三話
そんな私のやる気があまりにも有り余っていたからなのか、ユイン様は眉間にしわを寄せると小さく息をついて口を開いた。
「はぁ。とにかく、そなたにはこれから様々なことを学んでもらうことになる。その学びの中で何故自分がこの国の花嫁になったのかもわかることになるだろう。……逃げることは許さないが、それ以外の願いならば、ある程度は叶えよう。よし、まずは部屋へ案内する。いいか?」
私が頷くと、ユイン様は私のことをひょいと抱き上げて、お姫様抱っこの状態で歩き始めた。
え? このお姫様だっこはずっとなのであろうかと思い、尋ねた。
「あの、私自分で歩けますが……」
「長旅だっただろう。今はゆっくりするといい。そなたの部屋は俺の部屋の隣だ」
「へっ……そ、そうでございますか」
私は思わずにやにやとしてしまう。
何故ならば、心室が隣同士という事は、ユイン様が浮気しようとしても、部屋に突撃して邪魔が出来ると考えたのだ。
婚約破棄に国外への嫁入り、たくさんいろんなことが起こっているけれど、今の状況としては上々と言えるだろう。
魔物にとりあえず食べられる心配はなさそうなので、ほっとした部分もある。
庭から正面の門へと移動した時、私はその門の大きさに驚いた。そればかりか、門をくぐった後も天井の高いこと。
あまりにも全てが高く広く作られているので驚いていると、ユイン様が言った。
「……泣いて叫ぼうが、そなたは帰れぬぞ」
先ほどからどうして私が泣いて叫んで帰ろうとする前提で話をしているのだろうかと思いつつも、たしかにそりゃあ魔物の王国に嫁ぐとなれば、心細いだろうし、これまでここに嫁いできた方々が、もしかしたらそうだったのだろうかなんてことを想像した。
ただ、今の所は、魔物の国とは言ってもあまり怖いという感じはしない。
もしかしたらまだ本性を現していないだけかもしれないので、これについては、ガルーシア王国について学んでいくうちに知っていけならいいなと思ったのであった。
「ここがそなたの部屋だ」
「ここですか?」
真っ白な扉の前で止まったユイン様は、扉を開けると中へと入り、私をソファの上に下ろした。
「わぁぁ」
白を基調とした部屋であり、とても可愛らしい部屋となっていた。
ただ、気になったのはベッドのあまりの大きさである。
私は魔物ではないのだけれどと思いながら、魔物の王国はベッドは特注品を全ての部屋に置いているのかもしれないと考え直し、私はユイン様に向かって一礼した。
「素敵なお部屋をありがとうございます」
「……気に入らないところはないか? あるならばすぐに変えさせるぞ」
「気に入らないわけではありませんが、大きなベッドですね。リュディガー王国では、人が一人寝れる大きさのベッドが普通なので、驚きました。どうしてなのですか?」
率直に気になることを私は尋ねたのだけれど、その瞬間、ユイン様のお顔が急に真っ赤になり始めて、私は慌てた。
「ま、まぁ! お顔が真っ赤です! ど、どうなさったのです? もしや持病をお持ちで?」
「ち、違う! そなたが変なことを聞くからだ!」
「変? え? ベッドの大きさがですか?」
「あぁぁぁ! いい。よい! とにかく、今日はそなたも疲れただろう。人間に見た目の近い侍女をよこすから、湯あみを済ませ、ゆっくり過ごすといい。あぁ、逃げられはしないからな。今日は部屋に結界を張っておく! 外には出られんからな」
「え? は、はい」
「では、俺は一度仕事へと戻る。ではな」
「あ、ユイン様!」
名前を慌てて立ち去っていくユイン様の背中に向かって呼んだけれど、そのままユイン様はいってしまった。
その後、すぐ後ろに、侍女が現れたことに、私は心臓が飛び出るのではないかと思うほど驚いたのであった。
「お嬢様つきの侍女となりましたルルと申します。まずは湯あみのお手伝いをさせていただきます」
