほどにガルーシアは豊かな国であり、私としては一度見て回ってみたいなと思うのだけれど、ユイン様は心配性のようで、私を傍から離すことはほとんどなかった。
私としてもそれはありがたいことで、ユイン様が傍にいれば浮気の心配もないなと、ずっと一緒にいられることを嬉しく思っていた。
ユイン様は優しい。
最近、よく膝の上に私のことを乗せてくれることが多くなり、私が話をすると楽しそうに猫目を細めて聞いてくれる。
幸せだなぁ。
ふと、私はそう思ってこれまでの自分の人生を振り返ってしまった。
そこで気が付いた事実に、私は驚きと、よく自分耐えてきたのだなぁという思いを抱く。
「レリア嬢? どうしたのだ? ほら、眉間にしわが寄っているぞ」
「え? そうですか?」
「あぁ」
ユイン様は私の眉間のしわを伸ばすように指の腹でぐりぐりと優しく押してくる。
私はそれに笑ってしまう。
「ははっ。伸びましたかねぇ?」
「うむ。伸びた」
「良かった」
こうやって笑い合うことのなんと幸せなことか。
「レリア嬢。今日は午後から一緒に街へと行ってみないか?」
その提案に、私は驚いた。
「え? 良いのですか?」
「あぁ。すまないな。俺が忙しいばかりに遊びにも連れていってやれなくて。だが、今日は時間を調整することが出来たのだ。行くか?」
「はい! 行きたいです!」
私が喜んでそう伝えると、ユイン様は微笑みを浮かべて私の頭を優しく撫でた。それから私達は一度分かれて支度を済ませると、城下町へと向かうために馬車へと乗った。
馬車は普通の大きさであり、私はここは同じなのだなぁと思って馬車の中で口を開いた。
「ガルーシアにも馬車はあるのですね。とても座り心地が良くて、素敵な馬車ですね」
すると、ユイン様はくすくすと笑い、首を横に振った。
「残念だが、ガルーシアには馬車がない。我々は走れれば早いし、この馬車というものは好まない」
「え? では、これは?」
「そなたの為に作った特注品だ。あぁ、ただ、馬車を引いているのは馬ではなく、馬の姿をした魔物だ」
「えぇぇぇ?」
だから御者がいなかったのかと私は驚きと共に、もう一度馬車を見回した。
だから私好みの可愛らしいデザインなのかと、ユイン様の心遣いが嬉しくなる。
「ありがとうございます」
「いや。だが馬車とは良い物だな。知らなかったが、こうやってレリア嬢と向かい合って話をしながら移動できるというのは、良い」
「ふふふ。はい! 私もユイン様とご一緒出来てとても嬉しいです」
話をしている間に馬車は止まり、ユイン様は先に降りると、扉の所で私をエスコートしてくださった。
そしてふわりと私のことを抱きかかえた。
「では行こうか」
「え?」
いつものお姫様だっこであるが、せっかくの街散策なので、私も歩いてみたい。
「ユイン様。私歩いてみたいです。せっかくの初めてのお出かけなので!」
その言葉に、ユイン様が急にがっかりしたような顔をするので胸が痛くなるけれど、やはり歩きたいものは歩きたい。
それに、歩くことでしかできないこともある。
「その、それで……手をつないでもらえたら、とても……とても嬉しいです」
恥ずかしいけれど、勇気をもって伝えた。
抱きかかえられたままでは手をつないでデートなど出来ない。
そこで、デートという単語を想像して、私は恥ずかしくなって顔に熱がたまっていくのを感じた。
「手を……繋ぐ?」
「リュディガー王国では……恋人同士や婚約関係の間柄の男女は、その、お出かけの時など、手をつないだり、腕を組んだりするのです」
そう説明すると、ユイン様は私を地面に下ろして、そっと私の手を取った。
私はそれに、吹き出して思い切り笑ってしまった。
「ち、違いますぅ! ふふふ。こうしてしまうと、ふふふ。握手になってしまいます。ふふふ。ごめんなさい。笑ってしまいました。はぁはぁはぁ。こうやって手をつなぎましょう?」
私はユイン様の手を握り、勢いよく恋人つなぎをしてみた。
恥ずかしい。
すごく恥ずかしいけれど、ユイン様と恋人つなぎというものをお出かけしたらしてみたいと思ったのだ。
ユイン様は、私の手をそっと握り返した。
「大丈夫か? このくらいであれば、潰れないか?」
「潰れる?」
「いや、そなたの手は小さくて細いからな、力を入れたら、折れてしまいそうで」
私はその言葉にまた吹き出してしまった。
「ふふふ! 潰れませんし、折れませんよ~。私そんなにか弱くないですよ?」
「いや、充分か弱いだろう」
私が笑う者だから、ユイン様も笑みを浮かべていたのだけれど、そこで周囲からのこそこそとした声が耳に入った。
「まさか……時期国王陛下が、笑っている?」
「ははは。真昼間から夢を見ているようだ」
「嘘だろう!? あの、寡黙な時期国王陛下が!?」
「隣にいるのは花嫁様だろう!? 花嫁様の力か……あの笑わない、怖い、恐ろしい、王国最悪にして最強の力を持つユイン様が……はぁぁぁぁ」
ユイン様へと視線は集まっているようで、皆が驚きの声をあげている。
言いたい放題の様子だけれど、皆がどことなく嬉しそうにしており、ユイン様も傍に控えている騎士達も別段そんな噂話を咎める様子はない。
こうしたところもリュディガー王国とは違うなぁと私は思う。
もしリュディガー王国で王族や貴族を奇異の目で見たり変な噂話を立てたりすれば、すぐにでも騎士達に捕らえられてしまう。
「やはりリュディガー王国とは違うのですねぇ~」
そう告げると、ユイン様は小首を傾げながら言った。
「何が違うのだ?」
「ほら、ああいう噂話とか、リュディガー王国であれば不敬だ! とか言って捕まってしまうこともあるのです」
私の言葉にユイン様は驚いたようで、眉間にしわを寄せた。
「何とも器が小さいのだな。まぁー、後は魔物の気質にもあるだろうな。我々は基本的に強者には従うのだ」
「え? そう、なのですか?」
「あぁ。この国の王を決めるのも実力だ」
「ということは……もしやガルーシアで最も強いのは」
「俺だ。っふ。俺のことをバカにしていたやつもいたがな、全てねじ伏せてやった。まぁそんなことが一年ほど前まで続いていたから、今仕事がかなりあるのだがな」
だから毎日忙しそうにしているのかと思いながら、私の旦那様は国一番の強い方なのだなぁ改めてすごい方の花嫁になるのだなと思った。
私でいいのだろうか。
ふとそんな考えが思い浮かぶ。
もしかしたらもっと相応しい人がいるかもしれない。
ユイン様は私ではない人が花嫁に選ばれてきていても、こんなに優しかったのだろうか。
そんな“もし”など意味はないのに、たまに考えてしまう。
私は自分のネガティブな考えに頭を振った時、ユイン様から手を優しく引かれた。
「さぁせっかくだ。いろんな店に連れて行ってみたい。あちらから回ろう」
「はい!」
私は自分の気持ちを切り変えて、今を楽しもうと足を進めたのであった。