先ほどユイン様が人間に見た目が近い侍女と言っていたことを思い出し、私は本当に魔物なのだろうかなんてことを考えてしまうけれど、結局よくわからなかったので私はお手伝いいただいてゆっくりお風呂へと入らせてもらうことにした。
予想はしていたけれど、お風呂場は予想以上に広かった。
広さもさることながら、深さが尋常ではなくて、私は手すりにつかまってほぼ浮かんでいる状況になってしまっていた。
「これは……なるほど、こうなるのですね。了解いたしました。小さな湯舟を次より用意しておきます」
ルルさんにそう言われ、私はどうしようかなと思いながら、尋ねた。
「あの、泳いでも良いのであれば、このままでも大丈夫です」
「え? 泳げるの、ですか?」
「はい。実は私の実家の公爵家の横には美しい湖がありまして、小さな頃はよくそこで泳いでいたのです」
「そう、なのですか。その……事前に入手していました情報とは少し違っているようで、なるほど、了解いたしました。誰もおりませんので、ご自由におくつろぎください」
「わぁぁ。私泳ぐの久しぶりで嬉しいです!」
王太子の婚約者になってからは、貴族令嬢として清く正しく大人しくというように両親から口を酸っぱくして言われ、押さえつけられてきたからこそお風呂場での開放感がすごかった。
すいーっとお風呂場で泳いでみると、本当に心地が良く、それから私はこれはどれほどまでの深さなのだろうかと大きく息を吸うと一気に潜り始めた。
結構な深さだなぁなんて思いながら泳いでいった時、ドボンと何か音が聞こえ、私は上を見上げて私はぎょっとした。
上半身裸のユイン様がこちらに向かって必死の形相で泳いでくるのが見えた。
いやいやいや。
私は現在全裸である。そう、全裸である。
大切なことなので二回言ったけれど、とにかく私は全裸であり、一体どうしてこうなったのか分からずに自分の体を隠すように丸まると、そんな私の腰にユイン様は腕を回して、すごい勢いで水面へと上がった。
全裸である。
私は羞恥心から自分の顔が真っ赤に染まっているのが分かる。それくらいに熱い。
そんな私達の元へとルルはすごい形相で走ってくると、慌てた様子で私の体をタオルですぐに包み込んだ。
私は唇を震わせて、やっとのことで口から悲鳴が上がった。
「ひゃぁぁぁぁぁぁ」
「ユイン様! どうなさったのですか?」
ルルが慌てた口調で尋ねると、ユイン様は私のことをぎゅうぎゅうと抱きしめながら言った。
「死のうとしたのだろう! くそっ。ルル。何故ちゃんと見ていなかったのだ! 俺の花嫁が死ぬところだったのだぞ!」
その言葉に、私は声をあげた。
「ただ潜っていただけですぅぅぅ。死のうなんてしてません。私泳げるので、それで、それで、潜っていただけなんですぅぅぅ」
恥ずかしさなのか暑さなのか顔が熱くて熱くて、私はパニック状態になっていた。
それを聞いたユイン様はゆっくりと目を見開いて、それから一気に顔を赤くすると、口をぱくぱくと開けたり閉じたりして、それから、あ、あと声を漏らした。
「あ、あ、そそそそうだったのか。あぁぁぁ。すまない! すまない!」
ユイン様は全力で私に謝ると、私のことをルルに引き渡し、そして全力で浴室の扉の外へと出ると、外から声をあげた。
「すまない! 本当に申し訳ない! とんだ勘違いをした! また謝罪にはくる!」
そう言って、ユイン様のバタバタとした足音が響き、そして先ほどまでの静寂が帰って来た。
ちゃぽんっと、どこかで水滴が水に落ちる音が響いて聞こえた。
「……私、裸……」
涙目で私がルルに小さな声で言うと、ルルは眉間にしわを寄せたまま目を閉じた。
「……次回からは入浴時にはしっかりと門番を立て、施錠いたします」
「……ありがとう」
私は、その後はゆっくりお風呂に入る気には慣れずにさっと入浴を終わらせると、着替えを済ませ自室へと下がらせてもらった。
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